少し訳ありのカフェ店員 2
今日も、騎士団長様は、クッキーを一口で食べ、次のクッキーに長い指を伸ばした。
日に焼けていて、ゴツゴツしていて、いかにも剣を握る人の手という印象を受ける。
「……昨日とは、味が違うのだな」
それだけいうと、騎士団長様はぱくりと、もう一枚も口にした。
「えっ、よくおわかりになりましたね!?」
「ん? 昨日のクッキーには、バニラのような甘い香りがついていたが、こちらは少しばかりスパイスが効いているようだ。クローブとカルダモンか?」
今日のクッキーは、昨日のレシピに、ほんの少しだけスパイスを足した。
たしかに、よく味わえば、スパイスが効いているというのは、わかると思うけれど、スパイスの種類まで当てるなんてさすがだわ!
「それで、あの、いかがでしたか?」
「うん、俺はどちらかといえば、こちらの味が好きだな」
「っ……そうですか!!」
うれしくなってしまって、素直に笑いすぎてしまったせいかもしれない。
騎士団長様が、軽く目を見開いた。
「あ、あのっ。騎士団長様が、身につけておられるコロンが、スパイシーだったので」
「俺の、香り?」
ああっ、ますます、おかしなことを言ってしまったかもしれないわ!?
「……ふ」
美しい南の海みたいな瞳を軽く見開いたまま、私のことを見ていた騎士団長様が、口元を押さえてふと笑った。
「君のお菓子作りの一助になったのなら、光栄だ」
「えっ、あの。……ありがとうございます?」
「礼を言うのは、こちらだ。君の入れてくれるコーヒーも、そしてクッキーも、本当に美味しい」
それだけ言うと、騎士団長様は、コーヒーを飲みきって立ち上がる。
「また来てもいいだろうか。……リティリア嬢」
「えっ、あの! もちろんです。もちろんお待ちしています」
「ごちそうさま」
そして、騎士団長様は、私にたしかに笑いかけた。
その瞬間、なぜか店内の時が止まってしまったように、音すら聞こえなくなってしまう。
ドアが閉まる音がして、受け取った銀貨を握りしめたまま、我に返った時には、もう騎士団長様の姿は、どこにも見えなかった。
***
お昼のピークを過ぎて、ほんの少しだけ落ち着いた店内。ようやく私は、落ち着きを取り戻しつつあった。
「今日は、このあとお菓子作りと在庫確認でバックヤードに入るね」
「わかったわ」
ダリアのカチューシャには、うさ耳がついていた。同じような制服を着ても、どうして人によってこんなにも違うのかしら。
あまりに可愛らしいダリアのうさ耳のまぶしさに、私は思わず目を細める。
「さあ、確認しましょう」
私は、エプロンのりぼんをキュッと結び直して、バックヤードに入る。
昨日は、とても混んでいたから、お店に出すためのお菓子作りはしたけれど、在庫確認まではできなかった。
「今日中になくなってしまいそうだわ」
七色のさくらんぼが入ったソーダは、とても人気で、すぐにさくらんぼの在庫がなくなってしまう。
キラキラ輝く星屑の光も、瓶の中で飛び回っているけれど、あと数日でなくなってしまうだろう。
「さくらんぼは、帰りに魔女様の家に寄るとして、星屑の光は……」
ああ見えて、このお店を経営するオーナーは、お忙しいお方だ。
集める時間があるといいけれど……。
在庫確認が終わった私は、ほんの少しため息をつく。
「明日は、ビターなチョコレートのお菓子をお出ししようかしら」
いつでも騎士団長様が来てくれると思っていることと、すでに心待ちにしていることに、気がつかないまま、私はチョコレートを細かく刻み始めた。