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シャドウダンス4空飛ぶ怪異  作者: 六青ゆーせー
118/153

118ためらい

小百合は、男の子を見つめた。


殺すのは容易い。


一本、髪を伸ばすだけだ。


だが……。


本当に彼なのか、今になって小百合は迷っていた。


寝ているだけかもしれないのだ。


彼は、学生連合と言うには、あまりにも幼い。


それに、小百合がプラネタリウムに敵がいると判断した理由も、ただの消去法だった。


他の場所にいないのだから、きっとプラネタリウムだろうと思ったのだ。


だが、眠る子供は、あまりにも安らかだ。


陽だまりに無心に寝る子猫を、微かな疑いだけで殺せるだろうか?


ダンサーチームや美鳥なら躊躇いもなく殺すだろう。

誠もそれなりに場数は踏んで来ていた。


だが小百合は、まだ非情に徹しきれていない自分を自覚した。


影の戦いは騙し合いであり、躊躇えば一瞬で形勢は逆転する。


聞いてはいる。


解ってはいたつもりだ。


だが……。


幼い子供は、想定外だった。

小百合は、一時、男に騙されたことに気がついていなかった頃、赤ちゃんが欲しいと、漠然と感じた事がある。


一人親だからか、親子三人の暮らしというものが、どれほど明るく暖かい陽だまりなのか、と夢想をした……。


小さな子どもを自転車に乗せ、童謡を歌う母子を羨望した。


思い出したくも無いドス黒いトラウマのはずが、今、このとき、小百合の心で、あの夕焼けの河川敷が蘇っていた。


少年が、不意に目を開いた。


まっすぐ小百合を見つめていた。


しまった……!


分かってたのに……!


ここまで潜入したのに……!


次の瞬間、少年は天井に、逆さに立っていた。


片手で小百合の喉首を潰しに来る。


そして……。


片手では、手話を操っていた。


なんと言っているのか、小百合にも分かる。


(馬鹿だなぁ、お姉さんは。

本当に不意をつけたのに!

だけど、もうブラックサタデーは終わりだよ)


小百合の喉が、押し潰される。


小百合の口から、糸のような涎が流れる。


大きなメガネの奥で、幼い顔が、笑っている。


その笑いは……。

ドス黒い、美術教師のような笑顔だった。





八匹のリスが壁を登る。


天井には、人間がぶら下がっている。


頭を、白濁した何かに掴まれている。


普通なら、首吊りのように見えるが、よく見ると白濁した何かは無数の触手を持ち、人間の腕や肩も掴んでいるようだ。


だから、皆生きている。


リスは壁を蹴り、半透明の白いものに飛びかかり、噛みついた。


それは水の塊のように柔らかく、あっけなく天井から剥がれ落ちた。


川上はリスを操り、外周の人質を、次々に剥がしていった。


川上は、心音と臭いを確かめながら人質を床に落とし、下ではうさぎたちが人質を受け止め、部屋の外に運び出す。


だが人質は、麻酔でもされたように気を失ったままだ。


それが敵の能力ならば、敵から引き離したとはいえ、人質の命は変わらず敵が握っている、とも言えるのか?


川上は迷った。


敵を倒せれば意識は戻るのか、それとも……。


頭を掻き毟った川上に、真上から白い物体が襲いかかってきた。


明らかに、人質を天井に貼り付けていたものと同じものだ。


川上は、臭いでそれを察知し、ほぼ無意識で頭上へのハイキックでそれを砕いた。


白濁した白い物は、半分に千切れ、べチャリと濡れ雑巾なような音を立てて、床と壁に張り付いた。


が、別の白いものが、頭上から声を出した。


「止めるんだな、無駄な抵抗は。

奴らには毒を刺して仮死状態にしてある。


俺は、いつでも、毒を強めて人質を殺すことが出来るんだぜ……」


ぬ…、と川上は唸った。


真実か、ハッタリか、どちらだろうか? 


人質は助けなければならない。


だが、ハッタリに屈すれば、その時点で川上の負けだ。

後はいいように言いくるめられ、川上は命まで差し出すしかなくなる。


だが……。


空中に浮いている、まるでクラゲのようなものが喋っているのだ。


臭いも心音からも、相手の言葉の真意は読み取れない。


どうする……。


どうすればいい……。


悩む川上の背後に、巨大なクラゲが迫っていた。




小百合は首を締められていた。


あたしは、死ぬ……。


でも、そうしたら、お母さんは一人になってしまう!


小百合の恐怖は、そこにあった。


別に戦って、自分の弱さで負けることには、悔いはない。


学校の時は、戦えさえしなかった。

戦って、負けるのならば、それはそれだけの事だ。


だがお母さんは今もパートで働いていて、毎日小百合の弁当まで作ってくれる。


内調の給料は母に渡しているが、全く使っていなかった。


そんな母が一人になってしまう。


それは……。


思った小百合だが、不意に子供の手が緩んだ。


なんだ……?


思う間に、少年の目が白目を剥き、そのまま目の前から消えた。


天井から、小田切誠が上半身を覗かせていて、ニカリと笑った。


助けられた……。


ちょっと悔しかったが、小百合は同時に思っていた。


こいつ、こんな笑顔も出来るのね……。


いつもイジられて困った顔ばかり見ていたので、コイツの正体を見誤る。


コイツは、なかなかの化け物なのだ。


「遅いわよ、助けるなら、もっと早くしなさい」





ハッタリか……。


殺せるのか……。


川上は悩んでいたが。


プーン、と虫の羽音が耳に飛び込んできた。


ん、これは……。


と、見る間に虫は集団になり、ドサドサと人質が落ちていった。


やはりユリか。


「おい、ユリ。

奴は毒を人質に打ってるんだ!」


川上は慌てて部屋に入るが、部屋の全ての人質は床に倒れていた。


天井には、一人の少年が青い顔をしていた。


「や、やめろよ、人質を殺すぞ」


弱々しく語る少年に、ユリは笑い、


「大丈夫。

もう君に、そんな力は残ってないから」


少年の額に一匹の羽虫が止まると……。


少年は呻き、落下した。


「ユリ、人質が死ぬかもしれねーんだぜ?」


川上は言うが。


「影が消えれば、毒も消えるよ。

どのみち、解毒なんて僕も誠も出来ないんだ」


なるほど……。


単純、明快な話だった。


助からない被害者は、無論助からない。


俺達は敵を殺すだけなんだ……。


川上は、今まで悩んでいた自分を反省した。


影繰りは、決して正義の味方では無いのだ。

ただ、敵の影繰りを殺すのみ、だ。


ユリは、幾度も死戦をくり抜けたプロだった。





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