氷のお城と氷の魔女 1
魔女様はクマたちに囲まれていた。
クマたちはぴょんぴょんと跳んでは、魔女様に何かを訴えかけているようだ。
魔女様はいつものように冷たい表情を浮かべているけれど、クマたちはそんなことお構いなしのようだ。
「……魔女様」
「……コーヒーを持ってきた、というわけではないのね」
「はい」
「願いは聞かなくてもわかるわ……でも、対価はもういただいているの」
「え?」
魔女様は私たちに手招きすると、家へ向かった。
家の中にいたのは、リーヴァ王国の姫ミュア・リーヴァ殿下だった。
「どうして、ミュア・リーヴァ姫殿下が」
「ミュアでいいわ。――祖国を守るためだもの、私が対価を支払うのは当然でしょう?」
現れたのは青い扉だ。
騎士団長様が頷いたので扉に向かうと、男性の手が私より早くノブを掴んで扉を開いた。
「行ってらっしゃい、ベルク」
ミュア姫殿下が少しだけ悲しそうにそう言った。
「姫……どうかお達者で」
「……ええ、武運を祈っているわ」
バサリとマントが取り払われると、銀色の髪が現れた。
まるで孤高の狼のような鋭利な美貌がそこにはあった。
「ベルク殿と言ったか……貴殿も共に行くのか?」
「姫が払った対価は、君たちを氷の魔女様の城に案内することに対してのみ。彼女に気に入られなければその命はない。彼女とは知らぬ仲ではない、だから少しだけ助力しよう」
「なるほど……。よろしく頼む」
騎士団長様は、当然のように頭を下げた。
ベルクさんは驚いたように目を見開いている。
頭を上げた騎士団長様が、不思議そうに首をかしげた。
「どうした、なぜそんな顔をしている?」
「王家の影がどのような身分か貴殿は知っているのだろう? 騎士団長ともあろう方が頭を下げる必要は無い」
「貴殿は強く、姫君の信頼も得ているようだ。そのような者に助力を請うのに身分など意味が無い……それに貴殿なら知っているだろう。俺は伯爵家の出身と言っても庶子だ、そもそも身分などないに等しい」
「……面白い男だ」
「貴殿のような強い男にそのような評価を賜ったことまこと光栄だ」
「此度の件が終わったら、一手お相手願えるか」
「もちろん、断る理由などない」
なんとなく二人の武人の間に友情が芽生えたように思えた。
そして今回の件が終わったら、二人は剣を交えるのだろう。
危ないからやめてほしいな……そんなことを思いながら、一足早く扉をくぐった二人のあとを追う。
扉に入った途端にあまりに冷たい影が頬の横を掠めていった。
騎士団長様がマントを脱いで、私にグルグル巻き付ける。
いつものことだけれど、騎士団長様は本当に過保護だ。
「動きづらいです」
「では、こうすれば良い」
ヒョイッと横抱きにされた。
騎士団長様は私が抗議する前にさっさと歩き出してしまった。
氷でできたおとぎ話に出てくるようなお城……そこに向かう道を氷のつる薔薇が埋め尽くし、生け垣を作っている。
「氷のつる薔薇がこんなにもたくさん」
「……ああ、これだけ寒いんだ。氷結ベリーもあるかもしれないな」
「以前、魔女様の家に行ったとき、雪で閉ざされていたことがありました。そのときの景色に似ています」
「そうか、そうなった経緯とも関連があるのかもしれないな」
「……」
地面は凍り付いていて、鍛え上げられた肉体を持つ騎士団長様でも注意深く進む必要があるようだ。
その一方、ベルクさんはスタスタと慣れた歩みで前を行く。
着いてきてしまったらしい、男の子と女の子のクマがスケート靴を履いてすいすいと私たちの前を滑っていく。
「すごい、クルクル跳んだわ」
クマたちのパフォーマンス……二匹は手を繋いでクルクル回ったと思うと、男の子のクマが女の子のクマを持ち上げ跳ばした。女の子のクマはクルクル回ったかと思うと優雅に着地してポーズを決めた。
思わず拍手してしまいたくなったけれど、今は感動している場合ではないだろう。
ほどなく私たちは、氷でできたお城の大きな扉の前に立っていた。




