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王城に与えられた部屋 4


 ぬいぐるみは、そのまま騎士団長様の膝によじ登ると抱っこしてとでもいうように両腕を広げた。


 抱き上げれば今日もクマのぬいぐるみはくったりと柔らかい抱き心地だ。


「……不思議だな」

「オーナー?」

「まるで本当に命が宿ったようだ。通常では考えられない」

「……」


 脳裏に浮かんだのは、誰のものかわからない『魔女の使い魔』という声だ。


 子どもみたいな声……というより、二人の子どもがぴったりタイミングを合わせて同じ言葉を言っていたようだった。


「……っ」


 けれどそのことを伝えようとしてもやはり言葉にできないようだ。


 ――魔女様が関連している。そういうことよね?


 そんなことを思いながら、チラリとオーナーを見る。オーナーもこちらを見つめてどこか物憂げだ。


「あの……」

「はあ、気がついたことはあるが、うかつに言うことは望ましくないな。さて、コーヒーも飲み終えたことだ。リティリアに与えられた部屋を見に行くか」

「……」


 椅子に座っていた騎士団長様が、おもむろに席を立った。

 クマのぬいぐるみが私の手から離れて、騎士団長様の肩によじ登る。


 クマのぬいぐるみを肩車した騎士団長様。

 真面目な表情を浮かべているけれど、その姿はなんとも可愛らしい。


「リティリア?」

「なんでもないです。案内してくださいますか?」

「ああ、もちろんだ」


 騎士団長様は口の端をつり上げて笑うと、大股歩きでオーナーの隣へ行った。

 そして、クマのぬいぐるみを肩車したまま、ヒョイッとオーナーを抱き上げた。


「もう魔力は問題ないが」

「……そうか? そうは思えないが」

「なぜそう思うんだ」

「貴殿の魔力が未だ流れ込んできている。コントロールできていないぞ」

「……ヴィランド卿が、俺自身より俺の魔力コントロールに詳しい」

「はは、そうかもしれないな」


 たぶんその魔力の流れは、騎士団長様とオーナーの間でしかわからない類いのものなのだろう。


 そして向かった先、その扉はあった。

 私は予想外のものを見つけ目を丸くする。


「どうして」

「安全のためだ」


 私の部屋のノブの下には、小さな魔法陣があった。

 それは、先ほどのオーナーの部屋にほどこされていたものだ。


「魔力暴走を起こしたりしませんよ?」

「むしろ、リティリアを守るためのものだ。……王弟殿下がリティリアを魔女だと言ったが、彼にそれを吹き込んだのが誰かは未だに掴めていない。王城が安全とは言えない」

「……」


 確かに、あの日の夜会で不正の証拠を突きつけたことで王弟は離宮に蟄居となった。


「……王弟殿下は、レトリック男爵領に関することと、リティリアを断罪仕掛けた前後の記憶が曖昧になっているという。罪を逃れるためかと思ったが、罪を告白されるために魔法を掛けてもすっかりその記憶が抜け落ちていることは変わりなかった」

「記憶を消してしまうなんて……そんなことができるのですか?」


 この国で最も魔法に詳しいであろうオーナーに視線を向ける。


「俺にはできないし、魔術師団にもそれが可能な魔術師はいない。しかし……魔女であれば可能かもしれないな」

「魔女なら……」


 オーナーは深刻な表情を浮かべた。


 レトリック男爵領が幾多の災害に見舞われたことも、私が魔女として断罪されたことも未だに解決しきれてはいない。


 視線を送ると私たちの後についてきていた陛下が、軽く眉根を寄せた。


「もちろん俺自身は魔女に対する偏見はないが……弟がすまないな」


 陛下は偏見どころか、森の魔女様を愛しているのだ。王弟殿下が言っていたとおりに私が魔女であったとしても罰したりはされないだろう。


『その紫色の瞳が証拠だ。城の文献に描かれる魔女は、誰もが紫色の瞳をしているのだから』


 騎士団長様とともに招かれた夜会で王弟殿下が私に投げかけた言葉……。


 魔女は誰もが紫色の瞳をしているという。

 あの言葉で王族だけが知っていたであろう魔女の瞳に関する情報は貴族たちに知れ渡っている。


「ここで話すのもなんだ、とりあえず部屋に入ろう」

「ああ、それでは俺たちはこれで」


 陛下とオーナー、フェイセズ様は揃って去って行ってしまった。

 そして、部屋の扉の前には私と騎士団長様だけが残されたのだった。

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