107火災
精密な行動をしようと集中力を高めていたところだけに、誠は飛び上がって驚いた。
「あ、ハル?
どうしたの?」
慌てて聞くと、ハルは、
「ごめん誠さん、破壊しようとしたら爆発しちゃった……」
ハルの行いが誠の頭でリピートされる。
颯太を始め、二十人の幽霊たちは常に勝手に楽しんでいるため、誠はいつもは心を閉ざしている。
どんな場所でも心を閉ざせる誠ならではの特技だったが、必要な情報はあとから幽霊個人が誠にテレパシーのように伝えられるのだ。
蛹に影の手が触れた瞬間、蛹はどんな原理なのか、まるで地雷のように爆発したらしい。
誠が習った言葉で言えば、ブービートラップだ。
無害だが、敵が気になるような物に見せかけて、手を出すと爆発するような罠だった。
傷を追った仲間とか、価値のありそうな品物などと爆弾を抱き合わせで仕掛けるわけだ。
脱皮する前に蛹のうちに破壊しようとハルが切ろうとした瞬間、蛹は木ごと吹き飛ばすほどに爆発したのだ。
だが、問題はそれだけではなかった。
このホールは、木が密生しているだけではなく、足元には草がみっちりと茂っている。
爆発した木は、破片となって草に落ち、すぐに白い煙を上げ始めた。
「火災か!」
蛹が、一種の爆発物である場合、火が回るととんでもない事態になりかねない。
「とにかくハル、周りの草や木を全部切って!」
言いながら、誠はハルの元に向かう。
影の体は、真子の切る力は使えるが、透過は誠でなければ使えない。
もはや木や草を刈りながら進んでいる場合ではなかった。
透過と飛行を合わせて、最速でハルのところに向かう。
ハルはせっせと木を切っていた。
周囲には白い煙が広がり始め、その奥にはオレンジ色の光も見えた。
火が出た!
誠は慌てて近づこうとするが、偽警官が、
「ここはスカイツリーよ。
あの程度の火を気にする必要は無いわ。
スプリンクラーとか、色々あるのよ」
と誠を諌めた。
だが、それはフロアが普通の状態だった時の話だ……。
こんな密林では、当然ながら火の回りは格段に早くなるはずだ。
それに……。
木は、スカイツリーの内側だけではなく、外周をも覆っているのだ!
これに火がつけば、途方もない火災になりかねない!
とにかく可燃物を下に落としながら、慎重に誠は進んだ。
煙は、一歩歩くごとに濃くなっていく。
可燃物は、どんどん階下に落としているが、火は燃え広がっているようだ。
こういう施設の内装は、防火だか耐火だかの加工がされており、燃えにくい、とは聞いていた。
だが全ての物質は、いずれ燃える。
防火も耐火も、燃えるまでの時間が数十分稼げるだけだ。
やがては手のつけられない火事になる……。
その前に消火できれなければ………。
誠は、立ち込める白煙を可能な限り透視しながら、草や枝を切り、落とした。
と、炎が何かを爆ぜさせたのか、パンッという小さな音とともに、何かが誠に飛んできた。
偽警官が、それを弾く。
火が、枝に回っているのか…?
誠の目には見えないが、必ずしも炎と接触しなくても、温度の上昇で蛹が爆発物なら破裂することもあり得る。
今までの倍の手を出し、木と草を刈る誠だが。
「おいおい、それ以上、近づくんじゃねぇ。
お前らは大人しく、このホールで蒸し焼きになるんだ……」
男の声が響いた。
どうやら敵が出現したらしい。
誠は動きを止めた。
煙は辺りに充満し、光源の炎は見えるものの、木や敵の姿は隠れている。
何か銃のようなものを撃ったのかもしれないが、影繰り相手に銃を撃つ訳もない。
何か、もっと危険なものだろう。
しかし誠の透視は、こういった森林や煙の前では、あまり役に立たない。
ある種、地上から地下駅を見るような能力なのだ。
元々は、誠の透視は、ある意味凄い遠視だったが、吉岡先生に習ってミクロの物も見れるようにはなった。
いわば双眼鏡とルーペを兼ねた視力であるが、中間距離は得意ではない。
誠は、とにかく炎にピントを合わせた。
それは、ちょっと異様な炎だった。
てっきり草が燃えているのかと思ったら、その炎は空中に浮かんでいるように見える……。
ただし誠と炎の間には流動する煙が常にあるため、そう見えるのかもしれない。
誠には、その炎は、一メートル近い巨大な蝶のように見え、空中で羽ばたいているように感じた……。
透視なので煙は見えないはずだった。
ならばチラチラと揺れているのは炎ゆえの特性なのか?
それとも煙のようなものは、完璧に感知から外すのは無理なのか?
確かに炎と煙のようなものは、一つの化学変化の結果で発生するものだし、どちらかだけ、と選ぶのは影能力でも無理な気がする。
今、問題なのは、謎の蝶ではなく、その付近から誠を見ている影繰りの方だった。
「誠っちゃん、あたしとハルで探してくるわ。
誠っちゃんは待ってて!」
偽警官とハルは、左右から炎に近づいた。
「誠っちゃん!
周りには誰もいないわ!」
えっ、と誠は思わず声に出しそうになった。
誠に動くなと言った奴は本体のはずだが、炎の蝶は、誠の予測では蛹から生まれたもののはずだ。
誠の見た蛹は、それでは偽物だったのか……、疑問は残る。
誠は、このフロアの木々にはかなりの数の蛹があるのではないか、と考えていたからだ。
読みが間違っているのか……。
だが、颯太と中村が、
「蛹、あったぞ!」
と同時に言うと、他の幽霊たちも次々に蛹を発見してきた。