魔女様とカフェ店員と騎士団長様 2
つないだままの手は、離されることなく、ますます強く握られた。
そのあと、まるで何かから守ろうとでもいうように背中にかばわれ、手が離される。
「――――すまない、巻き込んだか」
「え? あの」
苦々しげにつぶやかれた言葉に、首をかしげる。
どちらかというと、私が魔女様に会いに来るのに、巻き込まれたのは、騎士団長様の方だと思うけれど……。
「リティリア嬢、この命に代えても、君は無事に帰す」
「え? あの」
ただ、七色のさくらんぼをもらいに来ただけなのに……。
でも、そうとは言い切れないのかもしれない。
ほかの空間からは、隔離されている魔女の敷地。
ここに来ていいのは、魔女様が許可した者だけだ。
「ごめんなさい……」
誰もいないことを確認してから、ここに来るべきだったのに。
「なぜ、君が謝る?」
「実は……」
次の瞬間、小さな扉が開いて、白銀の髪にアメジストの瞳をした、美しい女性が家の中から歩み出てきた。
いつもの笑顔とは違い、女性の表情は、北端の氷山みたいに冷たく無表情だ。
背中がぞくりと粟立つ。
「――――あら、今日は騎士団長様まで紛れ込んでしまったのね?」
「あ、あの!」
偶然だという言い訳が通じるだろうか。
魔女は、約束を守らない者を許さない。
こうなったら、騎士団長様だけでもご無事で帰っていただかなくては!
「急に訪れた非礼をお許しください。偶然だったとはいえ……。すべての責は俺が負います。どうか彼女のことは、お許しいただけないでしょうか」
意気込んで、口を開こうとしたとき、目の前で騎士団長様が、膝をついて、私よりも先に魔女様に許しを請う。
どうしてそこまで……。
驚いた私は、クマのぬいぐるみを思わず抱きしめる。
「…………ふーん。騎士団長アーサー・ヴィランド卿ね? あなたほどの人が、私に膝をつくなんてね?」
「あ、あの! 魔女様! 私の不注意で、ヴィランド様は一緒に来てしまっただけなのです!!」
「…………あら。珍しく必死なのね。ま、いいわ。中に入りなさい」
魔女様の家に初めて招かれて、椅子に座らされる。
古びた木のテーブルと椅子は、けれど磨き抜かれてピカピカだ。
薬草の匂いなのだろうか、甘いような、苦いような、どこか懐かしいような香りが漂っている。
「それにしても、驚いたわ。まさか、こんな大物を連れてくるなんて」
「……あの、申し訳ありませんでした。お許しいただけないでしょうか」
目の前に出された飲み物は、コポコポと泡立っている。
飲んでも大丈夫なのか、心配になってしまう。
それなのに、隣に座った騎士団長様は、迷う仕草もなく、その飲み物を一気に飲み干した。
それなら、私も。と思ったのに、騎士団長様が、テーブルの下から出そうとした、私の手をそっと掴んで引き留める。
「……潔くて、好感が持てるわ。でも、命は大事にしなさいよ? 毒でも入っていたらどうするの」
「入っていたとしても、飲み干したでしょう」
「……そう。……騎士団長様? あなたのことを占ってもいいかしら?」
唐突な魔女様の提案。
テーブルの中で手が握られたことに動揺していた私は、驚いて顔を上げる。
「そうしたら、リティリアが、部外者を連れてきてしまった非礼を許してあげるわ」
「わかりました」
一瞬魔女様の紫の瞳が怪しく輝く。
私たちの目の前に差し出されたのは、一枚のカードだった。
そこには、男女と一人の美しい女神様が描かれていた。
「へえ……。やっぱりね」
魔女様は、そのカードの意味を説明してくれることもなく立ち上がり、棚の奥から山盛りの七色のさくらんぼをテーブルの上に置いた。
「次はないわ」
「感謝致します」
魔女様にお礼の言葉を告げた騎士団長様は、テーブルにのっていた籠を、片手で持って立ち上がる。
なぜか、私の手を強く握ったまま……。
「でも……。そうね、リティリアと一緒なら、騎士団長様だけは、ここに来るのを許可してもいいわ」
そんな魔女様の言葉の後。もう一度、先ほどのように空気が歪んだ感覚がして、気がつけば私たちは、先ほどの路地にいた。
仲がよい恋人のように、手をつないだまま。