アパートの一室と騎士団長様 3
大胆すぎただろうかと恥ずかしさでいっぱいになりかけたころ、頬に当てていた手に騎士団長様が手を重ねてきた。
「この部屋からは、リティリアの甘い香りがする」
「……騎士団長様?」
「甘くて、熱くて、自制心を試されているみたいだ」
まっすぐ見つめてくる南の海みたいな淡いグリーンの瞳。
どこか熱を帯びたその瞳を見つめていると、頬に熱が集まってクラクラのぼせそうだ。
「そうだな、戻ってきたら……」
「……騎士団長様?」
「でも、今はそれよりも君のいるこの場所を守りたいから」
目の前にいるのは、王国を守る剣、騎士団長アーサー・ヴィランドだ。
急に遠くなってしまったように思えたのに、まるでいつもの騎士団長様と同一人物なのだと私に教え込むような口づけが落ちてくる。
離れた唇の温かさは、追いかけてしまいそうになるほど名残惜しい。
すがるように見つめると、私を見下ろして微笑むいつもの優しい騎士団長様がいた。
「どうか、安全な場所にいてほしい」
「……騎士団長様」
「王国や陛下の忠義も、愛国心も、君を愛しく思う気持ちには敵わない」
強く、抱きしめられる。
このままこの時間が永遠に続けば良いと願ってしまう。
「誰よりもお慕いしています。アーサー様のこと」
「そうか。嬉しいな」
「愛しています。だから、アーサー様の帰る場所は私のそばだと誓ってもらえませんか?」
「誓おう、この剣にかけて」
それなのに、決意を帯びた瞳は揺らぐことがない。これはきっと、王国を守ることを決意した騎士団長の瞳に違いない。
「さあ、リティリアの部屋も堪能したことだし、そろそろ屋敷に戻るか」
「堪能……」
「どんな部屋に住んでいるのかと想像するのも楽しかったが、やはり可愛らしい部屋だったな。それに、君の好みが前よりよくわかるようになった」
「……えっと」
気軽に部屋にあげてしまったけれど、まるですべてを知られてしまったようで今さら恥ずかしくなる。
「荷物をまとめてしまいますね!」
恥ずかしさを誤魔化すために、騎士団長様に背を向けて慌てて大切なものを持ち出すべく宝箱を開ける。
「あ……」
――そこにはあの日捧げられた銀色の薔薇が輝いていた。
恥ずかしがるばかりの私は、騎士団長様がくれた気持ちや言葉の半分さえ、返すことができていない。
でも、こんなにも大好きで愛しく思う気持ちをキチンと伝えないときっと後悔するから。
いつの間にか、心を奪われてしまった。
ギュッと握った銀色の薔薇が、私にこんなに大きくなった気持ちを伝える勇気をくれる。
壇上から駆け下りてきた騎士団長様が目に浮かぶ。あのときから、愛しさは増すばかりだ……。
「座ったまま、こちらを向いてもらえませんか?」
私はそっとその薔薇を持ち、椅子に座ったままこちらに体を向けた騎士団長様と向かい合う。
「この薔薇は、求愛の意味があったのですよね」
「そうだ。君との距離は遠く、気持ちを伝えてもいないのに、我ながら重かったな」
「アーサー様と早く結婚したいです」
「……え?」
そっと差し出した薔薇を騎士団長様は目を見開いて受け取った。
いつもは見上げる高さの騎士団長様の顔が、座っているからよく見える。
「全部知りたいし、全部欲しいです。……愛しているから」
そっと両肩に手を置いて背中を曲げて、騎士団長様にキスをした。
唇が離れたとき「記念日にする」と蕩けるように私を見つめながら騎士団長様が呟いたものだから、つい笑ってしまった。
たぶん今日というこの日は、忘れることができない思い出の日になるに違いない。
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