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僥倖



  直哉は悠々とタイムカードを切り、店を後にしようとした時、ふとこちらを振り返る。


 「そういえば、最近物騒だから帰るとき気をつけろよ。昨日のニュースでもやってたけど新王町で行方不明者が5人も出たんだと……これで12人目だ。どこの馬の骨かわからないけども常に警戒はしといたほうがいいかもね。ほら、千尋はおとなしい方だから簡単に攫われるかもよ。」


 「なんの冗談だよ……勘弁してくれ。俺、そういうオカルトチックな話嫌いなんだよ。気を付けるのはお互い様だろ。時間帯も時間帯だしな」

 

 「それもそうだな。それじゃ、また明日頑張ろうな!」


 ああ、と空返事をして直哉を見送る。


 確かにニュースでも話題となっていた。新王町で行方不明が続出していること。ここ一週間ほどで12人もの行方不明者が出ており、警察もそれなりに捜査に当たっているが未だに発見者はいないのだとか。


 取り敢えず今は目の前の仕事に専念しなければ。両頬を叩いて気持ちを入れ替える。


                   ーーーーーー


 時刻は24時。一通りの業務を終え、事務所へ戻ると監視カメラで店内を確認する。この時間帯はほとんど人が来ず、暇な時間が比較的多い。その合間に雑務を片付けることで時短をする。雑務そのものが少ない時は基本的に店内の監視くらいで勤務時間が終わる。


 ふと、カメラ画面の方に目をやると黒いコートを身に着けた人物が店内を見回している。顔は長髪でよく確認できなかったが、何やら挙動がかなり怪しい。コートの人物はまるで何かを探しているような素振りをしており、あたかも周りの視線を気にしている。店内にはコートの人物しかいないのだがいったい何を気にしているのだろうか。


 あまりにも挙動が怪しいため一応事務所から出て確認する。


「いらっしゃいませ~、こんばんは~」


 マニュアル道理の挨拶をコートの人物に掛ける。一応怪しさを払拭するために、だ。通常ならば一瞥して終わりか、何かしら反応を見せるのだがその人物は違った。


「ーーっ?!」


「えっ……ちょっ!?」


 コートの人物は俺を見るや否や店内から駆けだすように出て行く。その瞬間、その人物が抱えていたポテトチップスを見逃さなかった。


「ーーくそっ! こんなご時世に万引きかよっ……」


 レジから飛び出し、コートの人物を追うため店内を後にする。


                     ーーー


 しばらく追いかけているが一向に距離が縮まらない。足の速さには自信があるのだが追いつける気が一向にしない。そのうち街灯の光が届かない場所へ逃がしてしまった。


「ーーはっ……はっ……早すぎんだろ……絶対アスリートだってあの人……はあ」


 急ぐ呼吸を落ち着かせながら、愚痴を溢す。なんて日だ。予め、コートの人物が入店する時に事務所から店内に戻っていればこの事態を招かなかったのかもしれない。逃げられてしまった今現在に悪態をついてもしょうがないが。


 そろそろコンビニへ戻ろう。あのまま店内を無人にしておくわけにはいかない。はあ、と再びため息をつきながらコンビニの方面へ向きを変えようとした時、


 ーーその場の空気が一変した。空気が変わったというよりも自分自身の認識が変化する。


 街灯の明かりが入らない箇所から何者かの吐息が聞こえる。それも普通のものではない。足音から判断するに何者かがこちらに近づいてくる。暗闇の中からは黒い影と紅いダイヤのような眼が見える。それがただの野良犬や野良猫ならばよかったのだが……

 

 黒い影は【影を纏った獣】と自分は理解った。(わかった)


 ハハハハ……乾いた笑い声が口から零れた。勘弁してくれよ……今日は一体全体なんだっていうんだよ。

 

「……マジかよ……今日はとことんついてないな……俺の悪運すら尽きたのか?」


 ポツリと愚痴をこぼす。


 人通りがなくなった深い夜、獣型の影は自身を飲み込まんと間合いを詰めてくる。

街灯の明かりが両者を照らす。風はなく、今この場には緊張した空気が張り詰めている。


 でかい……通常個体よりもはるかに大きい……。全長は約2メートル、見た目はかなり大きめの大型犬を連想させる。一歩、また一歩と迫り、奴が飛びかかればすぐにでも俺を捉えられる距離となった。影の獣に中段の構えを取る。10年ほど空手をやっていたため、多少の抵抗はできるであろうと考えていたがそれは無駄な抵抗へと終わった。こちらの判断よりも素早く黒い影が飛び掛かってくるーー


 頭で考えるよりも反射的に影の獣へ回し蹴りを放ち直撃ーー


 一応、大の大人でもダウンは狙えるような威力だったが影の獣はひるむ動作すら見せずこちらに突進してきた。


「ーーがっ! うっ……」


 道端を転がりガードレールへと打ち付けられる。呼吸が一時的に止まり、呼吸がおぼつかなくなる。 数秒ほど目の前に星が見えかけるがなんとか意識が無くなるのは堪えた。


 身体は先ほどの突進で肋骨の骨折。左上腕骨の複雑骨折といったところか。いや、内臓にもダメージがある。


 只の突進。そう、助走すらつけていないその場からの突進であったが獲物の動きを止めるには十分すぎる威力だった。2メートルほど飛ばされたのだろうか……


 どのみち次の突進を受ければ確実に車いす生活か、お釈迦行きではないだろうか。とてもじゃないがあの突進はもう受けることはできない。幸い、【アレ】とはかなり距離がある。この間合いなら突進を躱して逃げられるだろうかと意味のない思考を巡らせる。


 獣の影はこちらの出方を探っているのか間合いを詰めてこない。本来、本能的に生きている獣が弱者相手に出方などは伺わないはずだ。獲物を弄んでいるのか、それともすでに仕留めたと余裕の態度なのだろうか。


「ーーぐっ……」


 【アレ】のことを考えている場合ではない。突進された痛みで思考が制限されていた。奴が捕食する側なら同時に俺は捕食される側なのだ。今はどのようにしてこの状況から脱するのかを考えるのが先決である。一番はこの場から逃げ出すということだが……と考えはっと気が付いた。


 この獣から逃げるだって? 一体どうやって? 先程の膂力をわすれたのか、お前の体では【アレ】から逃げることは到底不可能だ。この間合いでは俺が動くよりも【アレ】の方が速い。例えるのならば、猫と鼠だ。


 いや、全身の痛みを以ってすれば今の状況ですらネズミにも劣る。


 どうする? どうする? どうする? どうする? どうする?


 どこかの漫画ではこのようなシチュエーションでは必ずヒーローが登場するのがお約束だが、現実世界ではそれが通用するのだろうか。最も今は痛みで叫び声すら上げられない状況で助けを求めることもできないが……


 そんな考えを断ち切るがごとく、影の獣はこちらに進行してくる。次は確実に仕留めんと瞳が訴えている。ガードレールを支えに体を起こして【アレ】と再び対峙する。体は痛みでほとんど感覚がないが、ここで何もせずに殺されるのはごめんだ。せめて人間らしく最後まで抗って見せようじゃないか。拳を強く握りしめ、正拳突きの構えを取った。


 ここまでの行動原理は自分自身の意地でもあった。いや、生存本能でもあったかもしれない。


 影の獣は獲物の喉笛に牙をむかんと再び駆けてきた。飛び掛かってきた刹那、正拳突きで【アレ】を迎えるーー その瞬間、先ほどに受けたダメージで全身に痛みが走る。あまりの痛みで気が触れそうになったが歯を食いしばり堪え、


「ーーっ!!」


 握った拳を前方へ突き出した。


【アレ】に正拳突きを命中させた後、電源が切れた機械のようにその場で気を失った。



直哉と別れ、業務に勤しむ千紘だったが突如万引き犯と遭遇し追跡を始める。万引き犯には逃げられ影の獣へ遭遇する。千紘はどう切り抜けるのか?

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