121穴の先
窒素消火をした駐車場は、酸素が無いため、しばらく通行は不可能だ。
が、穴の先に何があるのかは知らなければ大きなタイムロスになってしまう。
だが警備員も、穴の場所を見たわけではないので、話しても首を傾げるばかりだ。
颯太たちが駐車場に降りていき、壁を抜けると巨大な機械があった。
「えー、機械といってもねぇ。
ポンプ室とも考えられるし、電気室もそうだし、ここの場合、全体のお湯もボイラーで一箇所で沸かしているから、ボイラー室かもしれないしなぁ……」
確かに機械とだけ言っても、専門家でなければなんの機械かの特定は難しい。
「それは、みんな別々の場所にあるんですか?」
「いや、みんな地下といえば地下だけど、階数とか違うねぇ」
誠の質問に警備員が答える。
「とにかく地下に降りましょう。
そうすれば分かるかもしれません」
颯太が穴から中に入っている。
近づけば判るはずだ。
誠たちは狭い通路を曲がって、薄暗い階段を何段も降りた。
「ここが電気室だよぅ」
そこは地下駐車場に対して上過ぎた。
「ここではないです」
誠がいい、また階段を下っていくと……。
カツン、カツンと硬いヒールで階段を上がるような音が、聞こえてきた。
「ヤバいッス……。
これ、人間じゃ無いッスよ……」
川上が囁いた。
確かに……。
女性のヒールの足音にしては、体重のありそうな音に聞こえる。
「人間じゃない、じゃ判らないべ!
何の臭いかハッキリ言うべ!」
小百合は小声で叱るが……。
「いや、判りゃ俺だって言うッスけど、なんだ……?
生臭い、カエルみたいな、でも、さっきの蜂に近い感じもするから……」
カエル? 蜂?
だが、聞こえる足音は、二足歩行のもののようだ。
いずれにしろ、このままでは闘いになりそうだが、階段は作業用のもので、決して広くは無い。
「虫を飛ばすよ」
ユリは率先して虫を飛ばした。
確かに、ユリの虫は生物であれば、ほぼ葬れる強い影だが……。
敵が判らないのが誠には不安だった。
誠は、裕次に見てきてもらった。
(ゲッ、何だあれは!)
裕次は驚愕の悲鳴を上げる。
(なんっつーかな?
鎧を着たって言うか、蜂の鎧を着た超マッチョな、爬虫類人間?)
全くイメージのわかない説明が返ってきた。
爬虫類人間ってどんな姿だ?
ウロコでもあるのだろうか?
誠たちは用心深く歩調を遅くしたが、敵の足音は同じように響いてくる。
「見えたよ!」
ユリが呟くように言った。
「あの蜂を鎧のように身に着けてるよ。
背は、すごく高い。
バタフライより大きいよ」
現在のユリの保護者とも言えるバタフライは百九十に近い大男で、空手黒帯の、元スピードスケート選手だ。
あの人よりも大きい、となると高一男子の誠たちや小百合は、戦うのはかなり不利と言える。
小百合もそう思ったのか、
「ユリ、すぐに虫で動けなくするべ!」
うん、と言い、ユリは虫をコントロールする。
すぐに十匹の虫たちは、誠たちにはまだ見えない爬虫類人間に張り付く。
だが……。
足音に乱れはない。
「エネルギーは吸っているんだけどな……」
ユリは追加の十匹を飛ばした。
だがニ十の虫にエネルギーを吸われても、足音にはなんの変化もない。
「しばらく待って!
新しく虫を作るには時間がかかるんだ」
卵から虫を、ユリは育て始めた。
誠は影の体に、裕次と近接戦闘には強そうな高田類に入ってもらい、先に飛ばした。
二人が降りるに連れ、影の目で誠も敵の姿が遠目に判った。
階段は、誠たちは二人づつ並んで降りている。
だが、その大柄な男? は、一人で場所を完全に占拠している。
頭には、確かに雀蜂の頭部で作ったらしいヘルメット、広い肩は胸部を二つに割ったようなショルダーを着けており、腹部も蜂の腹部で作られたような鎧で胸から腹を覆っていた。
下半身は黒いズボンのようだが、太もも、ふくらはぎはボディビルダーのような筋肉なのが布越しに浮き上がっている。
顔や手などは、人間にしては青白い感じだが、爬虫類なのかまでは判らない。
裕次と高田類は、左右からこの大男に襲いかかった。
急降下気味に、階段の斜面も利用して二人は速度を上げる。
蜂の兜を目深に被った大男は、表情を変えない。
裕次と類は、まず両肩にキックを浴びせ、大男を階段から落とそうとした。
コンクリートの飾り気のない階段だ。
転落すれば、それだけで大きなダメージになるはずだ。
二人はたっぷりと加速をつけ、同時に男の両肩にドロップキックを突き刺した。
男の足音が止まる。
だが、それだけだった。
誠は間近で男を見た。
黄色い彩虹。
猫のように、縦に割れた瞳孔。
まばたきはするが、その際も、薄く目は見えている。
半透明の瞼がついているのだ。
皮膚の青さは、鮮やかな青い鱗のせいだった。
そして……。
ドロップキックを受け止めたのは、太いニ本の足よりも、もっと太い、尾のためだった。
長い尾が階段を捕まえている限り、この大男は、おそらく倒れることは無いように思われた……。
「素手じゃ、とても倒せなさそうだ」
誠が言うと、刑事は、背広をめくった。
リボルバー銃が、胸ホルスターに収められていた。