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魔術師と妖精のような少女 1


 ***


「……ここは」


 気がつけば、山の奥深くにいたはずの俺は、白い雲に囲まれていた。

 虹色の光が差し込んで、幻想的なその場所は、通常であれば美しい景色として、心に残るに違いない。 


 妖精たちが、うるさいほどに俺の周りを飛び回る。

 妖精たちが、人間に害を与えることは、ほとんどない。

 ただ、あふれ出して、おそらく枯渇するか暴発するまで止まらない俺の魔力を欲しているのだろう。


 気がつけば、小さく縮んでしまった体。

 時空に関する魔法を扱うこと魔術師の死因は、その魔法のコントロールを失ってしまった、が一番多い。


「……ふぅ。とうとう、終わりが来たかな」


 王国を襲った竜と戦い、追い返したまではよかった。

 まさか、せめて一矢報おうとしたのか、竜がありったけの魔力を俺に流し込んでくるとは……。


「……まあ、丁度いいか。ここなら人もいないだろう」


 時空に関する魔力が暴発してしまうと、周囲にいる生き物の時間を巻き戻してしまう。

 自分も含めて……。


 だが、見たところ、この場所に入ることができるのは、魔力がものすごく高い人間か、あるいはそれよりももっと希有な、妖精に愛された人間くらいだろう。


 雲の切れ間が見えた次の瞬間、茶色い小枝がパキンと足下で音を立てた。


「あれっ? どちら様ですか?」


 その声の主はひとりの少女だった。

 ひと目で上等なものだと分かる青いワンピースに白いエプロン。

 両手で掴むエプロンいっぱいに乗せていたどんぐりが、振り返った瞬間、パラパラとこぼれ落ちた。


「は……? 子ども?」

「……え? あなたも子どもに見えるけど。それにしても、どうしてそんなにブカブカの服を着ているの?」


 目の前にいたのは、大きく丸い紫の瞳に、光に透けると金にも見える淡い茶色の髪をした少女だった。


「っ、いけない! すぐにここから離れ」

「具合、悪いの?」


 バラバラとどんぐりが落ちていく音がして、次の瞬間そっと、頬に触れた手は、信じられないほど柔らかくて、温かかった。


「ねえ、お願い。助けてあげて?」


 少女の願いを聞きとげたのだろうか。

 あふれ出す魔力に興味を引かれ、俺の周りを飛び回るばかりだった妖精たちが、まばゆいばかりの光を発しながら周囲に集まってくる。


「っ、な、なにが」

「妖精さんたち、助けてくれるって」


 ニコニコと無邪気に笑った少女の瞳は、淡い紫色だ。

 そういえば、王都でも紫の瞳など見たことがない。

 だが、王国の機密情報の中に、該当する人物がいたはずだ。


「……リティリア・レトリック男爵令嬢」

「え? 私のことを、知っているの?」


 頬に触れた手は、離されることなく、飛び回る妖精たちは、あふれ出した魔力を吸い取っていく。

 たった一人で迎える死を覚悟したのに……。


「あれっ!? 子どもだったはずなのに、大人のお兄ちゃんになった!!」


 無邪気に驚く少女。

 時に関する魔法は、王国の重要機密だ。

 本来であれば、何らかの手を打たなくてはならないが……。


「君の紫色をした瞳と、妖精と仲がいいこと。家族に秘密だと言われているよね」

「あっ!! しまった」


 無邪気な彼女は知らないのだろう。

 紫色の瞳に関してや妖精との関わりは、どちらも王国の重要機密なのだと。


 だが、今現状で、小難しい専門用語で書かれたその資料を読んだことがある人間など、一握りに違いない。


「それでは、俺は君の秘密を守ると約束するよ」

「ほ、本当?」


 上目遣いに見つめてくる少女の純真さに、ふとこのまま無事に大人になれるのだろうかと心配になる。

 人に対して全く興味を持てなかった俺にしては、とても珍しい。


 ……いや、命の恩人だからな。


 その考えは、半分しっくりときて、半分はモヤモヤする。

 だが、そんな気持ちを押し隠して、人のいい笑顔を浮かべる。


「その代わり、俺が子どもに変身できることも、誰にも言わないでくれるかな?」

「うん! お兄さんと私だけの秘密ね?」


 二人だけの秘密。


 それはどこか温かくて、むずがゆいような印象を俺の心に残したのだった。


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次にくるライトノベル大賞2025ノミネートありがとうございました!
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