102戦い
田中圭介はニヤニヤしながら、
「よう、お前、強ぇーらしいな」
くくく、と喉で笑い。
同時にペロンと錠剤を口に入れた。
しまった……!
誠は田中に臆して、迂闊にも学生連合の錠剤を飲むのを、眼の前で許してしまった。
田中は、どことなくキツネかイタチに似た狡猾そうな顔を歪めるように笑い。
「なら、俺のパンチを受けてみなよ!」
言うと、誠も防犯カメラ映像で見た大振りなパンチを放った。
特に強いとは思えないパンチだ。
誠は、右に避けた。
避けようとした…。
だが…。
パンチはホーミングミサイルのように、避けた先に付いてくる。
これか……。
そして、特に腰が入った訳でもないパンチだが、この一撃を受けたチャンピオンは、完全にグロッギーになり、結果、重症を負った。
見た目と違う威力がある、らしい。
透過…。
眼の前まで迫ったパンチに、誠はそれしか避ける術が無かった。
パンチを透過で交わしながら、誠は踏み込んでみぞおちに拳を突き刺した。
だが。
避けても追ってくるパンチとは、逆の現象が起こった。
田中圭介は、誠のパンチを逃れるように、床を真横に滑ったのだ。
そしてその位置から、誠の横顔に、再びパンチを放つ。
エレベーターは観光用の大きな物だ。
四畳半程度の広さはあるかもしれない。
それでも格闘用のリングよりはだいぶ狭いが……。
パンチは必ず当たり、攻撃は絶対に避ける。
誠は透過し、カウンターを狙ってジャブを突き出すが、再び横に滑られてしまった。
直接攻撃は、たぶん絶対に当たらない仕組みが、何かあるようだ。
それが引力と反発力なのか、もっと単純な、勇気たちのような、絶対正義、のようなものなのかは判らないが、パンチが当たらない、ということは、誠自身の手では田中の体内をいじることも不可能、と言うことらしい。
誠は、影の手を真横から飛ばしてみた。
が、何か壁のようなものが影の手を遮る。
影のバリアーか何かだろうか?
影の攻撃にも、絶対防御を誇っているらしい。
誠は、透過で落とせるか、試してみた。
が田中は、誠のパンチを避けたのと同じに、右にスライドして、透過を避けた。
「なかなかしぶとい奴だな!」
田中は薄笑いを崩すことなく、再び誠にホーミングパンチを放った。
誠は避けずに透過でパンチを受け流すが…。
攻撃ができない相手を、どう倒せばいい?
と、悩んだ。
影の手にバリアーが発生するということは、逆に言えば、それで相手のパンチを避ける事も可能かもしれない。
しかし、攻撃が避けられるのは攻め手が無い。
あの、横にスライドする動きは何なのだろう?
自動追尾装置、ホーミングにならって言えば、自動回避システム、とでも呼べそうだ。
透過まで避けていることから考えても、あの力は当人の意思に関係なく発動するものらしい。
それならば、例えば連打で絶え間ない攻撃をした場合、どう反応するのか、など疑問点はあるが、しかし相手の攻撃は一撃必殺の威力がある。
迂闊な連打は危険だった。
そもそも連打とは、防御を捨てた突撃のようなものだからだ。
そして山田圭介のパンチは、今のところは大振りだが、コンパクトに打てない、と決めつける事はできなかった。
なぜなら、おそらく筋力に関係なく、当たればKO、と言うパンチだろうからだ。
影をバリアーで封じる、という能力は、おそらくどんな影繰りにも通用する厄介な力だった。
唸った誠だが。
ふと、思いついた。
影の連打なら颯太たちに任せることができた。
誠は防御に専念すればいい。
そして……。
もしかしたら、バリアーを透過する、ということは不可能だろうか?
誠はすぐに試した。
影の手を無数に出して、山田の左右から連続攻撃する。
山田圭介は、それには気が付きもせずに、再びパンチを放った。
誠は、攻撃を透過しながら、影の手の一発を透過してみた。
が、流石にバリアーは簡単には透過できないようだ…。
打つ手がない!
悲鳴にも似た感情が誠を支配するが…。
連打の一発が、山田圭介の腕を突き抜けた!
そうか……、攻撃を放とうとする腕だけは、バリアーは貼れない。
相手に当たるのを防ぐ結果になるからだ。
盾は剣にはならず、剣も盾とは構造が違うわけだ。
それが、オートマティックな行動だけに、そこは融通は利かないらしかった。
ならば……。
誠は、山田の拳を透過しつつ、その腕の中を通して、影の手のパンチを放った!
パンチは、山田の腕を突き抜け、喉を潜って山田の顎を砕いた。
山田圭介は、浮き上がり、エレベーターの壁に突き刺さった。
まだ、戦いは終わってはいない!
誠は、山田の首の頸動脈を、体内の脂肪で塞いだ。
動脈硬化を人工的に作り出したのだ。
山田は、魚のように一度、跳ね、そのまま絶命した。
電子音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。
誠は展望デッキへ降りた。
そこが、あまりに異様な場所だったからだ。
まるでジャングルのように、花や木が、道を塞ぐように茂っていたのだ。
誠は、田辺と颯太を残して、皆に周囲を偵察してもらった。
こういう木々が果てしなく茂っているところは、誠の透視では何も見えないに等しい。
しかも、前に戦った赤毛男のような陣形型影繰りだった場合、誠一人の手に追えるのか、甚だ不安だった。
「ユリがいたよ!」
中学生カップルの男子、幸也が教えてくれた。
誠は、デバイスでユリのスマホに通話した。
「ユリ、どうなってるの?」
「ああ、誠。
敵は十体以上殺したんだけど、殺せば殺すほど、周りに木が茂って行くんだ。
どうしてなのか、僕には解らないよ!」
敵は殺されるほど強くなるらしい。
「それで敵というのはどんな…?」
「天井に生えているように見えるウツボカズラだよ。
紫色の花に見えるんだ」
ウツボカズラというのは、確か食中植物じゃ無かったか、と誠は思った。
だが、そのウツボカズラは紫色の花なのだとユリは言う。
しかも、倒せば倒すほど、事態は悪化しているらしかった。