疎まれ隊長と少女 1
俺は、伯爵家の長男、しかし本妻の子どもではなく、政略結婚をする前、伯爵の恋人だった女性との間に生まれた。
「アーサー殿、これはあんまりです」
周囲を見渡しながらつぶやいたのは、当時隊長だった俺とともに副隊長を務めていた、現在の副団長シードだった。
士官学校からの付き合いだったシードは、なぜか命の危険が高く、実入りも少ないこの場所についてきてくれていた。
伯爵家でも、居場所はなく、実母が亡くなったとき、引き取られた俺は冷遇されていた。
3年前、レトリック男爵領への赴任が決まったのも、俺を疎んだ義母の計らいによるものだった。
「ついてきてくれて、感謝している」
隊長の肩書きは、伯爵家の人間だからと、周囲からやっかみを受け、それを払拭しようと戦いに明け暮れれば、鬼と呼ばれる日々。
レトリック男爵領は、何年も続いた天災だけでなく、流行病、そして飢饉。
そして計られたかのように、領地を襲った魔獣の大群。
抗うこともできず、没落を待つだけの領地に行きたいものなど誰もいなかった。
「ここは、伯爵家の人間が赴任されるべき場所ではありません」
「まあ、俺が伯爵家の人間だと認められていたならな」
しかし、領地の中心には救護所が建てられ、困窮しているにもかかわらず、物資も潤沢にあった。
「なあ、困窮しているというのは、誤情報か?」
「おかしいですね。聞いた惨状によれば、もっと荒れていてもおかしくないはずですが」
その時、身なりのよい少女が、俺の前を水が入った桶を抱えて通り過ぎていった。
細くか弱い白い腕。一見して、力仕事などしたことがないとわかる少女。
思わず視線で追いかければ、その少女は救護所へと入っていった。
整えられた淡い茶色の髪を、無造作に結んで、淡い紫色の瞳は、一度見たら忘れられない。
思わずのぞき込んだその場所で、少女は膝をつき、ドレスが汚れてしまうのも気にせずに、けが人の世話をしていた。
「……あの所作、明らかに貴族令嬢として教育を受けているよな?」
「……信じられませんが、この周囲にあの年代の貴族令嬢、そしてあの色合いに当てはまるのは、たった一人しかいません。……リティリア・レトリック男爵令嬢で間違いないでしょう」
「まさか」
「俺も信じられませんが」
救護所から距離をとると、副隊長のシードと俺は、何か魔獣にでも化かされたかのように顔を見合わせた。
貴族令嬢は、いつもきらびやかな場所にいて、着飾り、自分自身のことすら人に任せる。
それは、偏見などではなく、男爵家であろうとそれが一般論だ。
「リティリア・レトリック」
前線にかり出され続け、誰からも認められない毎日。そんな生活に嫌気がさし、いつ死ぬかもわからないことすら、それでいいと思っていたのに……。
その日から、あるできごとで王都に呼び戻される日まで、俺は魔獣との戦いの合間、救護所で自ら働く美しい少女、リティリア・レトリック男爵令嬢を、気がつけば目で追っていた。
名前をヒロインに呼んでもらえない歴代記録更新しつつある騎士団長様。
お名前はアーサー様です(*´ω`*)
いつ呼んでもらえるかな。
最後まで、お付き合いいただきありがとうございます。下の☆を押しての評価やブクマいただけるとうれしいです。




