銀の薔薇 5
気まずい沈黙を振り払うように、騎士団長様は、無言で馬車の扉を開けて降りていく。
騎士団長様は、少しだけ視線をそらしたまま、それでも流れるような仕草で私の前に手を差し出した。
「……手を、リティリア嬢」
「はっ、はい」
騎士団長様の耳元は、ほんのりとまだ、赤みを帯びている。
その色を、見ないように気をつけながら、私は慎重に踏み段を降りた。……つもりだった。
「きゃ!」
「リティリア!」
何の変哲もない、飾り気のないワンピースの裾がフワリと揺れる。
軽く手を引かれた感触のあと、トスンッと軽い衝撃だけ訪れる。
強くつぶってしまった目を、ソロソロと開けば、私の頬は厚い胸板にピタリとくっついていた。
「――――っ!?」
あまりの恥ずかしさに、手のひらで押しのけようとしたのに、抱きしめられているから、離れられない。
ものすごく速くて強い、この鼓動は、いったい誰のものなのだろう。
私の? でも、もう一つ……。
「騎士団長様」
「……大丈夫か?」
ようやく、緩んだ腕にホッとして、でもなぜか落胆しながら顔を上げる。
心配させてしまったのだろう、少し眉を寄せた騎士団長様は、私と目が合うと微笑んだ。
「いっそ、抱き上げて歩きたいくらいだ」
「それは……」
一瞬だけ想像してしまった。
きっと、騎士団長様が、荷物みたいに私を担ぐなんてないだろうから、脳内イメージはお姫様抱っこだ。
「ふむ。自分より恥ずかしがっている人が目の前にいると、存外冷静になれるものだな」
口の中だけでつぶやかれた言葉は、私には聞こえず、独り言かな? と軽く首をかしげて見上げる。
本当に、黒い騎士服がよく似合う。
一部の上位騎士だけが着用を許される正装の白い騎士服も、騎士団長様のために誂えられたのかと錯覚するほど似合うけれど、逞しくて長身の騎士団長様には、黒の騎士服が本当にお似合いだ。
「さあ、こちらへ。リティリア嬢」
声をかけられて、騎士団長様を見つめすぎていたことにようやく気がつく。
そして、周りを見渡す。
「……ひ、広い」
馬車は、正門をくぐって停められているけれど、ここからお屋敷まで、ちょっとした散策かな? と思うくらい遠い。
お屋敷まで、薄黄色のレンガで作られた道。
その両脇には、芝生と植えられた、太陽の光を受けて宝石のように光り輝く色とりどりの薔薇。
初夏の日差しに輝く水しぶき。
真ん中の広場にあるのは、大きな噴水……?
「そうか? 領地の屋敷は、もっと広い。そういえば、子どもの頃、よく迷ったな」
ここより広いなんて、想像もつかない。
それにどう考えても、王都の一等地であるこの場所に、こんなに大きなお屋敷なんて、聞いていない。
「これは、陛下から賜った俺個人の屋敷で、本邸ではないから、気負わず過ごしてほしい」
そんな笑顔で言われても、気負います!!
そう思ったけれど、それを口にすることはできず、私は黙って騎士団長様の手を取り、歩き出したのだった。
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