115正体
(猿を追えっ!)
颯太が叫び、幽霊たちが集まってくるが、猿は素早い。
展望デッキは、下まで降りてみると、どうやら上下三階の、ドーナツ型のフロアのようなので、誠や幽霊は中心を抜けて近道も出来る。
だが、猿は右に左に、また草だらけの地上を走り、逃げ回るので目を切るわけにもいかない。
大きさは、おそらく日本猿程度のようで、犬で言えば中型犬程だろうか。
少しでも姿を見た中村は、
(黒かったわ…)
と話していた。
ニホンザルとは少し違うかもしれない。
ただし、何にせよ中身は人間なはずで、それなりの知能も備えているはずだ。
簡単に追い詰められない。
「何の攻撃もないのは、逆に不気味だよ。
あまり近づきすぎないで!」
誠は注意をした。
大地に聞いても、
(友達のガンチは一緒に来たし知ってるけど、学生連合が他に誰を呼んだかなんて、たぶん誰も知らないぜ)
確かに、全てがSNSでの繋がりだった。
ポイントにつられて集まった近隣の学生、という以上は仲間でも判らない。
SNS犯罪と一緒だった。
(枝を切ろうぜ!)
国川が言った。
颯太たちのグループだ。
(悠長すぎる!
それに地上に降りられたら、いい隠れ家だ!)
田辺が却下した。
今は誠も幽霊たちも集まってきて、遠巻きに敵を取り囲んでいる。
だが、樹上の猿はすばしっこく、包囲は何度も破られ、そのつど誠と幽霊たちは混乱した。
(ち、俺が捕まえてやるぜ!)
颯太は叫ぶと猿に接近した。
だが……。
不意に木を突き破り、巨大な類人猿が現れた。
動きが素早すぎて、ゴリラともオラウータンとも判らなかったが、かなりなスピードの颯太を弾き飛ばすと、すぐに小型化して何処かに消えた。
(おい、なんだ!
奴は何処に逃げた?)
裕次が叫ぶが、辺りは静まり返っていた。
気配がまるでない。
「変身できるんだ。
巨大になったり、たぶん凄く小さくもなれるんだと思う。
人の指ぐらいの猿、いるでしょ」
誠は敵の正体に気がついた。
これは、相当の影繰りでも捕獲は難しい上、この森林では尚更、見つけるのも困難だ。
「誠、木を全部、透過しちまえよ」
颯太は猿にやられた怒りも露わに、怒鳴るが。
「駄目だよ!
ここは地上四百五十メートルなんだ。
こんな木を大量に落としたら、地上がどうなるか判らない」
すぐ横は東武線も通っているし、道路もある。
誠は慌てて断るが、しかし……。
森は静まり返って、敵は完全に見失っていた。
(あれを見つけるのは無理だぜ…)
裕次も言う。
敵は、ほんの小さな猿になり、この森に隠れてしまった。
探すのは困難を極めている。
だが、おそらく森の発生と猿の影は無関係とは思えない。
相性が良すぎるからだ。
そして森が無くならない限り、ここでの戦いもまた、終わらない……。
(むしろ、火をつけますか?)
真子が提案した。
え、と誠は驚くが。
上にいるユリは心配だが、このまま猿に隠れられては誠も動けない。
下で川上も小百合も戦っているのだ。
(こうゆうところの消火設備は万全のはずよ。
煙さえ外に逃がせば、火事にはならないわよ)
偽警官は再び自説を語った。
「透過を使えば煙は、逃がせるか…」
戦う敵ならともかく、隠れて持久戦に持ち込もうとする敵では、時間ばかりが過ぎて仲間と分断されてしまう。
「仕方ない。
火をつけて猿を炙り出すよ!」
誠は蛹を撃ち、何本かの木を発火させた。
それから、窓を丸く透過し、透過した部分に影の手を差し込み、ガラスを外した。
そこに猿が来たら分かるよう幽霊を残して、隣の窓に穴を開けていく。
上への階段とエスカレーターにも颯太と裕次を配置し、更に木を燃やした。
周囲には煙が満ちてきたので、誠は余分に窓に穴を開けた。
地上四百五十メートルだ。
均等に二十開けた穴から強風が流れ込み、すぐに煙は森に充満した。
風が渦を巻き、木々も烈しく揺れていた。
「やり過ぎたかな……」
穴のおかげで煙で視界が遮られる事はなかったが、しかし風は火を回らせる。
木は、すぐに赤く燃え始めた。
けたたましくサイレンが鳴る。
同時に、エスカレーターと階段、エレベーターの周囲に、天井から隔壁が降りてきた。
だが。
木が邪魔をして壁が折りられない。
「隔壁の木を切るんだ!」
皆がせっせと木を切る。
誠は蛹を発射し、辺の木を爆破した。
隔壁が閉まると、風は鈍くなる。
だが、既に火は全ての木に燃え広がっていた。
(出た!)
窓の一つに立っていた、足を痛めた大工でわずかな時間、物を動かす能力を持った大工、大家の前に、巨大な類人猿が現れた。
大家は、短髪の髪がほぼ白髪になった中年から老人の間の人物なので、与し易いと思われたらしい。
だが、大家は足を痛める以前は腕の良い大工であり、なんなら若い頃は暴走族にも入っていた。
(ほう…。
力比べって訳かい、エテ公)
薄く笑うと、大家は、直立したゴリラのような、巨大な筋肉の塊に、突っ込むように殴りかかった。
圧倒的な筋肉を誇る類人猿は、大家のパンチを避けようともしない。
大家の年老いて痩せた拳は、類人猿の鼻っ柱を叩いた。