鬼騎士団長様と乙女系カフェ
乙女系カフェ、フローラはリボンやお花、パステルカラーやレースであふれている。
本日のテーマは『雲の中の虹と妖精』だ。
オーナーが集めてきたモコモコした雲は、本物。虹ももちろん魔法で固めて持ち込んでいる。
店員の衣装も、その日のテーマに合わせて変わる。
今日の衣装は、小さな羽が生えた水色のワンピースに真っ白なエプロン。世界観を何よりも大事にしている夢空間……それが、カフェ・フローラだ。
可愛いものが大好きなお客様であふれる店内は、早朝とあって人もまばらだ。
訪れたのは、黒くて相手を見下ろすくらい背が高いお客様。
そのお客様は、そんな夢空間に違う次元から紛れ込んでしまったようでもあり、姫を助けにきたおとぎ話の騎士様のようでもある。
「いらっしゃいませ。本日は何になさいますか?」
背が高く、がっしりした肩は鍛えられていることが一目で分かる。
視線は鋭いけれど、その瞳は南の海をすくってきたようなエメラルドグリーンをしている。
日に焼けた肌と黒髪が精悍な印象を与える、総合的に見ればものすごい美貌の持ち主だ。
……そんな街で見かければ二度見してしまうほどカッコいいお客様。
けれど、周囲のテーブルはいつも空席のままだ。
いつものように比較的目立たない席にご案内すると、慣れた様子でお客様は席に座った。
「……コーヒーを」
決まって、そのお客様が頼むのはブラックコーヒーだ。
森の魔女から手に入れた七色のさくらんぼが浮かんだソーダにも、オーナーが魔法を使って星屑の光を本気で集めてきて封じ込めたゼリーにも見向きもしないで、いつも頼むのはコーヒーなのだ。
「かしこまりました」
早朝は空いているため、店員はちょっと訳ありで淡い茶色のふわふわした髪、そして大きく丸い淡い紫の瞳をしたどちらかというと平凡な私しかいない。
「あの……。甘い物はお嫌いですか?」
「……いや。嫌いではないが」
「これ、私が作った試作品なんです。いつも来ていただいているからサービスです」
トレーの上にはコーヒー、そして可愛らしいピンクの小皿に乗せた妖精が好むという木の実を混ぜ込んだクッキーが二枚。
甘さが控えめだから、たぶん男性のお客様にも喜んでもらえると思う。
「――――君が?」
「え、あ、はい。こう見えて、店内のお菓子は半分くらい私が……」
「そうか」
それだけ言って、お客様は、クッキーを一口で頬張った。すぐに口の中のクッキーは消えて、もう一枚も口の中へ。
「うん、美味い」
すこし緩んだ口元を見ているうちに、私の頬が熱を帯びていく。
笑った顔が想定外に可愛いすぎて、どうしていいか分からなくなる。
「よかったです……」
「ごちそうさま。……リティリア嬢」
普段の厳しい表情、どう見てもこの店には不釣り合いな長身と鍛え抜かれた体。
けれど、いつだって所作も、食後の挨拶も、美しい。そして、時折見せる柔らかな笑顔。
しかしながら、早朝に訪れる常連のお客様は、泣く子も黙る王国の鬼騎士団長、アーサー・ヴィランド様なのだ。
「えっ、騎士団長様に、な、名前……呼ばれた!?」
去って行く背中は、いつものように、あっという間に街中に消えていった。
どうして、どう考えても鬼騎士団長様と呼ばれるようなお方には似合わないこの店に、毎朝コーヒーを飲むために現れるのか、それはおそらく王国の謎の一つだろう。
「……たしかに、うちの店のコーヒーは、とっても美味しいけれど」
お客様がひとときいなくなった店内。
早朝から働いていた私は、騎士団長様が好んで頼むコーヒーに蜂蜜とミルクを入れて、少しの休憩を楽しんだのだった。
かわいいものが書きたくて始めました。
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