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魔鉱石と妖精 4


 雲の隙間を抜けた先は、大木に囲まれた小さな空間だった。

 その真ん中にある切り株の上には、見ているだけでフワフワの触感を予想させるクマがいた。

 いや。このくったりと柔らかそうなクマには見覚えがある。

 そう、これはクマではない。クマのぬいぐるみだ。


「確かに部屋に置いてきたはずなのに、いったいどうして……」


 不思議なことに、クマのぬいぐるみは、鮮やかなキノコが生えた切り株の上に、二本足で立ち上がっている。


「……まるで、アーサー様にこのぬいぐるみをもらったときの店内みたい」


 懐かしい気持ちとともに、そっと抱き上げれば、直前まで立ち上がっていたのが嘘のように、くったりと私の手の中に収まったぬいぐるみは、いつもと同じ、柔らかな抱き心地だ。


 このぬいぐるみは、もちろん騎士団長様にいただいた大切な宝物だ。


「リティリア……」


 振り返った視線の先には、珍しいことに困惑を隠すことができていない表情に、虎の尻尾を逆立てた騎士団長様と、この空間にあまりにも似合う、眉間にしわを寄せたうさ耳姿のエルディスがいた。


 一瞬だけ、まるでカフェ・フローラで勤務中なのではないかと錯覚してしまう。

 そんなことを思いながら、見下ろした私の目に飛び込むのは、真っ白なエプロンだ。


「え……?」


 白いエプロンが目に入ったとたん、のどかで深い森の風景が、ピンク色で埋め尽くされた空間に様変わりする。ピンクや白、赤い風船のようなハートが浮かぶ空間には、見たこともない色とりどりのガラスの小物が並べられている。


 ……もしかしてここ、オーナーが話してくれた、初恋のテーマの元になった異国の雑貨店なのではないかしら。


 気がつけば、私の服装も、裾が膨らんだ可愛らしい赤やピンクの色合いのワンピースに替わっていた。


「……」

「……」


 ……ところで、後ろにいるはずの二人が、完全に沈黙しているけれど、どんな姿になっているのかしら。興味はあるけれど、見るのが怖いような。


「ピンクと赤、ハートとレースが初恋のテーマ」


 そう、カフェフローラが初恋をテーマにする予定だった前夜、オーナーが星の欠片をこぼしてしまい、急遽テーマ変更を余儀なくされたことは、はっきりと記憶に残っている。

 そのあとようやく見たテーマは、とにかく可愛さでいっぱいだった。


 見上げた空には、やっぱり白い雲が浮かんでいて、そこにもまるで風船のようにハートが漂っている。

 初恋のテーマは、遠い異国のお店をモチーフにしたのだとオーナーは言っていた。


 あいかわらず黙り込んだままの二人の姿を確認しようと振り返ったとたんに、雲の合間に虹が架かる。

 状況が掴めずに呆然としているうちに、私の服は水色に変わって、背中には小さな羽根が生えた。


 空にかけられたのは、本当の虹に比べて、色合いがはっきりとした小さな虹だ。

 その間を、金色の光を振りまきながら、一匹の妖精が飛び回っている。


「雲の中の虹と妖精……」


 これは、騎士団長様に初めて名前を呼ばれた思い出のテーマだ。

 騎士団長様にそのことを伝えようとしたとたん、私のそばに白い雲が下りてきて、まるで煙に囲まれたように周囲が真っ白に様変わりする。


 そして、雲が切れたとたん、そこは真っ暗闇に変わっていた。

 めまぐるしく変わり続ける景色と、急な暗闇に恐ろしさを感じて、ギュッとクマのぬいぐるみを抱きしめる。


「リティリア!」

「――アーサー様」


そっと腕を掴まれて引き寄せられる。

 クマのぬいぐるみごと抱き寄せられ、温かい腕の中で、一人ではないことにホッと息をつく。

 

「……大丈夫か? それにしても、シルヴァ殿は魔法を完全に制御できていないようだ。それに、どうやらリティリアを中心に魔法が展開されているように見える」

「えっ」

「……ここも、カフェ・フローラのコンセプトの元になった場所のようだが」


 暗闇かと思ったこの場所。

 けれど、見上げた瞬間、視界に飛び込んでくるのは、降り注ぐような満天の星空だ。

 実際に手を伸ばせば、きらめく星に届いてしまいそうだ。


 そう、これはあの日、疲れ切って現れたオーナーが、星の欠片をこぼしてしまったあの日の店内の元になった景色に違いない。

 腕の中で方向を変えて振り返ると、騎士団長様はいつもの凜々しい姿に戻っていた。


 ほんの少しだけ残念だと思いつつ、口を開く。


「……まるで、星空に手が届きそうですね」

「――実際に届くだろう」


 騎士団長様が、夜空に手を差し伸べて、何かを掴むようなそぶりをする。

 私の目の前に差し出された握りこぶしが、そっと開かれれば、そこには輝く星の欠片が閉じ込められていた。


「ほら、魔力で作り上げられた星だ」

「……あの時みたいですね」


 思い起こされるのは、あの日、カフェ・フローラで騎士団長様が捕まえてくれた星の欠片。

 あの時の再現のようで、ドキリと胸が音を立てる。


「リティリアが望むなら、いつでも……」


 見つめ合っている私たちが、その距離を縮めようとしたとき、二人の間に割り込んだ人影。

 その、私の背と騎士団長様の背のちょうど真ん中くらいの人影が、手を伸ばして星の光を掴む仕草をした。


「はい! 僕にも取ることができるから! 二人の世界を作ってないで、先に進むよ!」

「……エルディス!」

「完全に、僕のこと忘れていたでしょう?」


 暗闇の中でも、ありありとその表情がしかめられているのが想像できてしまう。

 エルディスは、ため息をついて私の前に握りこぶしを差し出した。

 開かれた手の中には、やっぱり輝く星の欠片が閉じ込められていた。


 ……二人は、王国でも五本の指に入る魔力の使い手だもの……。星の光を手に入れることだって、造作もないのかしら?


 そんなことを思いながら、ポケットに注意深く星の欠片をしまい込む。

 魔力が高い人にしか、手に入れることはできないと言われる星の欠片。

 そんな欠片を二つももらった私の、両方のポケットが淡く光り輝く様は、あまりに幻想的だ。


「それにしても、この場所も明らかに魔力で作られているようだな」

「……この場所の景色を作り上げているのは」

「わずかな魔力の痕跡から言って、シルヴァ殿の魔法で間違いないだろう。しかし、先ほどまでの空間とは、明らかに規模が違う。シルヴァ殿の身が心配だな」

「……早く、探し出さなければ」


 美しい景色に心奪われてしまっていたけれど、この空間がオーナーによって作り出されているのだとすれば、いったいどれほどの魔力を消費しているのだろうか。

 この国一番の魔術師と言われるオーナーだけれど、その魔力は膨大すぎて不安定であることを私は知っている。


 銀色の光に照らされて、銀に輝く小さな花々は、踏みしめる度に鈴のような音を奏でる。

 そんな中を、一匹の妖精が、まるで私たちを案内するようにふわりふわりと飛んでいく。


「先ほどから飛び回っているあの妖精は、魔法で作られたものではないみたいだ。ついて来るようにって言っている……」


 妖精と言葉を交すエルディスが、導かれるようにふらりとそのあとについていく。


「行こう、リティリア」

「は、はい……」


 騎士団長様に、そっと手を引かれる。

 私たちは、踏みしめる度に鈴のような音が鳴り響く草原を歩き出したのだった。

最後までご覧いただきありがとうございます。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。

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次にくるライトノベル大賞2025ノミネートありがとうございました!
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