男爵領と魔法 2
「あっ! 領地の山が見えてきました!!」
「……ふむ、たしかに見たことがあるな。名前はあるのか?」
そこにあるのは、低くてきちんとした名前なんてついていない山だ。
でも、領地の子どもたちは、こう呼んでいた。
「どんぐり山です!!」
「ははっ。可愛らしい名だな。子リスが出てきそうだ。子どもの頃、遊んだのか?」
「はい! 意外とおてんばだったので」
「……可愛かっただろうな」
「ふふ。子どもの頃の騎士団長様も、きっと可愛かったと思います」
きっと、子ども時代の騎士団長様は、天使のように可愛らしかったに違いない。
そんなことを思って、私はとても幸せだったけれど、騎士団長様からは、憂いを感じる。
「可愛いと言われたことは、一度もないな」
「え?」
私は小首をかしげる。
浮かぶのは、カフェフローラで、どこかソワソワした姿、クマのぬいぐるみを差し出す困り顔、幸せそうにクッキーを食べた時の笑顔……。
間違いなく、騎士団長様は可愛らしい。
もちろん、頼りになるし、少し強面で、かっこいいという言葉のほうが似合うのは事実だけれど。
「鬼騎士団長なんて、呼ばれてしまっている今でさえ、ときどきものすごく可愛いのに?」
「……一度、君の目で世界を見てみたいものだ。きっと美しく、可愛いものしかないに違いない」
まるで、その中に自分がいないとでも、言いたいみたいに感じてしまう。
「もう少しで、我が家に着くのですが、少しだけお散歩しませんか」
「散歩?」
「はい。可愛かったであろう、騎士団長様の子ども時代をやり直します!!」
「……そういえば、剣の訓練と教育を受けてばかりで、里山で遊んだという経験はないな。野営をした経験くらいしか」
それはいけない。
そもそも、花冠は買うものではなく、作るものだし、里山は野営をする場所ではなく遊ぶ場所なのだから。
「行きましょう!!」
手を引いて、馬車を降りる。
御者さんには申し訳ないけれど、少しお留守番をお願いする。
「はやくはやく!!」
「そんなにはしゃぐと、転んでしまうぞ?」
「転ぶくらい、騎士団長様も走ってください!!」
「……そうか、では本気で走るとするか」
えっ、たぶん騎士団長様の本気の走りに、私がついて行けるはずがない。
そんなことを思った瞬間、地面から足がフワリと離れて、縦に抱き上げられていた。
「えっ、ちょっと!!」
「ここ数日、過酷な訓練というものから遠ざかっていて、少々体がなまってきた。付き合ってくれ」
楽しそうな騎士団長様の声。
あっという間に流れていく景色。
人一人抱えているなんて、とても思えないスピードで、騎士団長様は走り出す。
そして楽しい時間の始まりは、ある人との再会の序章でもあったのだった。
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