109毒
ハーフパンツから覗く誠の足は、川上が思う通り、近接戦闘用のオーラが纏えるほどの筋肉量は無く、中学生のように細っそりしていた。
しかも真子に丁寧に手入れされているため、レディが危機感を持つほどの滑らかな美肌だ。
その色白な足を狙い、葉巻のような太さの、真っ黒なムカデが、湿った草の間を進んでいた。
ロープほどの長さのあるムカデだ。
いつの間にか、その蛹だった先端には、鋭い牙が生えていた……。
誠は、透過能力者だが、不意打ちには脆い。
影で身を隠す以上のオーラは纏えないからだ。
「みんな!
煙がちょっとでもないか、フロアを端まで探してね!」
ムカデは、忍び寄りながら、微かに首を捻る。
(奴は、何と話をしている?)
炎の蝶は二体の影の体と戦っていたが、それは誠の能力だと思っていた。
無論、能力なのだが、そこにそれぞれ人格と頭脳があろうとは、流石に推察の範疇を超えていた。
彼らシーツァの民が影の力を超えた、人外の者だとしても、誠もまた、その領域に近づいている、とはムカデでなく顔泥棒でも思いもよらないだろう。
彼は血縁でも大規模な災害的なストレスからでも無く影能力を身につけた、いわば野生種と呼ばれる希少な影繰りで、いくつかの戦いで幸運も味方し、名のある影繰りを殺したことにより飛躍的に力をつけた、厄介な奴ではあったが、シーツァの民のような祖霊の力を得た存在ではないはずだった。
が、まあいいか、とムカデは思考を打ち消した。
ムカデの強力な毒を、あの柔らかそうな足に打ち込んでしまえば、全ては終わるからだ。
裕次と、中学生カップルの幸也とミホは、トイレから水を引いた影のホースでフロア中を散水して回っていた。
他の霊たちは、木の上部などに火がないか、見て回っていた。
誠たちは、油断していた。
石巨人も倒したし、炎の蝶も倒したのだ。
ウツボカズラはこの階では見てないし、後は火さえ始末すれば、少なくともしばらくは戦う敵はいないだろう、と心の何処かで安心していた。
誠は、偽警官とハルに木を調べさせて、木の枝をカットしていく。
「誠くん、そんなに木を切ってどうするの?」
真子が聞くが。
「そもそも、こんなところに木があるのが異常だからね。
その原因を調べたいんだ」
その犯人は、上の階のウツボカズラかもしれないが、それならこの階では見かけないのはおかしい。
つまり、石巨人でも炎の蝶でもない第三の敵が、未だこのフロアに隠れているのかもしれない。
とはいえ、それは誠の仮説であり、まだ模索している状況だった。
木を切れば、何らかの目的で木を生やした敵は、邪魔をしてくるのではないか?
確証のない行動だが、何もしない訳にはいかないので、誠は偽警官とハルだけに手伝ってもらっていた。
(ブルートゥースかもしれないな……)
仲間と通信しているのなら、応急処置の方法や救援も入るかもしれない。
(通信が終わるまで、襲撃は待ったほうがいいか……)
誠は、バサバサと木の枝を切っていく。
が、それはムカデに良い隠れ道を作ることになっていた。
ハルと偽警官は、どんどん異常なしの報告を影越しに伝え、誠は、
「蛹には気をつけてね」
などと口で返事をする。
影で繋がっているので、言葉は不要なのだが、誰も観ていないし、口に出すほうが楽なのだ。
心の対話は、誠の場合、すぐに心を閉ざして回想や夢想に侵食されてしまう。
幽霊には、おおよそ誠の内面はバレてはいたが、しかし誠は恥ずかしいし、可能なら隠したかった。
なので自室でも小声で話すことが、最近の誠は増えていた。
そう言えば、パンツがきついな……。
美容師高橋の勧めで、誠は最近、肌にピッタリした下着を着けだしたのだが、今まで履いていた安いブリーフに比べると、変に締め付けられる。
戦闘中などは忘れるが、気が緩むと、そんなことも思い出す。
そういう誠の心の独り言は、実のところ幽霊たちは気にもかけていないのだが、一人、敏感に聞き耳を立てる幽霊もいた。
偽警官だ。
今も、偽警官は、片手間で木を調べながらも、誠の体の各部に興味を示し続けていたが、誠の独り言をキャッチすると、すぐにズボンの中に忍び込んだ。
触ると気づかれるので、寝てない時は触ったりしないが、眺めるのは自由だ。
飽くことなく鑑賞を続けた偽景観だが……。
ふと、ハーパンの下の足に目をやり、誠のスニーカーのすぐ外に、何かがいるのに気がついた。
「誠っちゃん!
何かいるわ!」
偽警官が叫んだのと、ムカデが草から飛び出し、誠の足首に噛みついたのは、ほぼ同時だった。
「がっ!」
激しい痛みに、誠は倒れた。
「みんな、毒虫よ!
早く倒して!」
誠という本体の死は、彼ら幽霊の二度目の死である。
すぐにムカデはズタズタに引き裂かれた。
偽警官は、誠のハーパンから腰紐を抜き取ると、足首の上に強く巻きつけた。
「傷をつけて、血を出しましょう!」
真子が素早く提案した。
それは誠の意思に関係なく実行され、さらに偽警官は、影の体で血を吸った。
「バイタルは低下気味……。
でも、致命的ではない!」
田辺は冷静に誠の体温や血圧を探った。