差し入れと鬼騎士団長 5
「このあと、すぐ戻らなくてはならないんだ。……また、会いに行ってもいいだろうか」
「……はい。美味しいコーヒーを用意して、お待ちしています」
ここ三日間の、寂しさも、切なさも、口の中で溶ける綿菓子みたいに消えてしまう。
「だが、少し目立ちすぎたようだ」
その言葉で、周囲から注目を浴びてしまっていたことに初めて気がつく。
予想以上にたくさんの視線が集まっていて、急に心臓がドキドキしてしまう。
「……すまない。ようやくリティリア嬢に会えたから、浮かれてしまったな」
「えっ」
「帰りに何かあったらいけない。護衛をつけよう」
「私なんかに、護衛ですか?」
私に会えて浮かれた? それに護衛?
先ほどの言葉の意味を確認する前に、護衛という言葉が出てきたせいで、驚いて聞きそびれてしまう。
護衛って、騎士様に送ってもらうってことよね?
それは、さすがに申し訳なさすぎる。
振り返り振り返り、去って行った騎士団長様を見送って、帰ろうと歩き出したのもつかの間。
「お待ちください!」
後ろのほうから、朗らかな声がかけられた。
「えっと……?」
「ヴィランド卿に頼まれたのです。ぜひ送らせて下さい!」
……なぜか、最後に騎士団長様と手合わせしていた、若い騎士様が追いかけてきて、断り切れずに送っていただいてしまった。
初対面の騎士様に送っていただくことへの緊張と、今日起こったできごとへの理解が追いつかなくて、騎士様と何を話したのか、さっぱり思い出せない。
アパートの前で、少し落ち着きを取り戻した私は、ようやく若い騎士様ときちんと視線を合わせることができた。
赤みを帯びた茶色の髪は、同じ色の瞳と相まってどこか温かそうだ。
「あの、ここまで送っていただいて、ありがとうございました」
「ご令嬢を護衛することができて、光栄でした」
「そんな、恐縮です」
「……では、失礼いたします」
きっと、お忙しかったに違いない。
走り去っていく騎士様を見送って、部屋に入る。
……私は、カフェフローラに来たときの騎士団長と、試合でかっこよかったことと、先ほどの笑顔しか知らない。
普段はいったいどんな表情をされているのだろう。いつもあんな風にカッコいいのかしら。
「こんなに可愛らしいクマのぬいぐるみを持ってきてくれた騎士団長様と、試合であんなにも凜々しかった騎士団長様とは、本当に同一人物だったのかしら」
そんなとりとめのないことを考えてしまうくらい、今日の出来事は、衝撃的だった。
「……ただいま」
ベッドに置きっぱなしだった、クマのぬいぐるみに帰宅を告げて、抱きしめて、ようやく一息つく。
「全部、夢だったのでは……」
そう考えた方が、よっぽど納得いく。それなのに、今日というこの日が、夢なんかじゃなかったとでもいうような、手の中の重み。
キラキラ輝く、遠目には本物にしか見えなかった銀色の薔薇を改めて見つめる。
クマのぬいぐるみのお返しをしようと思ったのに、なぜ私はこんなに高価な品物を受け取ってしまったのかしら。
クマのぬいぐるみなら、おこづかいを使えば、私でもお返しの贈り物ができるのに……。
「やっぱり、貰いすぎだよね……」
なぜ、騎士団長様は、私に笑いかけたのかな。
嫌われてはいないよね。
きっと嫌いな人に、こんなに大切なものをくれたりしないもの。
……でも、私に好意を示してくれていると思うには、今日の騎士団長様は、あまりに強くてかっこよすぎたから。
銀の薔薇は、貴族令嬢にしては、あまりに空っぽな、宝箱代わりのオルゴールにしまっておく。
次、会えたなら……。
クマのぬいぐるみが、抱きしめすぎて、形を変えていたことに気がついて、慌てて力を緩める。
たぶん、私は恋愛や、誰かを好きになることに臆病になってしまっている。
誰かのためにがんばって、それなのにわかってもらえないのは、とても悲しいもの。
でも、会いたい。
それだけは、認めるしかないほど強く願ってしまう。
目をつぶると、淡い緑色の瞳が、甘く細められた、あの表情がまぶたの裏に浮かんだまま消えない。
私は、クマのぬいぐるみを抱きしめて、眠れない、少しだけ蒸し暑い夜を過ごしたのだった。
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