銀の薔薇 6
いいのかしら。騎士団長様のお屋敷にとうとう来てしまったわ……?
思ったよりも、静まりかえっているお屋敷の中。
あれ……? 使用人はいないのかしら。
その割に掃除は行き届いているから、誰も来ていないというわけではないのだろう。
……でも、生活感がなくて、さみしい。
「……えっと、誰もいませんね?」
「……普段使っていないからな」
「……あ、そうですよね。騎士団長様個人が賜ったと言っていましたものね?」
王都には、ヴィランド伯爵家の邸宅があるのだ。
一人っきりで、このお屋敷で暮らしているわけではないのだろう。
そう思ったのも、つかの間……。
「ん、というより、騎士団の詰め所から帰ることが、ほとんどない」
「……えぇ!?」
つまりそれは、仕事場に暮らしていると言うことなのだろうか……。
騎士団のお仕事は、カフェとは違い24時間営業。
その仕事場に、年中無休でいると言うことは……。
「働き通し!?」
王都の風の噂で聞いた、騎士団長アーサー・ヴィランド様は、いつでも最前線で大活躍していた。
そんな騎士団長様が、ある日、私が働く乙女系のかわいらしすぎるカフェにいらしたときは、見間違いと思ったけれど……。その思い出を振り返るのは、あとにするとして。
「……王都の安全のためだ。当然の」
「当然ではありません!!」
もちろん、有事の際に、泊まり込むこともあるだろう。
騎士というのが、そういうお仕事だって事は理解している。
オーナーだって、王宮魔術師として、有事の際にはカフェに顔を出すこともできずに奔走している。
「――――リティリア嬢」
「朝ご飯も食べずに、働いてばかりいたら、いつか倒れてしまいます!」
「……ふ」
「何がおかしいのですか!」
心配しているのに、口の端を歪めて、なぜか笑いをこらえているような騎士団長様に、つい声が大きくなってしまう。
それなのに、騎士団長様はなぜか、満面の笑みを私に向けた。
「うれしくて」
「え……?」
「そんな風に、リティリア嬢に心配してもらえることが、うれしくてつい……な」
「へ……!?」
冗談を言ってるようには見えない、真剣なまなざし。
予想外の返答に、目をそらすのも忘れて、見つめ返してしまう。
遅れてやってくる羞恥。
……こ、これは。大きな声を出したりしたから、仕返しなのかしら。
まさか、騎士団長様に限って、そんな子どもっぽいことしないわよね?
微笑んだままの騎士団長様は、私をエスコートしていた手をそっと離して、私に正面から向き合った。
なぜか、その表情は緊張しているようにも見える。
「……もし、リティリア嬢が、ここで待っていてくれるなら、毎日全力で帰ってくる」
「あの……」
「もちろん、仕事柄、遅くなる日も、長期留守にすることもあるだろう。だが、全力で帰ってくると誓おう……」
「……それって」
そんな言葉、まるで……。
私は、一瞬だけ浮かんだ思考を振り払う。
さすがに、没落しかけの男爵令嬢が、勘違いしていい内容ではないもの。
「――――好きだと言ったら、信じてもらえるのだろうか」
「…………はい?」
「ここまで通じないとは。そこまで、眼中にないのかと、心が折れそうなのだが」
……ある日、強面の鬼騎士団長と呼ばれるお方が、私の働く乙女系カフェにコーヒーを飲みに来た。
初めて騎士団長様が、お店を訪れた、あの日から数ヶ月が過ぎた。
騎士団長様は、ほとんど毎日、コーヒーだけ飲んで、私に笑いかけて、そして帰って行った。
「まさか、私に会いにお店に来ていた、なんてこと……」
そうだったらいいな、という私の希望的観測で、妄想で、ただの夢だったはずだ。
「……今さらか」
「え? 私に会いに来ていたって、本気ですか?」
「……ほかに理由があるとでも?」
騎士団長様は、苦笑いしている。
初めのうちは、実は可愛いものが好きなのかな、とか、もしかしてデートの下見かな、とか思っていたのだけれど。
毎日、会うたびに、気になってしまっていた。
ただのお客様だと、言い聞かせなくては、きっと恋に落ちてしまうくらいに。
騎士団長様は、微笑んでいる。
なにか、私も気の利いたことを言わなくては、と焦ってしまう。
「そんなに、頬を染めていると言うことは、完全に相手にされていないわけでもない、のかな?」
「……あの」
脳内に浮かんだのは、差し出された銀の薔薇だ。
頬にそっと触れた、騎士団長様の手は冷たい。
「リティリア嬢のために、あの店に通っていたに決まっている」
「あの」
「好きだから。……嫌なら、押しのけてくれないか」
こちらを見つめて、微笑んだ騎士団長様に、私は言葉を失ったまま、抱きしめられていた。
その力は、簡単に抜け出せるほど弱いのに、私は、押し返すなんて、とてもできなかった。
ようやく、あらすじの台詞回収です。
次回、初めて騎士団長様が、乙女系カフェを訪れます。
挙動不審で必死な騎士団長様を、お楽しみに!
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