魔女の家とカフェ 1
***
明るい日差しに、腕で目を覆う。
「あら、ようやく起きるのね」
妖艶なその声は、たぶん私を心配しているわけではない。
まもなく私が目覚めることも、彼女にとってはすでに既知の未来なのだろうから。
「魔女様……」
「リティリア、よく頑張ったわね」
魔女様の手には、淡い緑色の宝石が握られている。不思議なその石は、金や銀だけでなく角度によって淡い紫色の光を宿していた。
「その魔石、どうして魔女様が?」
「どうしてって、対価だからよ?」
「……対価」
「そう、魔女はどんなに願われても、見合った対価をもらわない限り願いを叶えることはできないの」
魔石をのぞき込んでみれば、私の顔が写り込む。
その中の金と銀や紫の光を見つめているうちに、寝ぼけていた頭が急速に冴えていく。
「騎士団長様は!? オーナーとエルディスは!?」
「あらあら。ようやく名前を呼んでもらえるようになったのにお気の毒」
「っ、アーサー様は!!」
「無事よ? 対価はいただいたけれどね」
「対価を!?」
魔女様の前で勢いよく立ち上がり、そしてふらついた私を大きな手が支える。
顔を上げれば、申し訳なさそう、かつどこか気まずそうなオーナーが私を見下ろしていた。
「……オーナー? 何だか雰囲気が」
「……魔力がほとんどないせいだろう。時空魔法を無理に抑えた弊害だそうだ。残念ながら、まともに魔法が使えない」
「命に別状は!!」
「……ない」
喜んで良いものか困惑していると、肩をポンッと叩かれる。
微笑んだオーナーからは、魔力の支配から解放されたからなのか、いつもの妖艶な雰囲気が消え去って、可愛らしさとかっこよさが同居したような爽やかさが感じられる。
「リティリアとエルディス。そして、ヴィランド卿のおかげだな」
「えっと、その。……良かったです!!」
感極まってポロポロと涙を流してしまった私。
オーナーは、まるであやすように頭を撫でた。
「魔法、使えなくなっちゃったんですね……」
「ああ」
「……そうね。シルヴァはもう、王国を守るような魔法は使えないけれど、安心して」
扉が現れる。
空間に突如現れたそれは、とてもよく見知った懐かしい扉だ。
「カフェ・フローラ……」
「ところで、リティリア。あなたのことも助けてあげたのだから、対価をいただくわ」
「……はい。お支払いいたします」
「あら? 内容も聞かないなんて、あいかわらず無鉄砲だわ?」
けれど、もう願いは叶えられてしまったのだ。
私が対価を払わなければ、魔女様も困ってしまうに違いない。
「……まあ、倒れたあなたをあの場所から連れ戻して助けたことだけだもの。たいした対価じゃないわ」
魔女様は、カフェ・フローラの扉のノブをガチャリと回した。
「これから先ずっと、私が注文したときに、カフェ・フローラの日替わりコーヒーとお菓子を届けてちょうだい?」
「えっ、そんな簡単な」
「ふふ。簡単だと思う? 魔女はとても長い時を生きるの。だから、あなたが婚約しても、結婚しても、そしておばあちゃんになっても、私にコーヒーとお菓子を届けるのよ? できるなら、あなたたちの子どもも来てほしいわね」
微笑んだ魔女様は、いつもの少し恐ろしい雰囲気が消えて、どこか母を思い出させる。
「でも、オーナーの魔法が使えないなら、カフェ・フローラは……」
「ふふ。見てご覧なさい」
扉が開けば、新緑の香りとともに出迎えてくれたのは、蝶ネクタイとベストを身につけ二本足で立つ、森のくまさんぬいぐるみだった。
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