雲の上のお客様 1
カフェ・フローラは、昨日も盛況だった。そして、今朝も早くから私は出勤する。
今日のテーマは、舞踏会が開かれるような荘厳な宮殿のホールだ。
動きやすいように膝下で短め、裾が広がったドレスは、まるで童話の世界に紛れ込んでしまったのようだ。
クルクルと巻かれた髪の毛と、ハーフアップにされた髪に大きなリボン。白いエプロンは今日もフリルいっぱいだ。
「煌びやか……」
お城の夜会でも、ここまで煌びやかではないだろう。それでいて、大きなリボンがいくつも天井に飾られ、カーテンもテーブルクロスもすべてがフリルいっぱいで店内はとても可愛らしい。
これが、全部オーナーの魔力で作られているなんてやっぱり不思議……。
そんなことを思いながら、開店時間になったので扉を開ける。
そこにはすでに、背の高いお客様が開店待ちをしていたらしく立っていた。
その人は、淡い金の髪に碧眼の壮年の男性だ。
着ている服から、上流階級であることがわかる男性は、けれどどこかチャーミングに微笑んだ。
「目立たない席が良い。案内してもらえるかな?」
「は、はい!!」
目立たない席といえば、あの席しかないだろう。
今日は、騎士団長様はお忙しいと言っていた。
何でも、午後に隣国から要人が訪れるから、陛下の護衛任務に就くのだとか……。
英雄と呼ばれ、ずっと戦い続けている騎士団長様は、王都にいてもやはりお忙しい。
意外と甘いものがお好きとわかったから、チョコレートを少し用意しておこうかな?
そんなことを思いつつ、ちらりと客席に目を向ける。メニューを閉じたタイミングでお客様に声をかけた。
「何になさいますか?」
「おすすめは?」
「朝食がまだでしたら、こちらのサンドイッチがおすすめです。妖精が蜜を採ったあとの少し辛い花と、北端のリーヴァ王国特産のハムを挟んでいます」
「ふむ。では、それをもらおうか。あと、本日のコーヒーを」
「かしこまりました」
そのお客様は、笑顔も優雅で気品がある。
けれど、それでいて感情が読めない。
……でも、どこかでお会いしたことがあるような?
それは、以前騎士団長様が初めて来店したときに感じた引っかかりによく似ている。
知り合いというほどではないけれど、私は確かにお客様のことをどこかで見たことがある。
「……?」
そのとき、バックヤードの方から転がり落ちてきそうなほど騒がしく階段を降りる音がした。
「オーナー、どうしたのかしら?」
基本的にはオーナーは、遅くにならないとお店に出てこない。
実は、最近高貴なお客様限定で、カフェ・フローラは夜間も開いているらしい。
そのことについて聞いてみたけれど、オーナーは困ったように笑い、なぜかその場にいた騎士団長様まで視線を逸らして答えてはくれなかった。
そんなことを思いながら、私はトレーにコーヒーとサンドイッチをのせて席へと向かった。
そして、席に着く直前、バタバタと私を追い抜いたオーナーは、なぜか魔術師の正装である長いローブを羽織っていた。
そしてそのまま、お客様の前でひざまずいた。
少しばかり異様なその光景を動じる様子もなく見下ろすお客様と、胸に手を当ててひざまずくオーナー。
私は首をかしげながら、そっとテーブルにコーヒーとサンドイッチをのせる。
……オーナーが頭を下げるなんて、よほど高貴なお方よね!?
王国筆頭魔術師であるオーナーは、名字を持たないけれど、陛下から与えられた特権によりよほど高位のなければ膝をつく必要がない。
だから私も一歩下がり、トレーを持つ手と反対の手でドレスの裾をつまんで丁寧に礼をした。
「そんな堅苦しくする必要はない。今日はお忍びできたのだからな」
「っ、それならばいつものように夜訪れてくだされば……」
「今日は隣国から要人が来て夜まで忙しい。それに少しだけ君とヴィランドが大事にしている宝物が気になってね?」
男性は、いつもは夜に来ているらしい。
話の邪魔をしてはいけないと、会釈をして去ろうとした私を男性が呼び止める。
「待ちなさい。君にも用事があるんだ。リティリア・レトリック男爵令嬢」
「……あの」
「話なら俺を通していただけませんか?」
「やはり、他人に興味を持たない君まで彼女を大切にしているのか。実に興味深いな」
「……陛下」
珍しく低くなったオーナーの声よりも、聞こえてきた単語に驚いて私は淡い紫色の目を見開いた。
――国王陛下!! なぜ、気が付かなかったの!?
慌てて深い礼をとる私は、男性、つまりこの国の国王陛下がいたずらっぽく笑うのを視界の端に捉えてしまったのだった。
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