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少し訳ありのカフェ店員 1


 早朝はまばらだった店内は、昼が近付くにつれて賑やかさを増していく。

 私一人だった店員も、一人、二人と出勤して増えていく。


「おはよう、リティリア」

「おはよう、ダリア」


 小さな羽が生えた水色のワンピース、そして白いエプロンを着こなしたダリアは、このお店で一番かわいい。


 金色の髪の毛と、淡い水色の瞳の彼女は、その日のテーマで変わるカフェフローラの制服を、いつだって最高にかわいらしく着こなす。

 淡いピンク色や水色があふれたキュートな店内に、ダリアが立っていると、それだけでお店がますますかわいらしく見えてくるから不思議だ。


 初めてダリアの姿を見た時、絵本の中から抜け出てきたのではないか、と本気で思ってしまった。


 そんなダリアは、今日も朗らかな声で私に話しかける。

 こんなに見目麗しいのに、性格までいいなんて、もうファンになるしかない。


「今日も混んできたわね?」

「本当に。今日はとくに多いわね」

「……ところで、騎士団長様はいらしたの?」

「……うん、今日もコーヒーを飲んでいかれたわ」


 ダリアは、高い位置で結んだ金色の髪をゆらして、首をかしげる。

 そんな仕草すら、絵にしてとっておきたくなるくらいだ。

 その上、性格までいいダリアのファン1号を私は自認している。


「……本当に、お知り合いではないの?」

「……そうね。私を知っているはずないわ」

「でも、リティリアは、貴族令嬢でしょう?」

「貴族令嬢と言っていいかどうか。……私からすれば、騎士団長様なんて雲の上のお方だわ」


 たしかに私は、男爵家令嬢だ。

 でも、家は没落してしまい、幼い頃からの婚約も一方的に破棄をされ、逃げるように王都に来た。

 地震に、干ばつに、そのあとの嵐。そして、流行病。

 数年間繰り返した災害のせいで、実家のレトリック男爵家は完全に没落してしまった。


 ほんの少しのため息は、白い雲と虹で彩られた店内には似合わない。

 慌てて、口の端をあげて笑顔になる。


「……あら、お客様が本格的に増えてきたわね」

「そ、そうね」


 そういえば、どうして騎士団長様は、私の名前を知っていたのかしら?

 たしかに、繰り返した災害の時、騎士団の騎士様たちがレトリック男爵領を訪れた。その中には、当時まだ隊長だった騎士団長様もいた。


 もしかして、その関係で、私の名前を知っていたのかしら?


 お客様が、呼んでいる。

 私は、そんな考えを振り払って、ほんの少し急ぎ足で、注文を取りに行ったのだった。


 ***


 そして、翌朝も、もちろん騎士団長様はお店を訪れた。

 いつもと、違うのは、ペちゃんと潰れたようなかわいらしい顔と、くったりとした見た目の大きなクマのぬいぐるみを抱えてきたことぐらいだ。


 ……あれは、もしかして、昨日から向かいの雑貨店で始まった、もりのクマさんくじ引きの特賞?

 今日のテーマが、森のかわいい動物たち、だから?


 ……まさかね。


 小さく首を振って、店内を案内する。

 オーナーの魔法で、今日の店内は緑豊かな森の中のようだ。

 切り株のようなテーブルと椅子が置かれていて、周囲の緑には赤や黄色の小さな木の実がなっている。


 イメージに合わせた制服は、細い茶色のストライプが入ったワンピースと、昨日に比べてフリルが多くてリボンが大きい白いエプロン。

 私のカチューシャには、偶然か茶色いクマ耳がついている。


 一瞬、私のクマ耳に騎士団長様の視線が釘付けになったような気がしたけれど、そんな視線はいつものことと言えばいつものことなので、気にしないことにする。


 切り株のような椅子とテーブルに、騎士団長様を案内して座ってもらう。

 いつもより少し低くて小さい椅子とテーブルは、長身の騎士団長様が座ると、どこか窮屈そうだ。


「いらっしゃいませ。本日は何になさいますか?」


 もう、いつものでよろしいですか? と聞いてもいいのかもしれない。

 それくらい、騎士団長様はコーヒーしか頼まない。


「ああ、コーヒーを」


 なぜかクマのぬいぐるみを、私の方に差し出しながら、騎士団長様はいつものコーヒーを注文した。


「え、あの……?」


 戸惑う私をよそに、大きなクマのぬいぐるみは目の前に差し出されたまま動かない。

 騎士団長様は、どこか恥ずかしそうに、私から視線をそらしたままだ。


「あ、そうか。大きすぎますものね? お荷物お預かりしておきますね」


 こんなに大きなクマのぬいぐるみを抱えたままでは、くつろぐこともできないだろう。

 気が利かない自分を残念に思いながら、くったりとしたクマのぬいぐるみに手を伸ばす。

 その時、微動だにしなかったクマのぬいぐるみが、ピクリと揺れる。


「……あ、いや。これは、付き合いでくじを引いたところ、特賞が当たってしまって。……偶然当たった物で申し訳ないが、昨日の礼として受け取ってもらえないだろうか」

「えっ、昨日……?」


 もしかして、昨日の礼って、試作品のクッキーのお礼かしら?

 目の前のクマのぬいぐるみをそっと手にする。

 予想していたよりもずっと、フワフワとした極上の手触りのぬいぐるみだ。


「本当に、よいのですか?」


 明らかに、クッキー二枚と、森のクマさんくじの特賞は、釣り合わないと思っているのだけれど。


「……騎士団に持って行ったら、周囲に冷やかされてしまうだろう。貰ってもらえると助かる」


 ――――それなら、このお店に来ていることだって、冷やかされてしまうのでは……。


 もちろん、そんなこと言えないまま、今日も私はコーヒーと、新たな試作品のクッキーを騎士団長様にそっと差し出したのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすい文章ですね! キャラクターや物語が頭にスッと入ってきて、文章力に脱帽です! リティリアと騎士団長さまの恋の行方が気になりました。
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