112花
ユリはコツコツと木を枯らしていった。
だが、まずウツボカズラを倒してから木を枯らすので、本当に木の数が減っているのかはよく判らない。
が、ともかくも前進する余地は作ることができた。
草をかき分け、前に進むと亀の神社にあるような藤の花が一面に広がった。
亀の神社の藤花は、一月以上前に終わったはずだが、ここは見事に咲き誇っている。
考えてみれば、ここの花はどれも季節がおかしい。
菊は、お花屋さんには仏壇花としていつの季節も並んでいるが、確か秋の花のはずだ。
他にも南国風の花が咲いているし、何処かに芝桜もあった気がする!
季節はメチャクチャだが、屋内の施設と考えればコントロールは出来そうではある。
だが問題は、これほど巨大な藤の花を五つの虫で枯らせるのか、ということだった。
暴走は絶対駄目だが、巨大な藤に潜むウツボカズラを見つけるためにも、枯らすためにも、もう少し虫を多く出来ないと、とてもこのフロアを攻略は難しい。
(…まず、六匹目……)
ユリは手を広げ、そこに新しい虫を生み出してみた。
額に汗が滲む。
暴走しないように、と細心の注意を払うことで、ユリは精神を擦り減らした。
出来た!
六匹目の虫が、ユリの手で、ゆっくりと口を動かした。
もう一匹、と心が急くが、まずは六匹のコントロールに慣れるのが先決だった。
虫を飛ばし、藤の枝にウツボカズラを探す。
六匹の超小型カミキリ虫は、今までのユリの虫より大きく、そして早い。
虫たちは俊敏に枝を飛んでウツボカズラを見つけると、なんと一匹で、ウツボカズラを噛み切って倒してしまう。
これはユリも予想だにしなかった強さだ。
だが、藤は広く天井に這い進んでいて、とても広い。
もう一匹……。
かなり危険だし、ユリ自身にも負荷が大きいが、森が相手では仕方がなかった。
手のひらに、ゆっくりと虫を発生させる。
だが、ユリの手に生まれたのは、白い小さな卵だった。
え…、と思うが、すぐに芋虫になった。
え、ご飯…、かな……?
ユリは、近くの草を千切り、芋虫に与えた。
驚くほどモリモリとイモムシは草を食べ、蛹となり…。
やがて、今までよりも大きなカミキリになった。
手から飛び立つ七匹目をみたユリは、この違いを驚きをもって眺めた。
卵なら、暴走する危うさが、殆どなかった!
ユリは試しに、三つの卵を発生させた。
体の負担も軽い。
葉をあげ、蛹になるタイムラグは問題だが、少なくとも!
これなら、暴走は起こらない!
ユリにとっては、天地がひっくり返るほどの感動だった。
十匹の虫は何十かのウツボカズラを噛み殺し、そして藤の木の根に大きな穴を開け、すぐに一面の薄紫は雪のように散っていった。
枯れ果てた藤の木の奥に……。
人が立っていた。
このフロアに入ってから、一人も見ていない人だ……。
それは、とても美しい女性であり……。
全裸だった。
ニ一人の幽霊を従えた誠は、ともかく森を作っている元凶を探した。
大地も、すでに森になっている展望デッキに来ただけで、誰がどのような能力でこの森を作っているのかは知らない、という。
だが、かなり入念に探してもこのフロアに、元凶は見つからない。
代わりに下へ降りるエスカレーターと階段が見つかった。
「これが最下層だよ」
誠はネットで調べて、言った。
(十中八九、ここだろうな)
田辺も、頷いた。
(とりあえず誠はここにいろよ。
俺たちで見てくる)
裕次が言った。
誠に偽警官と田辺がつき、後の十九人が階段、エスカレーターから下に降りていく。
誠は、フロアを捜索中に見つけたショップで下着と衣服を購入した。
そのままレジ中で着替え、ナップサックも買って濡れた衣服をしまった。
(どうも、何も見つからないなぁ)
颯太が教える。
誠も、階段から降りてみた。
相変わらずの密林だ。
地面はコンクリートであり、pタイルやカーペットなのだから影能力なのは間違いない。
だがフロアの三階を全て密林に変えるのは範囲的に見ても、相当に強い能力だ。
ただし、今のところ攻撃らしい攻撃が無い。
もしかしたらウツボカズラがそうなのかもしれなかったが、森の力とウツボカズラには共通項が少な過ぎる気がする。
誠の透過と影の手もかけ離れてはいるが、お互いを補完する力となっている。
その感じが、ウツボカズラには薄いように、誠には感じられた。
「誠っちゃん!」
偽警官が、叫んだ。
誠の背後で、影の体が、緑色の、人形のものと戦っていた。
「なんだ……!」
それは人間がゾンビになり、かつ全身から草が生えたような怪物だった。
影の体は幽体にも、物質化も出来るので、草ゾンビの伸ばした腕を、偽警官は草ゾンビの脇に肩を突き刺すように抱え、一本背負いのように投げた。
草ゾンビの腕が簡単にもげ、胴体が先の茂みに突き刺さる。
腕は千切れても偽警官にしがみついていたが、誠が、影の手を伸ばし、草を切開してみる。
それは、骨も何も無い、植物性の不思議な物質だった。
「まるでマリモだ……」
と、誠は呟いた。
その組織は、まるで苔のミルフィーユのようだった。