銀の薔薇 1
そのあとは、どんどん来店されるお客様の対応で、時間があっという間にすぎていった。
昼の時間を過ぎると、ひととき店内のテーブルには、空きができる。
「――――お疲れ」
少し疲れを感じながら、遅めの昼ご飯をバックヤードで食べていると、急に上の方から声がかかった。
久しぶりに聞いたその声に、勢いよく振り返る。
そこには、紺色の宮廷魔術師の正装に身を包んだ、オーナーがいた。
あいかわらず、人外の美貌を誇るわね……。
それが、今日も変わらない、オーナーを見たときの私の感想だ。
少しだけ顔色が悪く見える白い肌は、逆に神秘的な印象を相手に与える。
暮れかけたまだ少し明るさを残す空のような紺色の髪、一番星みたいに輝く金色の瞳は、美しいの一言。
羨ましくなってしまうくらい長いまつげと切れ長の目、整った鼻筋に口元。
それに、とてもいい香りがする。
騎士団長様の、少し強面で、たくましい印象のかっこよさに比べて、絵画から抜け出てきたような美貌を持つ人。それが、このお店のオーナーだ。
「オーナー! お久しぶりですね? こんな早い時間に、お店にいらっしゃるなんて珍しいじゃないですか。……それに、その格好。お仕事の最中だったのですか?」
「……ああ。最近起こった出来事について、耳にすれば、飛んでくるに決まっている」
「……なにかありましたか?」
「……本気か? すべて、リティリア、君に関することだと認識しているが」
ここ最近の出来事を、思い起こしてみる。
思い浮かぶのは、早朝の常連、騎士団長様の笑顔だ。
こんな時まで、浮かんでしまうなんて、どうしてしまったのだろうと首をかしげる。
あら……? 魔女様、銀の薔薇、元婚約者。すべてに騎士団長様が関係している?
そうね。少なくとも、オーナーの古くからの知り合いである、魔女様の下に騎士団長様を巻き込んでお連れしてしまったことは、すぐに報告すべきだったわ……。
「魔女様の下に、騎士団長様を巻き込んで、お連れしてしまいました」
「うん……。初耳だ。それはそれで、ここに急いできた問題に匹敵するな」
あら? そのことが、耳に入ったから、駆けつけてきたのではなかったのかしら?
「……よく無事だったな」
「……騎士団長様のことを占って、許してくださいました」
「そうか。そこまで行き着いた経緯が気にならないでもないが、相当気に入られたらしいな。……厄介な」
「厄介……?」
美しく、優しく微笑んでいる魔女様。
でも、騎士団長様と一緒に行ってしまったときは、とても冷たい表情だった。
もし、騎士団長様にご迷惑をおかけしてしまったら、申し訳ないわ。
「それは、それとして。騎士団長、アーサー・ヴィランド卿に求婚されたというのは本当か? それに、今朝は、元婚約者が押しかけてきたそうじゃないか」
「…………後半の事実はともかく、なんですか、前半のデマは」
騎士団長様のような、すべてを持っているお方が、私なんかを相手にするはずがないのに。
「勝利の薔薇を、受け取ったのだろう?」
「……勝利の薔薇、ですか?」
たしかに、銀色の薔薇を受け取ったけれど、それがどうして……。
「騎士が、戦いに勝利して、女性に薔薇を捧げるのは、求婚を意味する。……常識だろう?」
「じょ、常識……?」
「王宮、いや王都全体、リティリアとヴィランド卿の噂で持ちきりだ」
「は……?」
キョトンと目を見開いた私は、オーナーの言葉に、手にしていたサンドイッチを思わず取り落とすのだった。




