105石化
二十体の影の体が、生木の槍で石の巨人に襲いかかった。
両目、鼻、口、耳、各関節に攻撃は集中していた。
「うわっ!」
と驚く石巨人だが、瞬時に石巨人の全身に針のような突起が生まれ、槍を防いだ。
「くそっ!
こっちの隙を付くつもりだな!
そんなら!」
石巨人が手を振り回すと、周囲の木が一瞬で石化した。
(わっ、槍が持ってかれたぜ!)
横山が影を通じて叫んだ。
石化した木に触れていた槍が、同時に石化し、木に張り付いて一体化してしまったのだ。
(だが槍を持っていた手は無事のようだな)
どうやら影は石化されないか、または石化に物質よりは時間がかかるようだった。
「へへへっ!
この辺一体は石のバリケードで固めてやったぜ!」
幽霊にも誠にも、石のバリケードは何の意味も無かったが、安心している内に影の手で仕留めてしまいたい。
誠は前進しようとするが、偽警官が。
(誠っちゃん、危ないわ。
もし誠っちゃんが石になったら、あたしたち全滅なのよ」
確かに、石化した木に触れただけでも自分まで石化する可能性が、敵の能力にはあった。
別に影の手の射程は、バリケードをすり抜けるほどは充分にある。
無理に接近する必要は無かった。
(おい誠…)
裕次が声を震わせた。
見ると、密生した木や草が、徐々に石になっていた。
虫の歩むほどの速度で、しかし確実に石化範囲は広がっていた。
「早くしないと、お前本体がヤバいぞ…」
石巨人を中心に、僅かづつだが石化の範囲は広まっている。
そして、その石化した枝に触れただけで誠は瞬殺される。
敵は、誠を見る必要すら無かった。
オートマティックな全周囲攻撃だ。
誠は、背後の生木で槍を作ると、石巨人に向かってなげた。
普通ならよく茂った、しかも石化した木々に遮られるが、誠は槍を透過させている。
槍は石巨人の胸に刺さった。
「ガハッ!」
石巨人は痛みに喘ぎ、背後の木にぶつかる。
が、素早く槍を石化し、石の鎧と一体化させ、深手を負うのを避けた。
それでも先端、五センチほどは胸に刺さったが、心臓までは到達しなかった。
「お、俺の石の壁を突き抜けるだと!
どんな能力なんだこれは?」
透過、とは気がついていないらしい。
「皆、石の鎧を透過するから、槍を奴に突き刺して!」
能力を推測されない内に仕留めた方がいい。
誠は、槍を失った横山に新しい槍を、つながった影を通じて渡した。
「じゃあ行くよ、三、二、一、GO!」
ぎゃあっ! と石の森の奥から、甲高い悲鳴が聞こえた。
石巨人の中身は、まだ子供のようだ。
一斉攻撃だったため、石の防御は遅れたようだ。
槍は全て、前より深く、石巨人に突き刺さった。
「…い、痛てぇ…よ…。
何で俺がこんな目に合うんだ…」
石巨人は泣き声混じりに呟いた。
(誠!
ヤバい!)
裕次が慌てる。
急速に石化範囲が広がっていた。
虫の歩行速度だったものが、ネズミの歩行速度ぐらいに早まっていた。
数倍の加速だ。
(誠っちゃん、逃げて!)
偽警官が誠を最後に突き飛ばす。
だが、誠のスポーツTシャツの腹が広い範囲で石化し、バラバラと崩れた。
(おいおい、これじゃあ、すぐにこのホール全体が石になっちまうぜ!)
田辺も慌てた。
「この辺の木を切るんだ!」
影の体が皆集まり、誠の周りの木を切り倒した。
倒した木や草は透過で下に落とし、誠は影の手を伸ばした。
誠の周囲十メートルほどは石化されるもののない空間だが、敵もそれと感づくかもしれない。
それまでの数分で石巨人を倒さなければならなかった。
ごく細くした影の手を鼻の穴から中身の、たぶん少年の中に侵入させると、鼻粘膜から透過して前頭葉に侵入した。
この付近の血管を少しでも切れば、石巨人は脳出血で昏倒する。
と、思った瞬間、誠の影の手に、横から何かが噛みついた!
「えっ?」
脳内で、しかも影の手に噛みつくような存在があるとは、誠は夢にも思わなかった。
影の目を出して見ると、それはミクロサイズの、影の蜘蛛のようなものに見えた。
これが学生連合の錠剤の中身……?
脳を支配し、影繰りではない人間に影能力を使わせる存在……。
確かに、それなら脳の中に住んでいてもおかしくはない。
薬を使い続ける度に強化され、やがて怪物に人間を変化させる……。
その大本が、この石巨人の場合は蜘蛛だったらしい。
血管を切ろうと思っていたが、誠は咄嗟に、蜘蛛を切った。
影に切断が通用するのか疑問だ、と後から思ったが、なんと蜘蛛は、真っ二つに、茹でた蟹のように切断され、脳内に臓物を撒き散らした。
「あっ!」
石巨人が子供の声で叫んだとき、子供の体から石が粉々に崩れて剥がれ落ちた。
およそ一メートルを落ち、血まみれの小柄な少年、仲間内ではガンチと呼ばれた少年は、無様に落下し、気絶した。
石化は、まるで嘘だったように消え去った。
誠は走り、ガンチの傷を治した。
「おい、誠。
そいつ殺った方がいいんじゃないのか?
目が覚めたら危ないだろ」
颯太は言うが、誠は。
「脳の中に蜘蛛がいた。
もしそれが、敵の本当の正体なら、彼は人間に戻るかもしれない。
賭けだけど、確かめたいんだ」
「誠くん、優しすぎるわ」
真子が、ややいつもよりは柔らかい口調で釘を刺した。