名前と魔女の魔法 4
* * *
――それにしても、フェイセズ様を止めるってどういうことなのかしら?
そんなことを思いながら香り高い紅茶を飲む。
――これは砂漠の向こうの国、シャムジャールの紅茶ね。
人の足では超えることが困難な大砂漠ハスハール。その向こうにあるシャムジャールという国には、ディアンテール王国とは違う文化が栄えていて紅茶の産地としても有名だ。
「まあ、おいしいわ。リティリア様、この紅茶を輸入するにはどうしたら良いのかしら?」
あまりにも優雅に紅茶を口にした姫君が口を開く。シャムジャールの紅茶を手に入れられるのは、この国でもごく一部の者だけだ。
「そうですね……魔術師団が国交のために大規模魔法陣を起動し、そのときに少量手に入れられる希少な茶葉ですので……」
「あら、やはりこの紅茶の産地がわかってらしたのね」
「……ええ、以前口にしたことがありますので」
これは、私を話し相手にするかの試験の一環だったのかもしれない。
シャムジャールの紅茶を飲んだことがあるのは、まだ母が存命だった頃だ。
数々の天災に見舞われるまで、魔鉱石の産地であるレトリック男爵領は裕福だった。
取引先の商会から魔鉱石の取引の礼にといただいたのだ。
母が焼いてくれたクッキーの香りと、シャムジャールの紅茶の香り……。
香りとは古い記憶を呼び覚ますものなのだろう。
「……気を悪くしないで。本当に気になったのも事実だから」
「……お気になさらず」
「それよりも、私もう一つ気になることがあるの」
青い目がちらりと私たちの向かいに座る男性へと向けられた。
この紅茶を提供してくださったのは、目の前の男性だ。
「良いではないか。近い未来の騎士団長夫人と、義理の娘と交流を深めたいと思うのは、至極当然のことだろう?」
彼の後ろに立つフェイセズ様が、わかりやすくため息をついた。
そう、この国の王、レイン・ディアンテール陛下はこういった場面ではとても自由なお方なのだ。
「ふふ、お義父様……これからいくらでも交流の機会がありますわ。失礼を承知で聞きますけれど、噂に聞く人物像とずいぶん違いますのね」
「ふむ、その噂が気になるな。君の口から聞かせてもらえるか」
「……戦では勝利のためにはどこまでも冷酷非道、敵になれば家族すら躊躇わず切り捨てる、自国の利益のためには犠牲を厭わない、と聞いておりました」
「そんな……」
「ふむ、なかなか的を射ているではないか」
陛下は底冷えするような笑みを浮かべた。
――そうね、国のために陛下は全てを捨てたのだもの。ただ一つの愛を除いて。
「それで、君はどうしてそのような王が治める国に嫁ぐことを承諾した?」
「噂は噂ですわ」
「君に関する噂も聞き及んでいる。氷の魔女と繋がる魔女姫と」
「……それならなぜ」
「噂は噂にすぎず、ときに真実を言い当てるからだろうな」
お茶会の雰囲気が、氷点下になった気がした。この2人はたぶん似たもの同士なのだ。
冷めかけた紅茶を再び口にする。
横目に見れば、先ほどまで上品にお菓子を食べていたはずの双子が最後の1つになったタルトを取り合っていた。
私はまだ口をつけていないタルトをそちらに移動させた。
「食べ物のことで喧嘩するなんて、良くないと思うわ」
「「ごめんなさいお母様!」」
「仲良くお食べなさい」
双子は謝りながらもキラキラと目を輝かせた。
双子が囁き合う「「やっぱりお母様は変わらないね」」というどこか嬉しそうな聞こえてくる。
2人についても答えを見つけなければいけない。そして、フェイセズ様を止めなければというのが真実なら……。
陛下の後ろに控えていたフェイセズ様のアイスブルーの目と視線が合う。
――私たちの視線を遮るように、金色の光を振りまきながら妖精がフワフワと通り過ぎていった。




