二人旅 1
***
それでも、旅はものすごく楽しかった。
領地から王都に向かうときは、誰かに見つかってはいけないと身を隠していたし、領地の危機と婚約破棄のせいで気分も落ち込んでいた。
「――――あれは?」
「あれは、この地方独自の染料を取るために、花びらだけをむしって干しているんだ」
「あれは?」
「あれは、先ほどの花から取り出した染料で色をつけた布を干しているのだろう」
「さっきの花と、色が違いますね」
「ああ、花は赤いが、取りだした染料は紫色をしている。……リティリア嬢の瞳の色に似ているな。反物を買っていこう」
そう言って騎士団長様が連れていってくださったのは、先ほどの花で染めた布がたくさん置いてあるお店だった。
鮮やかな色ほど高級らしいけれど、騎士団長様が選んでくださったのは、私の瞳と同じ淡い紫色の布だった。
「最高級品を贈りたいが、この色の方がきっと似合うから」
「うれしいです……」
「布は最高級の品だ。あとで、ドレスに仕立ててもらおう」
「……ドレス、ですか」
「ああ。どちらにしても、社交は避けられない。それならば、誰よりも美しく着飾って、俺の隣に並んでくれないか」
「私なんかが……」
後ろ向きな言葉に、騎士団長様はどこか余裕を感じる笑みをみせて、私の肩をそっと引き寄せた。
「────俺の隣にいてほしいのは、リティリア嬢だけだ。これから先、俺はリティリア嬢としか、踊る気はないのだが……。ダメだろうか?」
「うぅ……ダメではないです」
騎士団長様は、あの日以来、なぜかグイグイ攻めてくる。
ようやく恋心を自覚したばかりの私では、とても太刀打ちできない。
やっぱり、騎士団長様は私よりもずっと大人だから、いろいろな経験があるに違いない。
「────勘違いしないでほしいが」
「え?」
「俺は、3年前リティリア嬢を見てから、君のことしか考えていない重い男だ。それに、その直前までいた士官学校は厳しくて、訓練以外宿舎と学校の往復しかしていない」
社交界から遠ざかってしまっていたから、実際に目にしてはいないけれど、騎士団長様が貴族夫人や令嬢にものすごく人気があることを私は知っている。
だから、これはきっと私をなぐさめるための言葉に違いない。
「ふふ。ありがとうございます」
「申し訳ないが、ダンスはそれほど得意ではない。期待しないでくれ」
「わかりました! 私は結構得意なのです」
「そうか……。リティリア嬢と踊りたい人間は多かっただろうな」
実際の所、婚約者のために必死になって練習したダンスが披露されることはほとんどなかった。
すでに婚約者がいる私にダンスを申し込む人なんていなかったし、ギリアム様は婚約者としての最低限のダンスを最初に踊ったあとは、いつも友人たちの輪の中にいた。
「練習はたくさんしましたが、本番はほとんど踊ったことがないです」
「そうか。では、死ぬ気で特訓して、誰よりもうまくなるから、これからは俺だけと……」
片手で布をたくさん抱えた騎士団長様は、器用にもう片方の手で私の手を持ち上げ、甲に口づけをした。
まるで、ダンスの申し込みをする、その瞬間のように。
それにしても、騎士団長様の死ぬ気の特訓なんて、想像を絶するけれど……。
でもきっと、騎士団長様は華麗にダンスのリードをしてくださるに違いない。
目の前に立つのは、淡い紫のドレスを身に纏った私だ。
きらびやかなシャンデリア、流れる音楽、色とりどりのドレス。
いろいろな問題を抱えているから、それはきっとずいぶん先のことだろうと、このときの私は思っていた。
意外にもその日がすぐに訪れることも知らずに、私は夢みたいなその世界に思いをはせた。
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