銀の薔薇 3
「リティリア嬢!」
扉が開いた途端、足早に近付いてきた騎士団長様の笑顔が、やっぱりまぶしい。
これだけ素敵なお方に笑いかけられたら、こんな風に頬を染めない女性なんて存在しないのではないかと思えてくる。
……だから、本当に勘弁してほしい。
「――――お言葉に甘えてしまって、すみません」
これはさすがに、可愛くないな、と思いながら言ってしまった言葉に、騎士団長様が軽く目を見開いた。
そして、次の言葉に、私は完全に動きを止めてしまう。
「リティリア嬢には、もっと甘えてほしい」
「……!?」
赤くなりかけていた頬が、完全に熱を持ってしまったことを自覚する。
騎士団長様が見ても分かるほど、私の頬は真っ赤に違いない。
次の瞬間、なぜか眉をひそめた騎士団長様が、マントを外し、バサリと頭から掛けられた。
そして、そのまま手を引かれて、お店の外に連れ出された。
「……あの?」
赤くなってしまった頬を隠してくれたのだろうか。
でも、騎士団長様に憧れている女性たちの、赤く染まった頬なんて見慣れているはずなのに。
ましてや、姫君と恋仲……。
途端に、冷静になったのか、頬の熱さが引いていく。
代わりに胸が痛いことには、気がつかないようにする。
外に出ると、マントを外され、そのまま手を引かれ、私たちは歩き出した。
騎士団長様の歩く速度は速いから、私は小走りだ。
「……はあ、はあ」
上がってしまった息を整えようと深呼吸していると、ハッとしたように騎士団長様は振り返り、申し訳なさそうに眉を下げた。
「っ、す、すまない。いつもの調子で歩いてしまった」
「はあ、はあ、だ、大丈夫です。私の体力がなさすぎるのです」
「配慮が足りなかった。許してほしい」
本当に申し訳なさそうに頭を垂れた騎士団長様。
とても、王都の守護者とか鬼騎士団長なんて、呼ばれているようには見えない。
むしろ、目の前にいる人が、可愛らしくすら見えてしまう。
……もう少し、体力をつけるべきだわ。
お仕事以外は、部屋でお菓子を作ったり、読書をしたり、のんびりしていることが多い私は、体力があるとは言えない。
騎士団長様のありあまる体力とは、比べようもない貧弱さに違いない。
「すまない。あまりに可愛らしいから、誰にも見せたくなくて、マントなんてかぶせた上に、つい足早になってしまったようだ」
「へっ?」
……聞き間違いかしら?
それとも、騎士団長様ともなれば、息を吸うように女性を褒めるものなのかしら?
「――――リティリア嬢」
「は、はい」
「ここでできる話ではないんだ……。もし、もしもよかったら、俺の屋敷に」
「機密事項……なのですね?」
「そうだな。一つは機密事項で、もう一つは個人的に人に聞かれたくない」
どこか耳元の赤い騎士団長様に、私は先ほどの考えが正しかったのだと確信した。
たしかに、姫君との秘密の恋は機密事項で、他人様に聞かれるなんて、個人的にも嫌に違いないわ。
当たり前よね。そう思うと同時に、騎士団長様の口からそのことを聞いてしまったら、なぜか分からないけれど、きっと私はしばらく立ち直れない、そんな気がしてくる。
騎士団長様の手は、ゴツゴツしていて、大きくて、少し冷たい。
手が冷たいのは、朝ご飯を食べないからに違いない。
今後、カフェフローラにまた来てくださるか分からないけれど、いらっしゃったときには、絶対に何か召し上がっていただこう。
その前に、ちゃんと伝えておかないと。
そうでなければ、騎士団長様は安心できないに違いないから。
「あの」
「……リティリア嬢?」
「私、秘密は絶対守りますし、ちゃんとお二人のために協力します」
「秘密を守ってもらえることについては、願ってもないが。……二人に協力?」
なぜか、語尾が疑問形だった騎士団長様。
私が、お手伝いできることなんてないってことかしら。
せっかく、少しでもお力になりたいと思ったのに、必要ないのかしら。
……協力してほしいわけではないの? それなら、なぜ私は、騎士団長様と手をつないだまま、お屋敷に行こうとしているの?
なんとなくかみ合わないことを不思議に思いながら、歩調を緩めてくれた騎士団長様に手を引かれ、道に止まっていた馬車に乗せられる。
ヴィランド伯爵家の紋章が描かれた馬車は、王国の剣と称される伯爵家にふさわしく、ものすごく豪華で乗り心地がよい。
「……ところで、やはり気になってしまうのだが、二人に協力、とは?」
なぜなのだろう。笑顔なのに、妙に圧を感じる騎士団長様の視線。
怒っているような気がするのは、気のせいなのだろうか。
「あの……」
「リティリア嬢の考えていたことが知りたいんだ。どうか、正直に話してもらえないか?」
南の海みたいな淡いグリーンの瞳が、真剣さを増して、私のことをまっすぐ見つめる。
美しくて有無を言わせない雰囲気を持つその瞳を前に、嘘をつくなんて不可能だ。
二人きりの馬車の中、私は先ほどオーナーから聞いたことを、洗いざらい、騎士団長様に話したのだった。




