100水槽
スカイツリーに白骨死体?
そんな非現実的な事がある訳なかった。
山林でも古戦場でもない。
ここは地上三百メートルの上空なのだ。
これは…。
多分、あのトゲに刺さった人間の末路なのだろう。
体内の養分は全て植物に変換され、あとには枯れ枝のように白骨が残る…。
ユリは、背中の虫をお尻に移動させ、あの紫色のウツボカズラを見た。
動いていた。
奴は、天井に這わせた根のような足を蛸のように動かし、ゆっくりと、しかし確かにユリを追って近づいてくる。
あれがここの人を皆、殺したのか?
ユリはかすかに違和感を感じた。
それにしては、動きと人数が合わない気がした。
エレベーターに並んでいた数は、花よりずっと多い。
無論、この展望デッキもかなりの広さのはずなので、全ての人が花にされていたのなら数的には合うのかもしれない。
だが…。
あのウツボカズラもどきは、ずいぶんと、鈍い。
一匹でこの一フロアをすべて制圧できるのだろうか?
ユリの頭を、そんな考えがよぎるが、とまれ、まずは眼の前の敵をどうにかしなければ、その先は無い。
僕が負けたら、水族館に行ったはずの川上が困る。
ユリも川上には仲良くしてもらっていた。
川上は強い。
だが、遠距離攻撃は苦手だ。
そしてこいつは、花に擬態して遠くから人を狙うスナイパーなのだ。
川上との相性は最悪だ。
なんとか僕が、このホールの、たぶん全てのウツボカズラを駆逐しなければ…。
ユリは、ごめんなさい、と謝りながらホウセンカの枝を折り、奥に進んだ。
植物に虫が効くのか…。
思ったが、おやっさんはしょっちゅう殺虫剤を持って、植木にかけていた。
虫は、花を枯らすのだ!
そうだ。
花だと分かった時点で、僕は既に有利なんだ!
僕は、奴の天敵なのだから!
小百合の横を女子高生の三人組が横切っていく。
高校に通っていた頃、ユリコやハマユとは特に話もしなかったので、あんなにキャピキャピした女たちには、小百合は嫌悪感を持つ。
どうせ男を意識して可愛いぶっているのだ。
真ん中の女が、わざわざ二人の前に飛び出して、振り向いて大げさにおどけてみせた。
なんだ、クソ詰まらない…。
思うが…。
うちの高校に、あんなことする奴、いないよな?
昔、小百合が通っていた高校にも、あすこまでオーバーアクションの奴はいなかった気がする。
演劇部か何かだろうか?
だが、そうしてみてみると、カップルも、バカップルよろしく、抱き合ったり、ふざけたり、子供も、踊るように感情を表していた。
これは……。
差別的だと罵られるのを恐れずに言えば、聾唖者に見られる、行動ではないか?
手話まではいかないが、必ず相手に顔を向け、オーバー気味に感情を伝える…。
小百合も、数えるほどしか会った事はなかったが、コンビニでバイトをしていたため、何組かそうゆう人を見ていた。
彼らは表情が本当に豊かで、熱心に自分の気持を伝えようとする。
必ず、相手の顔を見て、向き合って意思疎通をする。
しかし、そんな人物が影繰りだったとして、これだけの人間を操れる場所などあるだろうか?。
小百合は、急に急いで敵に察知されるのを避けながら、先程見た、ソラマチの全体マップへ確認に向かう。
例えば、小百合の推測通りの人物が敵であったとして、それを自然にできる場所!
静かで、可能なら他人には見られない場所がいいのではないか?
落ち着き気味の急ぎ足で、小百合はマップを見た。
7階……。
プラネタリウム……。
多分ここだ……!
暗く静かで、誰も他人の表情などは見はしない。
天井の星を見ているのだから!
小百合は意を決し、エスカレーターを登る事にした。
リスの大きさのウサギは、前足を低くし、後ろ足をゆっくりと動かしながら、仕切りの先の暗闇に近づいていく。
闇に近づくにつれ、闇の中に、何か白いものが動いているのが視線に入る。
なんだ……。
川上は、唸った。
魚ではないような動きだ。
だが、ここは水族館だった。
魚しかいない場所ではないのか?
まあオットセイもいたし、魚と言っても色々だ。
敵にバレないよう、数ミリ単位でウサギを前進させていく。
無論、魚の正体などは何でもいい。
敵と、人質がどうなっているのかを知る必要があった。
もしかすれば、人質さえ開放できれば、敵は接近戦を挑むかもしれない。
だから、まずは現状を知ることが必要だ。
少しづつ……。
少しづつ……。
リスのようなウサギが、前進していく。
と……。
何だこれは……。
川上は、万華鏡を見ているような気分になった。
そこはたくさんの水槽が立体的に組み上げられ、その中一面に、無数のクラゲが、浮かんだり沈んだり、フワフワと漂っていた。
あっけに取られた川上だが、無論クラゲなどどうでもいい。
問題は、犯人と人質だった。
だが、今ウサギの見ている範囲にいるのは、無数のクラゲだけだ。
おいおい……。
どこにも、誰もいないじゃない…、か……、えっ……?
川上の額から、脂汗が流れた。
立体的な水槽などではなかった!
クラゲは、半数以上、室内の空中に浮かんでいるのだ。
慌ててウサギを前に出すと、高い天井に、クラゲに頭を抱えられた人間たちが、まるで風船のように、天井に綺麗に並んでいた……。