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プロローグ



  ……夜はこんなにも暗いのに頭の意識だけはやけにはっきりとしている。まるでカフェインを過剰摂取した状態のような感じもする。


 そうだった。自分は何を勘違いしていたのだろうか? ここにきて自分自身の愚かさに呆れかえる。


 元々この世界は【日常】とは大きくかけ離れた【非日常】なのだ。今更、その【日常】を求めたところで何になる。きっとそれは何の生産性もない。


【今起きているものから目をそらすな。立ち会ってこそ真理が見えるのだから】


 誰の言葉だったか失念してしまったが今の状況ではむしろしっくりくる。そして【この場】に相応しい気がする。


 俺は満身創痍の体に鞭を打ってその場から立ち上がり、目の前の【非日常】へと再び対峙する。不思議とそこには恐怖や不安はない。あるのは闘争心と本能的なナニカだけである。


 体が快い(かるい)、心が躍い(かるい)、空気が無重い(かるい)。


 何かを失い、何かを得たような気さえする。あるいは反対なのかもしれない。自分を制限するものは何もないと感じるほど俺は満たされている。


 前方の【非日常】もとい【Ruca】はこちらの出方を伺っているような様子である。Ruca自身も状況が変化したことに直感で察したのだろう。先程まで搾取されていた生物が反撃の線を伸ばしているのだから様子を見て行動するのは当然の防衛反応である。その反応が遅かっただけで……。


 決意を固めたのかRucaがこちらに踏み込んでくる。先程のどの一撃よりも速く、恐ろしく鋭い。奴は目的を【捕食】から【殺害】へ変えてきた証拠である。それほどこちらの状態を危惧しているということだ。


 ただ、俺は奴の期待には応えられない。決死の一撃への防御を諦め、構えすら放棄する。


 何故なら【これ】は構える必要がないから。


奴が接近してくる距離まであと3歩……2歩……1歩。


「……クローズマン『2』の体術……」


 こちらに向かってくるRucaの一連動作がスローモーションのように感じられた。狙いは一つ奴の頭部だ。0……すぐそこにはRukaがいる。この間合いを待っていた。


 この刹那、左足を軸にし奴の頭を打ち上げるが如く左前腕をゆらりと構える。恰好は様にならないがこれが一番力エネルギーを込めやすい。構えた前腕を空間へ放出するかの如く前方へ放つ。ここまでの工程で約0.6秒。空を切る拳は音速に達する。


「スプリング・パンチ【弾響拳】……!」


 ゼロ距離からの反撃によりRucaの頭部が一瞬で爆ぜる。何故かこの時、確信的な【幸福】を強く感じた。飛び散る脳汁や、青黒い血液に胸が高鳴る。


 ああ、自分はこの一瞬を感じ得るために生まれてきたのだなと錯覚するほど誇らしい。


 【達成感】と【幸福感】。この両者はこれまでの人生では全くの無縁であったがこの世界が【非日常】に変貌したことによって自身の人生に大きな刺激が加わり始めたのだ。人生の何かが大きく変わる。


 1からやり直す……ここからが人生の本番【スタートライン】なのである。自身の中にある新しい自分を見つけ、この【非日常な世界】と共に生きてゆく。それが今の決意だ。


            ー----- 

 

 「いらっしゃいませー! 只今、焼き鳥20円引きセールやっております、いかがでしょうかー!」


店内に威勢のいい声が響いた。ここ新王町の中ではそこそこ有名なコンビニでお客の人数も多い分類に入る。その代わり深夜帯では利用客がほとんどおらず2人以上入店するだけでも珍しいのだ。


 うちのコンビニでは季節に合わせてフードコートの種類を変え、行事のある日付ではそれにそった出し物をするといった比較的サービス精神旺盛な分類に入るらしい。


「はい、らっしゃっせー! 袋付けますか? 箸とお手拭きと追加のお手拭き入れときますね」


 ちなみに隣で張り切っているのは同じ学生バイトの伊藤 直哉である。かれこれ1年ほどの付き合いだが彼の人柄は大体見えてきた。


 基本彼は誰にでも優しく、何より気遣いが尋常ではないのが特徴である。接客のレベルは働いているバイトの中でトップに近いのではないだろうか。


「いつも思うけど直哉ってなんでそんなに接客が上手いんだ? 入ったのは同じだった……よな。普通に不思議なんだが」


「一応僕も人を見て判断してるんだけど、そうだな。さっきみたいな接客が好きなお客だったら結構頑張るけど、真面目なザ・堅物って人には静かにレジ打つよ。その方がお互い嫌な気持ちにならないし。」


 直哉は気軽に話しているが、俺は真面目な対応しか基本出来ない質なのであり明るい接客なんてやったこともない。基本コンビニに来る人間は希望に満ち溢れた人間と絶望で覆われた人間しか存在しないため、接客を変えたところで何が変わるのだろうかとつくづく不思議に思う。


「そんな理想的な接客、俺にはできないよ。お客なんてほとんど同じ顔だと思ってレジ打ってるし接客を変えたところで何が起きるでもないしなぁ……」


 お互いなんの収穫も得られないたわいのない会話をしていると時間というものはすぐに過ぎ去るものである。時刻は23時を回り始める。この時間帯は俺のワンオペである。


「時間になったし、僕はそろそろ上がるね。ワンオペ頑張れよ!」


「ああ、お疲れ。また明日な直哉。」


 

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