12透過
「ふーん、鍵はかかったままのショウウィンドからブランド物の貴金属だけ、いつの間にか盗まれているんですか?」
中居は、警視庁の太田刑事と六本木の華やかなブランド街を歩いていく。
影犯罪の捜査に関して、中居は以前から太田と組んで動いている。
「なー、あたしら、なんで中居と一緒にいんの?」
とユリコ。
小百合は、
「馬鹿ね。
中居さんを見てみなさい。
女っ毛なんて無いもんだから、こういう物の価値も判らないのよ。
アドバイザーとして、あたしたちは選ばれたのよ」
中居は正鵠を射られてグウの音も出なかったが。
「まぁ、そうだけどユリコは鼻が利くし、小百合は髪でどんな細い場所でも入れて、感知できるだろ?
犯人のトリックとかも見つかるかも、と思う訳だよ」
と誤魔化し笑いをしながら、期待を話した。
「まぁ、誠ならこんなものはヒョイだろう」
無責任なことをユリコは言い始めた。
「馬鹿ね、あの子は根っからの子供だから、貴金属なんて気にも留めないわよ。
鉄道玩具とか、そんなのならポッケしててもおかしくは無いけど」
さすがに小百合は誠の疑いは晴らした。
偏見は撒き散らしたが…。
「まー、だから誠じゃない奴が、どうパクったか、そこら辺が問題なんだよな」
と中居は困惑する。
「ちょっと、ケース空けてもらっていいか?」
ユリコは、店員に空のケースを空けさせた。
クンクンと周囲を臭い、
「変だな?
影繰りに似てんだけど、どうも薄い臭いがすんだよなー」
「薄いってなんだよ?」
「弱いって、言ってもいいんだけどさ、まぁ透過しかできない誠もどきがいたのかも知んねーな?
臭いは、もっと男くせぇ、奴だけどな」
「透過だけって言っても、けっこう強い能力だけどな。
喧嘩も出来ないズブの素人の中学生が、アクトレスさんとバタフライ、良治さんコンビを倒してるしな」
と中居。
ユリコは。
「そりゃ、落とすとか、出来るからだろう?
こいつは、せいぜいガラスの中に片手を入れるとか、そんぐらいしか出来んと思うぜ!」
小百合は長いストレートヘアを掻き上げて、
「しかし、どうせ盗むなら、もっと高級店もあるのにね。
なんでここなのかしら?」
幾つもの高級装飾品店が入っている人気のショッピングモールだが、確かにその店は中堅的な価格の店だった。
押しも押されもしないような名店の何分の一の値段で、それなりに派手で今風なジュエリーが買えるのが売りの店だ。
と、言っても御徒町や上野の三流店ではない。
海外の雑誌でも取り上げているような世界規模の店ではある。
「すぐそこが出口だから、じゃないか。
バレる可能性もあったんだよ、そいつには。
数秒しか能力が持たない、とか」
中居が言うと、ユリコも。
「おー、そういう感じの薄さだぜ。
弱い影繰りなのかもな」
弱い影繰りは新宿でだいぶ死んでいたが、そもそもバトルつもりもないような、もっと弱い影繰りは、まだ東京にも残っている可能性も多分にあった。
「それが、今になって急にコソ泥を始めたのかい?」
太田刑事が口を挟んだ。
「透過できるのが、例えば2秒なら、どこまで盗めるか、最初はもっと安全対策が緩そうなところで、目立たないものをかっぱらっていたんじゃないか?
近所の商店街とか」
ユリコの言葉に、太田はそのその線を探ることにした。
大久保と新大久保の間、青果市場に至る周辺は、日本でもかなり多国籍な人種の住み着く、異色の街並みが狭い地域に密集していた。
当然、柄は悪い。
南方系の浅黒いアジア人の男たちが集団で、安いホワイトリカーを飲んで騒いでいる。
ホワイトリカーは、少々度が薄いが、本国の自家蒸留の酒と似た香りがあるため、彼等には人気なのだ。
肉も魚も、彼らの金銭感覚の物であり、街全体にすえた臭いが漂っている。
その地元日本人も近づかない路地の中に、学生服の高校生が入り込んでいく。
「ムアイに来た」
瘦せた男たちに言うと、男たちの目が、いっそうギラつき、
「金!」
脅すように手を出す。
高校生は、男に数万円を手渡した。
「ガラ!」
奥で、汚い猫と遊んでいた少年が呼ばれ、高校生を更に狭い路地の奥に案内する。
幾つか路地を曲がり、中華系住民や韓国系住民の居住区を横切って、あるビルに足を踏み入れる。
入り口は、狭い。
日本人の中年では体がつかえてしまうのではないか?
むろん二人の少年には何のことは無く、地下に降りていく。
ションベン臭い地下室だ。
ボロボロの部屋に少年は入ると。
「着替えろ!」
高校生は、制服を脱ぐと裸に簡単なサポーターを付け、トランクスを履いた。
手には、総合格闘用のグローブを付けるが、手袋のように嵌めただけだ。
やがて、ほぼ死にかけた、という程顔を血みどろにした男が、肩を担がれて部屋に放り出された。
汚い部屋の一角に、血反吐に汚れた布団が置かれていたが、そこに文字通り、投げ捨てられたのだ。
「行くぞ!」
少年の声に頷き、高校生は、死にかけの男の入ってきたドアを通るが、その隙に、白い錠剤を一つ、口に放り込んでいた。