僥倖2
ーーー暗闇の中、声が聞こえる。聞き覚えの無い声だがどこか懐かしさを感じる。話の内容は平穏ではなくなにやら物騒なものである。
「……千紘の方は責任を以って引き取ります……。このまま彼を孤児院に預けるなんて残酷なことは……もう、私にはできないので。」
「君は死力を尽くしたよ……今になって君を責める人間なんていやしないさ。君が彼を引き取ると決めたのならば止めはしない。ただ……」
引き取られる? 孤児院? 一体何について話しているのだろうか。暗闇の視界の中、何者かの足音がこちらに近づいてくる。
「しかし、よく彼は生き延びたものだね。発見当初は左半身が損傷していたらしい。元々彼の生命力もあったのだろうが、君のーー術式は群を抜いていた。」
「いいえ。いくら私のーー術式でも数分遅れていたら手遅れでしたよ。その間は彼が彼岸に行くのを堪えてくれた。ただ、それだけのことです。」
ーー? 右半身が損傷? 危篤状態からの回復? 状況が呑み込めない。一体何を言っている? 誰が何を話している? 必死に口を動かそうとするが何故か体は動いてはくれない。
話の最中で唯一理解できたのは話の対象が自分だということだけである。どうやら自身の容態は何らかの原因で左半身が損傷していることは理解った【わかった】。
話声がどんどん大きくなる。さらに会話の内容は壊れたアラームのように反復し始める。俺はここで何をしているのか。この暑くて暗い場所は一体どこなのだろうか?
熱い・体が溶ける。うるさい・耳が痛くなる。暗い・何も見えない。怖い・自分がわからなくなる。集中できない・考えがまとまらない。思考がままならなくなる。
理解らない。【わからない】。理解らない。理解らない。理解らない。理解らない。
理解らない。理解らない。理解らない。理解らない。理解らない。理解らない。