差し入れと鬼騎士団長 1
翌朝、ほんの少し、はやる気持ちで、出勤する。今日のテーマは、星空とオーロラらしい。
「わあ!!」
瑠璃色の夜空、瞬く星屑の光。
幻想的な光景のなか、オーロラのような薄い生地を重ねたワンピースが今日の制服だ。
……本当は、初恋がテーマで、ピンクとフリルとハートいっぱいの空間になっていたはずの店内。
裏事情はこうだ。
昨日、ダリアに星屑の光がもうなくなりそうだと言われたお疲れのオーナーは、なんとか気力を振り絞り集めてきたらしい。
けれど、そこで力尽きて、星屑の光が詰まった瓶をひっくり返してしまった。
それは、閉店直後のことだった。
半分ほどこぼれ落ち、天井にばらまかれた星屑の光を捕まえられるのは、魔力が高い人だけ。
けれど、お疲れのオーナーは、すでに体力も気力もなく、テーマ変更となったわけだ。
「私は、むしろこっちの方が……」
騎士団長様だって、初恋がテーマのピンクの空間よりも、こちらの方がお店に入りやすいだろう。
見上げた星空は、本物よりもずっと近い。
まるで手が届きそうだ。
でも、どんなに手を伸ばしても、あと少しのところで星屑の光には手が届かなかった。
「これがほしいのか?」
少し夢中になりすぎたのかもしれない。
お店にお客様が来たことに気がつかないなんて、店員失格だ。
けれど、魔力が高くなければ、簡単には捕まえられないはずの星屑の光を、いとも簡単に手中にしたその人は、私の手に、その光をそっと握らせた。
「いらっしゃいませ。あの、ありがとうございます」
「ああ……。今日は、いつもより薄暗いな?」
「はい。星空とオーロラがテーマです」
「そうか。美しいな」
にっこりと笑った騎士団長様が褒めたのは、もちろん店内の星空のことだろう。
それとも、オーロラのようなワンピースのことだろうか。
それなのに、単純な私の頬は、赤くなってしまう。
暗くてよかったわ……。
「こちらにどうぞ」
「……コーヒーを」
「はい!」
急ぎ、コーヒーを淹れて、もちろん昨日作ったチョコレートトリュフも星の形の小皿にのせて用意する。
「……あれ?」
そんなに時間はたっていないのに、騎士団長様はうたた寝していた。
近づいて、そっとコーヒーとチョコレートトリュフを置くと、目を覚ましたのか、淡いグリーンの瞳が私をぼんやりと見つめる。
「お疲れのようですね」
「ああ、夜警明けでな」
「……あれからずっと、お仕事ですか?」
騎士団長自ら夜警をしなくてはいけないほど、忙しいのだろうか。
昨日は、そんな忙しい方を巻き込んでしまったのかと、申し訳なくなる。
「……ああ、いろいろあって、な」
騎士団長様は、ブラックコーヒーを飲んで、ようやく置いてあったチョコレートトリュフに気がついたようだ。
「ありがとう。今日の店内に、ぴったりだな」
やっぱりパクリと一口でチョコレートを頬張って、騎士団長様が微笑む。
「さて、もう一仕事だ」
「えっ、まだ働くのですか?」
「……ここに寄って、元気が出た。大丈夫だ」
そう言って、忙しなく去って行く騎士団長様の背中を、心配しながら私は見送った。




