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出会いと花の妖精 1


 レースや、リボン、ハート、パステルカラー、それにお菓子の甘い香りであふれた店内。

 乙女系カフェ、フローラは、時には行列ができるほど、人気のお店だ。

 けれど、開店直後の早朝、今はまだお客様の姿もまばらだ。


 今日のテーマは、一番人気でもある花の妖精だ。

 店内は白からピンクの色合い、妖精が好む花々であふれている。


 ピンクの細いストライプのワンピースは、パニエで広がり、裾からは薔薇をモチーフにしたレースが覗いている。白い靴下は太ももまでの丈で、ワンピースとお揃いのレースがチラリとのぞく。


 そんな可愛い服を着ている私は、このお店の中ではごく平凡な容姿だ。


 淡い紫色のまん丸の目が可愛いといわれることもあるけれど、髪の毛と同じ色のそこまで長くはない薄茶色のまつげといい、本当に普通。

 このお店に雇っていただけたのも、趣味を極めたお菓子作りと、没落貴族として領地の経営に役立てようと勉強した経理の能力のおかげだということは、私自身よくわかっているつもり。


「今朝は、めずらしくお客様が少ないわね」


 そうつぶやくと、私は、懐かしい花を見つけて、指先でつついてみた。

 触れた花は、少し揺れて、妖精が大好きなお菓子の香りを漂わせた。

 不思議な花。妖精が好む花。

 懐かしい故郷にひととき思いをはせる。


 その時、扉が開いて、お客様の来店を告げるベルが鳴った。

 慌てて、つついていた花から指先を離して、入り口へと向かう。

 そして、私は、ピタリと石像のように固まった。


 背が、とても高く、肩幅も広くてがっしりとしたお客様が、私を見下ろしている。


 お一人で来店する男性のお客様がいないわけではない。

 けれど、鍛え抜かれていると一目でわかる体を持つ、そのお客様は、私の知っている限り、このお店に来たことがないタイプだった。


 それでも、美貌も相まって、その姿は、おとぎ話の国に、姫を助けるために現れたように見えなくもない。


 ――――騎士様。


「い、いらっしゃいませ」

「ああ……。席は空いているか」


 私は、その言葉に、思わず後ろを振り向いた。

 見ての通り、店内はガラガラだ。


「えっと、お好きなお席が選べます」


 落ち着いて、スマイルよ! リティリア!

 接客の基本は笑顔である。だから、笑うのリティリア!


「そうか……。できればあまり目立たない席がいいな」


 こんなお店に一人で入ってきたのに、恥ずかしいのだろうか。

 もしかして、可愛いものが好きだったりするのだろうか。


「では、こちらのお席がおすすめです」


 私は、外から見えない、ほとんどのテーマでオブジェの影になって目立ちにくい角の席に騎士様をご案内した。


「ありがとう」


 口の端をあげて、ほんの少し微笑んだ瞬間、厳つい雰囲気が和らいで、かわいらしく見える騎士様。

 その周囲は、発光でもしているように眩しい。


 席に座る所作も優雅だ。おそらく騎士様は、貴族なのだろう。


「何になさいますか?」

「…………コーヒーを」

「かしこまりました」


 少し居心地が悪そうな騎士様を見ていて、デートの下見なのではないかと予想する。

 こんな風に、喜んでもらえるように頑張ってくれるなんて、彼女さん、あるいは婚約者さんは幸せ者だわ。


 コーヒーを淹れる。花の香りに合わせた本日のコーヒーは、少し酸味があって華やかで、南国の果実のような甘い香りが見え隠れしている。


 ――――それにしても、どこかで見たことがある顔なのよね?


 来店した騎士様は、たしかにどこかで見たことがあった。

 どこなのかは、思い出せないけれど、たしかに何度か見たことがある。


 黒い髪の毛に、南洋の淡いグリーンの瞳。


「……?」


 私は、そっとコーヒーを差し出す。


「お待たせ致しました」

「ああ、ありがとう」


 腕を組んで俯いていた騎士様は、私の方を見上げると、なぜかまぶしい光が入ってしまったように目を細めて、そのあと、春の日差しみたいに微笑んだ。


「――――ご、ごっ、ごゆっくり!?」

「ああ……」


 思わずうわずってしまった私は、バックヤードに駆け込んで、ほんのひとときしゃがみ込む。

 なんていう破壊力なのだろう。美貌の強面騎士様の、満面の笑顔。


 騎士様は、コーヒーをそれほど時間を掛けず飲むと、銀貨を私に手渡して、お店を後にした。

 あっという間に、その背中は、王都の街中に消えていった。


「絶対見たことがある……」


 どこで見たか思い出せないまま、私はその日、帰途についた。

 王都で配られる、新聞の号外。

 帰り道、何気なく受け取ったその一面には、今日お店にいらした騎士様がのっていた。


「あっ!! なぜ、思い出せなかったの……。王立騎士団長、アーサー・ヴィランド様」


 どうやって帰ってきたのか分からないまま、私は部屋に帰り着いて、机に座った。

 何度見ても、今日いらした騎士様は、新聞の一面に載っている騎士団長様と同じ顔をしている。


「……雲の上のお方だったのね。……でも、見たことがあるはずね」


 騎士団長様を見たのは、本当に遠くから。

 まだ、私の実家、レトリック男爵家を襲った災害の数々。

 その時に来てくださった騎士様の中に、現在の騎士団長様もいたのだ。


 レトリック男爵家の没落、その上婚約破棄に、友人の裏切り。

 あの頃のことは、極力思い出さないようにしていたからなのだろうか、思い出せなかったのは。


「恩人……だったのね」


 といっても、もう来ることもないわよね?


 その時の私は、そんな風に考えて、新聞を丁寧に折りたたむと、机の引き出しにしまったのだった。

 

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