116伸縮自在
大家のパンチは、さして強そうには見えない。
が、巨大な類人猿が盛大に倒れた。
「大家さん、強い!」
誠は驚くが。
(なーに、パンチと同時に、足を掬ってやっただけですよ。
相撲の投げみたいなもんさね)
大家は笑う。
大家の力は、さほど強くはないが、身体攻撃と合わせれば大きな力を生み出す。
喧嘩の年輪が違う、というような感じだった。
が、倒れたはずの霊長類が、ふっ、と消える。
地面は草であり、小さくなれば、なかなか見つからない。
隔壁が降りたためにフリーになった颯太と裕次も探すが、敵が見つからない。
誠は、隔壁の固定に腐心していた。
隔壁シャッターは、防火シャッター部分と、壁面から九十度開いた扉が合わさることで、逃げる人は扉を開けて、炎は防火のための分厚い鉄シャッターが堰き止める事で成り立っている。
中身は人間の類人猿なら容易に扉を開けて通り抜けてしまう。
それを防ぐために、誠は扉部分を透過で柔らかくして、そのまま防火壁と融合させた。
ドアノブの内部の金属部も溶かしたため、これならさすがの類人猿でも開きそうにない。
裕次の方も同じにしてから、誠も三人が戦っている方に向かった。
(おかしいわ……)
真子が言う。
(どんなに小さくても、草も揺らさずに移動できるはずがないわ!)
しかも、草もどんどん火が広がっている。
小型の猿では、かえって焼け死ぬ危険が高いように誠も思う。
「猿じゃないのかな?」
誠は首をかしげた。
(そーかも!
草を揺らさないあたり、昆虫かヘビかもしれないな)
自身は蛹から、火の蝶になり、毒ムカデにもなった大地が語る。
(しかし、この火の中を動けるか?)
颯太班の早川が疑問を呈す。
「ただの生き物ではなく、影繰り、または隼人君が言っていた妖怪に近い奴らなんだ。
おそらく、ただの火では倒せないと思う」
誠は答えた。
(誠、ムカデを使え!
ムカデは小動物を追跡出来る!)
それは画期的だった。
誠はすぐにムカデを草に放った。
と、すぐに……。
(何か、見つけたぞ!)
大地が言った。
ムカデは、嗅覚とも味覚とも、人間の身には区別つかない感知を駆使して、敵に迫っていく。
幽霊と誠は、その感覚を共有した。
草をスルスルと掻き分け、外骨格を火炎に焼かれながら、ムカデは敵を追跡する。
敵はどうやら、ムカデに気が付き、逃げていくようだ。
と、ムカデが跳ねた。
草が飛び散り、ネズミとも猿ともつかない生物に、大地のムカデは追いついた。
だが……。
ネズミは瞬間、毛の塊となり、四肢が生えて、黒々とした猿になり、木に駆け上った。
(皆、枝を払っちまえ!)
颯太が叫ぶ。
何十もの影の手が枝を切断する。
バサリ、と猿は草に落ちるが、猿は類人猿に変貌した。
偽警官、颯太、裕次と武闘派? 三人が同時に類人猿に襲いかかる。
誠は蛹弾で援護をした。
裕次が類人猿の顔面に踵落としを食わせるが、踵を頭に受けたまま、類人猿は裕次を弾き飛ばすと、背後の誠に飛びかかった。
(誠っちゃん!)
皆は叫ぶが。
誠は、腕をムカデにして、類人猿の喉首を引き裂いていた。
「やだなぁ……、僕だって、それほど弱くないつもりだよ」
ドサリと倒れる類人猿を見下ろしながら、誠は拗ねていた。
ユリの、ホウジャクの羽根を持った女郎蜘蛛が、蜘蛛の巣を避けながらハエトリグサを噛み砕いた。
四匹の空飛ぶ大型蜘蛛は、ホバリングをしながら、食虫植物を倒していく。
ホウジャクは、それほど早く飛べないが、ホバリングしながら蜜を吸えるハチドリの昆虫版のような虫だ。
ユリの虫たちが食虫植物を蹴散らしている間に、奥の全裸の女が、微かに手を動かした。
まるで見えないハープを奏でるような優雅な動き。
だが、ホウジャクたちに新たな蜘蛛の巣が襲いかかる。
だが……。
ホウジャクが蜘蛛の巣に捕まることはなかった。
ユリが立ち上がり、枯らした藤の蔓を鞭にして、蜘蛛の巣を破ったからだ。
そしてユリの虫たちは全裸の女に襲いかかった。
それは、誠が2階下で類人猿を倒したのと、ほぼ同時だった。
女は、声を立てずに叫んだ。
「えっ…?」
全裸の女に見えていたものが、はら、はらと乱れ散る花びらに変わった。
女は、溶けるように、花びらになって散っていき、そして……。
ユリの周りから、木や草が、萎れるように消えていき、そこは現代的な展望デッキのフロアに戻っていた。
「やったのか、な?
それとも誠が?」
ユリと同じ言葉を、2階下で、誠もつぶやいていた。
焼け焦げて水だらけになったフロアに、誠たちは生き残った。
(まー拗ねるなよ、心配しただけだろ)
颯太は言うが、顔はケケケと笑っている。
(心配するのは当然です。
誠君が死んだら、あたしたちはただの幽霊なんですから)
真子も真顔で言う。
ただし、誠は、自分が駄目な奴だと言われたようで、複雑な気分であり、また、気持ちが幽霊には筒抜けなので、かなり情けない気分だった。
「誠!」
誠が完璧に塞いだ防火壁を、ユリが叩いた。
ああ、と誠は防火扉を、窓ガラスと同じ要領で開けて、ユリを中に入れた。
「助かったよ、誠」
「いや、ユリのおかげかもしれないよ」
と話し合う二人だが、
(おい誠……)
と、颯太が囁く。
見ると、どうやら類人猿の原型だったのが丸わかりの、大柄で原始人めいた顔付きの男、いや年齢的には少年が、立っていた。
「えーと、君はもしかして……」
(高田類だ。
お前が俺を解放してくれたらしいな)
これは、ちょっと…。
誠も思ったが、周りも同じような意見なのが感情の波で伝わる。
(その、なんだ。
お前は、なかなか可愛らしい奴だな)
えっ……。
どうやら、偽警官寄りの人間であったらしい。
(ま、幽霊だから触れないが、見るのは自由だからな)
急に颯太はリーダーシップを取り始め、高田類も、やや頬を染めながら、従順に頷いた。