104石の巨人
問題は、この石の巨人が完全な近接戦闘の影なのか、別な攻撃を持っているのか、だ。
誠は足を止め、身を屈めた。
階段の傾斜で身を隠す。
颯太の影の目を通じて、誠は巨人を見た。
「おい、誠。
さっきもだけど、お前、なんで落とさないんだよ?
あんなの落とせば、すぐに粉々だろ!」
颯太は言うが、
「駄目だよ。
下には、小百合さんや川上君がいるんだ。
迂闊に下には落とせないんだ」
「それなら一階分だけ落としてみたらどうだ?
あの石の体なら、自重でかなりのダメージを受けるはずだろ」
田辺が語った。
誠としては、こちらの手の内を中途半端に見せるのは気乗りしなかった。
それより、この石巨人の能力を把握したい。
誠内でそんなやり取りをするうちに、石の巨人は、階段の右手に生えていた枝の硬そうな草を、手で触れた。
草が、一瞬で石になった。
「おいおい、あいつ、結構ヤバいんじゃないか……」
聡太が、ビビった声を出した。
触れたものが全て石になる能力だとしたら、接近戦は即、死を意味する。
と、巨人は、石になった枝を、そのまま誠に投げつけた。
「透過!」
誠は言うが裕次が、
「いや、避けたほうがいい!
もしかしたら、透過でも接触判定にならないと言えるか?」
判断はつかないが、もし石になったら即死だった。
誠は、影の手を横に伸ばして、木の枝を掴み、横に飛んで石枝を避けた。
田辺が、石枝を影の目で追う。
元草の枝だったものは、不器用なブーメラン的な変則回転をしながらも、巨人の腕力でかなりの速度で誠の横を抜け、背後の木の枝に突き刺さった。
石が刺さった木が、一瞬で石化した。
「やべっ!
ありゃ強ぇーぞ!
誠、すぐ落とせよ!」
聡太は取り乱す。
落とすことが致命傷にならない場合、次から敵は、落とされることを頭に入れて戦うようになる。
それはアクトレスを始め名だたる影繰りと戦った誠の経験だった。
より厄介な敵になる……。
ことに、手に触れた物は全て石になり、それを投げてぶつかったものまで石になるのだ。
遠距離でも近距離でも、隙がないほど強い敵だった。
誠は、自分が落ちた。
落ちながら落下先の木や草を影の手で伐採する。
しかし、最初の敵、紫色のウツボカズラの存在は未定だ。
刈った木や草は下に落とし、安全になった一階下のフロアに誠は着地した。
「おいおい、お前が落ちたって、奴は傷一つ作ってないぞ!」
颯太は文句を言う。
「これから落とすよ」
誠の言葉と重なって、ドスン、と石がフロアに落ちた音がした。
「駄目だよ。
全く無傷だ…」
田中が報告した。
やはり少々落ちた程度では石巨人にダメージは無いようだ。
おそらく中の影繰りが自在に石を操っているのだろう。
田中は、顔泥棒が逃亡途中にバスで殺した一人だが、今は颯太や裕次とすっかり馴染んでいる。
「田中君、石巨人の落ちた場所は石になってる?」
誠が聞くが、
「いや、見た感じ、他の床と変わんない」
やはり、と誠は思った。
「どういう事だよ?」
颯太の質問に、
「ギリシャ神話で手で触れたものが全て金になる王様の話があるんだ。
それだと、食べ物も食べられないし、味方の木々も破壊してしまうからね。
奴の場合、狙ったものだけ、石に変えるんだよ」
と田辺が教えた。
それなら影の手で倒せる可能性はある。
だが、敵が気がついたら、どうなるか判らなかった。
「接近戦、やってみてくれるかな?」
誠は幽霊の仲間に聞いた。
「あー、影が石化するか、って事か?」
裕次は察し、
「武器は使っていいよ」
誠は言い、近くの木の枝を鋭く尖らせてカットした。
生木の小槍だ。
「誠っちゃんの頼みなら、やってやるわよ」
と偽警官。
「あんた、そっちの趣味まであったのか?」
偽警官の、急な女言葉に田辺は驚く。
「まー、人間って複雑なのよ」
したり顔の偽警官だが、颯太も、
「仕方ない。
やるけど、作戦は出来てるんだろうな?」
「うん、そんなに長くはかからないで殺すよ。
みんなは、奴の、関節や目、口、鼻なんかを狙ってほしいんだ」
幽霊たちはおおよそを理解した。
石の巨人の目は、分厚い石に隠れているが、時折光が当たると、生の人間の目のように見えるのだ。
そう考えると、手足の異様に長い巨人は、それほど大柄ではない日本人が、長い石の手足を装着した姿にも見えた。
「なるほどな。
意外と面白いかもしれない」
田辺も乗り気になった。
「じゃあ全員で巨人に接近するよ!」
槍を持った二十人の幽霊に先導され、誠も透過で歩けないほど草木の密生したホールを前進する。
幽霊の視力で、誠にも石の巨人が立ち上がり、メリメリと木を折りながら前進するのが見えた。
巨人は幸い、まだ誠の位置には気づいていないようだ。
誠の正面を横切るように進んでいた。
(確かに、今は木が石化していないな)
裕次が言う。
(たぶん今がチャンスだ!
能力を発動させたら、槍も石化してしまう!)
誠は言うが、颯太は。
(それ、余計強くならないか?)
と呟いた。




