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強者だらけの祭り  作者: 大錦蔵ANDハデス
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血祭り①

 ※新キャラの黒髪勇者は、『ハデス』さん考案です

 



 ※1・・・光竜達がいる大陸では、ダーティーを始めとした魔法使いのエリート達が、光竜の巨大な魔力に気圧され、急いで大陸全体の強度を高める【大陸カンティネント防壁プロテクト】を発動させてます。

 ※2・・・光竜は先程、自分に対し九割九分九里以上のエネルギーを一時的に封印する術『画竜点睛』を発動させています。


 『・・・・・・なんだこの滅茶苦茶膨大な魔力はっ!? 急いでこの国の強度を高めないとっ!』『遥か遠くにいるこの透き通った聖なるエネルギーの持ち主は、光の龍か?』『あれれぇ? なんだが、ここから東に強い奴がどんどん集まってる気がする♬』『早く魔界でもチキュウでもどこでもいいから逃げないとですね~』『ちょっとバハムート早く魔方陣描き切ってよっ!』『一体何ガドウナッテイル・・・・・・!?』『竜王様!』(勇者様は大丈夫か!?)(杏華が心配だ)『ヒャッハーなんだぁ? 今日は一段と風が吹き荒れるなぁ~』『ち、あっちの手札がロイヤルフラッシュなのにこっちはブタかっ!』『ギガンさん何をしているんですかっ!? 貴方早くトックホルムス同盟メンバーを会議室まで召集するのですのよっ!』『さて・・・・・・最期のお祈りでもするかのぅ』『ん? 竜神特有の神気? まぁ下等生物の誰かが相手してくれるよねフォルエルちゃんは関係ない』『ZZZ・・・・・・』『アマサキスめ、あたいより先にパーチィー参加するとは生意気だっ!』『夢の世界についての魔導書は・・・・・・』『光竜ぅうっぅううううっ!! 弟の仇を討ってやるっ!』『後方に陣取っても今回は安全とは言えませんね』『さっ、早く汝も廃ダンジョンに避難するのですっ!』『さてどう甘い汁すすりましょうか・・・・・・』『ああ、お茶が美味しい』


 


 「うぇほっごほっ!」

 特に近くに木々も見当たらないはずなのに、エリアの気管にいきなりキノコの胞子か小さい虫でも入り込んできた。


 光竜は、咳き込むエリアを凝視しながら、尋ねる。

 「貴様は先程竜神にすら勝てると申したが、本当に可能か?」

 

 尋ねられたエリアは、重い剣の柄を強く握り、呼吸を整え返答した。

 「ええ、もちろんです」


 「ふむ・・・・・・どうやって我に勝つつもりだ? まさか肉弾で挑むとでも?」

 

 首を傾げている光竜に、エリアも怪訝になった。

 「・・・・・何を言っているのかしら? どこをどう見れば私を武器無しだと結論を出したのですか? 見えないのですか、この長く細く薄くそして重い・・・・・・?」

  いつの間にか一気に軽くなった剣の刃部分を見下ろすエリア。

 すぐに彼女の顔が一気に青ざめる。


 「ああ見えないな。貴様は今、刃部分が一切欠けた柄だけの剣を握っているようにしか」

 そう、先程まで疵一つなかったエリアの剣の刀身がいつの間にか粉末状になっていた。


 実は光竜は語っている間に、振動系魔法でエリアの武器を破壊したのだ。


 喉が引き攣ってしまってるエリアは、少しの間俯いて静止した後、

 「申し上げましたか? 今所持している武器が大振りの剣だけだとっ・・・・・・!」

 自分の太ももに巻いたベルトの鞘からナイフを抜き出し、素早い動きで正確に標的に向けて投げ飛ばした。彼女は、双剣の得物がもしも消失した時でも武器無しにならないよう、小型の武器をすその陰に忍ばせてあったのだ。


 その飛来する小さな刃にも、もちろん次元を切り裂く効果を持つ。

 自分めがけて迫りくる刃に、光竜はため息一つついて、指を鳴らすよりも簡単そうに、自分の手前に魔力の竜巻を発生させて防御しようとする。

 だが、


 「ストラっ! 正気に戻ってください『逆射バックショット』をっ・・・・・・!」

 エリアの一喝に、光竜の恐ろしさに脳内真っ白になっていたストラは気を取り戻し、すぐに状況を把握して、光竜の血管や魔力管を破壊するために能力を発動した。


 本来光竜が主導権を握っているはずの暴風が、彼の意思から離れて術者本人に殺到する。光竜の脈という脈が狂ってしまった。

 さすがの竜神でも、ストラの『逆射』の餌食になる。

 静電気が迸ったような弾ける音が、光竜から聞こえる。

 これで光竜は、防御絶対不可のナイフを直撃し、死亡するはず・・・・・・と、エリアとストラは安堵していた。

 本来ならそのはずだった・・・・・・。


 ストラの能力で怯んだように思えた光竜は、こちらに飛来してくるナイフの柄を容易く指でつまんだ。

 

 「・・・・・・そんな・・・・・・空間すらも問答無用で切り裂く攻撃を、こんなにあっさり・・・・・・しっかり『逆射』も受けたはずだろっ!?」


 首の骨を鳴らす光竜は、立ち尽くしている三人に呆れたように呟く。

「次元切断の効果を付与された武器は、持ち手まで及んでいることはほとんど無いからな・・・・・・そこを掴めば無力化は容易い」


 ストラが、呆然となっているコートを揺さぶりながらまくし立てる。

 「おい早く起きろっ! ここから・・・・・・あいつから早く逃げるんだっ!」

 やっとコートも気を取り戻した。


 「最高等の次元切断の技と脈を荒らす術か・・・・・・奇遇だな」

 顎に手を添え、何か考え事している光竜は次に・・・・・・。

 「面白いっ! ならば我も披露しよう・・・・・・貴様らの十八番の上位の域とやらを・・・・・・っ!」

 天に向かって、ナイフを持ってない方の拳を思いっきり振り上げた。


 「『驚天動地 杞人憂天』っ!!」


 (何だ・・・・・・っ?)

 術名らしきものを唱えた光竜の挙げた手の先にある空を見上げた三人は、一瞬驚き焦りだす。

 なんと上空の広範囲に、ダメージを受けたガラスみたいに、ヒビが張り巡らせるように生じたのだ。

 同時に、エリア達が立つ大地が激しく震える。転ばないのがやっとだ。

 

 「お・・・・・・おいコートっ! テレポートで逃げるぞっ!!」

 ストラが叫んだ瞬間、急速に空中のヒビが広がり、そしてガラスの破片みたいな鋭利で細かい『空間』がひょうのように空中を埋め尽くすように降り注ぎだした。

 それらは雲の雨が大地にたどり着くよりも速い速度で、地面に接触する。

 ただその空間の刃の恐ろしい点は、早く落下することでは断じてない。


 「・・・・・・っ!? この砕けたガラスみたいなものに絶対触れないでください。多分それ一つ残らず私の『終の太刀』と同じ効果が付与されていますっ!!」


 「なんだよそれふざけんなっ!?」

 

 空間の刃が、落ちた箇所に科学法則無視するよう減速することなく次元ごと貫通する。

 袖が裂け、所々かすり傷を負ったストラが舌打ちをする。頭頂部にでも被弾すれば確実に死ぬだろう。

 言うまでもないが、大量の空間の刃は、一つ残らず術者本人の光竜を自動で避けている。


 コートの能力の一つに、ダンジョンに点在するマジックストーンの元まで、自分と自分に触れている対象を空間移動するものがある。

 エリア達はコートの服を掴み、空間の刃から逃げることに成功した。


 コートが指定した場所は、ダンジョン入り口の魔石だ。つまりは谷よりも高所。

 ストラが周囲を見渡す。

 「よし、近くにあの化け物はいないなっ! エリアは無事・・・・・・コート・・・・・・おいコートどうしたっ!?」

 

 異様を察知して慌てるストラの視線先には、幼児のコートが血反吐と泡を吐きながら、呻き悶えている。

 彼の状態を、ストラは詳しく知っていた。

 「あたしの『逆射』を喰らった相手と同じ状態になってる・・・・・・」


 「もしや、竜神の繰り出したあの術・・・・・・大地が震えている所を見ると龍脈自体が狂って乱れているのですね・・・・・・そこの範囲内で魔力を使う術や道具を使った場合、『逆射』を受けた状態になるというわけですか。ストラ・・・・・・ポーションの注射器は所持してらっしゃるでしょうか?」


 「持ってるよっ!」

 ストラは胸ポケットから注射器を取り出し、コートの手首に刺した。しばらくしてコートの容態は良くなる。


 安堵しているストラは、自分達の近くにある(剣聖の斬撃で生み出された)谷の底を見下ろした。

 「エリアと私の能力を同時に発動したあの化け物も恐ろしかったが、くたばった剣聖もなんだかんだで滅茶苦茶だったな・・・・・・おい、何だあの怪物どもはっ!?」

 ストラの視線の先には、谷の底を覆うように坂を下っている多種多様大量の化け物がいた。

 大蛇みたいな巨大なハリガネタイプのムシ・頭上に茸が生えてある蟻の軍団・牛ほどの大きさを持つダンゴムシみたいな甲虫・宙を舞うクラゲ・クジラみたいに大きいピロリ菌、スライムみたいなアメーバーなどなど・・・・・・その怪物達の共通点は背骨が無い生き物であり、昆虫や細菌、バクテリアが多く占めていた。


 ふらふらと起き上がり、谷の底を見下ろしたコートは、何かに気付いた。

 「もしや、あの怪物達は・・・・・・竜神の元に向かっているのですか・・・・・・?」


 

 ※次から光竜のいるダンジョン奥に、舞台を戻します。

 エリア達に逃げられた光竜は、特に逃げられたことによる憤りなど皆無だった。

 光竜は、別に殺意を向けたこともエリア達を倒す理由もない。ただ、自分と同じ能力を持った相手を見つけて喜び、ただ何となく自分の術を見せつけるために披露しただけである。


 「・・・・・・また、あ奴か・・・・・・」

 宇宙全体どころか、その気にさえなれば異世界すらも、隅々まで知覚できる感知魔法を常に発動させることによって、光竜はこちらに向かってくる化け物の群れを、菌一匹見逃すことなくとっくの昔に把握していた。

 もちろん、化け物達の主すらも・・・・・・。


 すぐに光竜の視界に、異形の生物の津波が侵入してくる。

 光竜は忍者みたいに両手で印を結び、口元を歪めて忌々しそうに、そして嬉しそうに呟いた。

 「虫けらのアマサキスめ、神界の龍脈をすするだけでは飽き足らず、我が竜体の脳髄と五臓六腑を食い散らかしに来たかっ・・・・・・!

 召喚魔法極致『百鬼夜行』」


 空間の破片に切断された数百の次元の隙間全てから、あるいはドラゴンの群れ、あるいはだいだら法師ぼっち、鬼神、巨大コウモリ、人食い虎、グール、オークロード、輪入道、デュラハン、魚人、八咫烏、ラミア、多種多様な悪魔達などの怪物共が現在進行形で、天空と大地を埋め尽くすように這い出る。

 膨大な数を誇る怪物達の共通点は、自分の主君に忠誠を尽くすため光竜に仇なす者達を討つためではなく、絶対的な力を持つ彼を畏れて逃げるように、むを得ず戦場に向かっているだけだ。


 これにより、召喚獣とアマサキスの分裂体との野蛮な戦争が始まった。

 奴らを傍から見た様は、まるで小規模な最終決戦ラグナロク

 大蛇みたいなハリガネムシが飛び掛かってマグマドラゴンの首を巻き付け縛り、だいだら法師がクジラみたいに異様に大きいピロリ菌を踏み潰し、頭部にキノコが生えてある蟻の軍団がオークロードをあっという間に骸骨に変え、輪入道の術が空飛ぶクラゲを呪い殺し、スライムみたいなアメーバーがデュラハンを丸呑みにし、鬼神の拳が牛ほどの大きさを持つダンゴムシみたいな生き物を粉々に砕く。


 光竜もただ傍観しているだけではなかった。

 エリアから奪い取ったナイフを上空寄り前方に投げ飛ばす。もちろん次元切断の効果は付与済み。

 投げ飛ばされたナイフは、鋭い直線の軌道を描くよう、味方のドラゴンと八咫烏と敵方のクラゲと巨大カタツムリを巻き込むよう貫通した。

 減速することがなくそのまま突き進むナイフは、厚い岩壁を貫き抜け、広い溝を越え、ついに海竜皇の屍に座っている緑髪の女性の喉笛を的確に刺した。

 首に風穴を開けられた彼女は「あ・・・・・・うっ・・・・・・」と呻いた後、仰向けに力なく倒れる。

 そしてある程度時間が経った後、彼女の口からムカデが這い出て、頭から茸が生え、肌から突き破るよう蛆が湧き出て、・・・・・・【グロすぎるので自主規制】

 ムカデの口から美しく妖艶な女性の・・・・・・もとい死んだはずのアマサキスそのものの声で呟く。

 「光竜ちゃん・・・・・・この人型のも分裂体の一人でしかないのよ?」


 本来声の音が届くはずがない程、アマサキスから距離が離れているはずなのに、光竜は彼女の言葉に返答した。傍から聞けば独り言みたいに。

 「わざわざ言われなくても分かっている・・・・・・今度こそ駆除しきってやるぞあばずれの害虫が・・・・・・っ!」


 現在、百鬼夜行側の怪物の軍勢が、アマサキスの分裂体達を圧倒していた。

 ただ、

 「ふむ・・・・・・? 貴様らどこに行く」

 人食い虎や巨大コウモリ、グールが敵の群がいるのとは全く別の方向に全力で駆けていた。

 まるでそいつらの行動は、光竜を畏れてるから逃げるというよりかは、獲物か何か香しいものを嗅ぎつけ辿っているように見える。

 光竜は、自分の意に反する怪物達の向かう先に目を配った・・・・・・その瞬間。


 「ぐっ!?」

 何者かのか細くも筋肉質な片腕に、光竜の首が絞められ巻き付かれ、そのまま飛翔した何者かと一緒に空高く連れていかれる。

 奇襲だ。

 首筋に強い圧迫を受け、無理やり上空に押し上げられた光竜の脳裏に、疑問が浮かび上がった。

 (恐らく先程までここから東南遠方にいた巨大エネルギーの持ち主が、山脈二つと湖を越えてきて我に攻撃を仕掛けてきたな・・・・・・!

 だがまさか【魔力等封印状態であるとはいえ】我が敵の接近を許してしまうとは・・・・・・おもしろいっ!)

 光竜は実力者との邂逅に、不敵にも笑ってしまった。

 ダンジョンだった谷を飛び越え、雲上にたどり着いた何者かは、


 「『ゲルタベラリアッ~ト』っ!!」

 腕で絞めている光竜を振り下ろすよう遥か遠くまで投げ飛ばした。

 ほぼ水平に落ちている光竜は態勢を取り戻す動作もせず、ただなされるがままになっている。

 (さて空中に急停止し、不遜にも我に締め技を繰り出した塵をすぐさま消し去るのは容易いが、それでは興醒めだ・・・・・・。

 強者と長時間戯れるのもまた一興)

 丘や荒れ地の上空部を彼は過ぎ、最終的に・・・・・・。


 

 ※次からは人間達が住む国まで視点を変えます。

 舞台となるその建物は、山頂部に建てられていて、胸壁付き外壁が二重に囲まれており、中央部に円錐又は半球の屋根を持つ荘厳で壮麗な高い塔が複数並んで構成されているもの・・・・・・つまりは王城。


 「王様を地下室の避難部屋まで案内したか?」


 「はい。勇者様は如何いたしますか? 我ら騎士団はこれから城下町の方々を安全な場所まで避難誘導いたしますが・・・・・・」


 城内の書庫出入口前の回廊にて、黒髪の勇者と騎士の一人が相談していた。


 「もちろんドラゴンと思しき異様な魔力を持つ怪物の討伐に向かう気だ。

 竜王以上に危険な脅威を野放しにしていては、無垢な人々の命が危険に晒される・・・・・・それだけは許容できない」

 (くそっ・・・・・・どうなっている、竜王やバハムート以上の実力者が複数、ここから東にある国境ら辺に集まっているだとっ!! ・・・・・・杏華、どうか無事でいてくれ・・・・・・っ!)


 「なんと勇敢な・・・・・・勇者様どうかご武運を・・・・・・是非無事にドラゴンが討伐されることを・・・・・・」


 騎士の言葉を遮るように、『何か』が王城の二重外壁を容易く抉り破り、勇者達がいる塔に激突した。

 鼓膜が破れそうな衝突音が城中に響き渡り、暴風と土埃が舞う。

 この衝撃により、司書は吹き飛ばされ、メイド二人が瓦礫の下敷きになった。

 (※ちなみに大地や建物の強度を飛躍的に上げる竜王達の『大陸防壁』の魔法がもしも無かった場合、城どころかそこの山ごと吹き飛ばされ、深く広いクレーターが生まれています。)


 「な・・・・・・何事ですかっ!?」


 「て・・・・・・敵襲かっ! すぐに他の騎士達と駐屯している冒険者達を呼べ!!」


 勇者が、驚き慄いている騎士に呼び掛けるタイミングで、彼の・・・・・・城にいるみんなの喉と腹が引き攣り、冷や汗を全身から噴出させ、背筋が凍った。

 なぜなら、勇者達の視線の先にいる、頭部に竜の角が生えている男のオーラに炙られたからだ。

 その男・・・・・・光竜は尻もちをついた状態で、自分の服についている埃を手ではらっている。


 (ななな何ですかこの滅茶苦茶な魔力量は・・・・・・っ!? 私が対峙した獣王とは二桁も三桁も違う程質が高く膨大だなんて・・・・・・だめだ、どうすれば助かるのか全然思い浮かべないっ!!)


 (まずい、早く非戦闘員を避難させ、援軍を呼ばねば・・・・・・っ!)


 勇者が恐怖で震えながらも、背の鞘に装備している鞘から両刃の剣を抜く。

 そのタイミングで、


 「やれやれ勇敢と無謀は似て非なるものだ。そこの勇者殿、光竜殿に攻撃するのを控えることをお勧めする」

 書庫で本を立ち読みしている五十代後半の男が、勇者に抑止の言葉を投げる。

 その男の特徴は、頭頂部の髪がトウモロコシみたいな三つ編みのコーンロウで、側面と後頭部の髪は魔方陣をモチーフにしているバリカンアート。

 服装は単一色の着物で、懐から袖を通していない左手が出している。その左手で本を持っている。

 袖を通している右手には、様々な文明のレリーフと文字が刻まれてる錫杖を掴んでいた。

 

 (・・・・・・何時の間に現れたんだこのおっさんはっ! 問題は、彼がこちらの敵か味方か・・・・・・)


 長考している勇者を他所に、立ち上がっている光竜は首を鳴らしながら語る。

 「ふむ・・・・・・見たところ貴様もアマサキスや肉弾使いと同様、及第点越えの戦闘力を有する曲者だな」


 「過大評価の称賛とは心苦しい、私はただのしがない魔術師といったところだ」


 「謙遜はよせ。この光竜が強者と認めたのだから、むぜひ泣きながら狂喜乱舞しろ。

 ところで貴様も我に挑むために参ったのか?」


 「それもあるが、実は光竜殿の魔法を是非拝見したくてな・・・・・・その前に・・・・・・」


 ああ、と相槌をうった光竜は右腕で、外から奇襲してきた少女のドロップキックを受け止めた。

 彼女の蹴りの威力は尋常ではなく、光竜が立っていた床がめり込み、衝撃波が発生する程だ。


 「まずは肉弾使いの飛び蹴りを対処しなくてはな・・・・・・だろ?」


 「プロレスオタクのゼクロ、戦場パーチィーに参上っ! 光竜よ、あたいの釣り天井固ロメロスペシャルめを受けてみるのだぁ!!」

 肉弾使い釣り目なゼクロの特徴は、ボクサーパンツと【FREE EATがプリントされた】タンクトップを着ている小麦肌の少女。

前左髪のみ首元まで伸びてロープ程の太さを持つドレッドが生えており、他の髪は深くバリカンで剃っていた。髪色は灰。

 

 (ふむ・・・・・・敵対している実力者三人の内、明らかに接近戦特化が一人・・・・・・)

 少し戦況を脳裏で整理した光竜は、別空間から中国風の諸刃の剣を取り出した。


 「十束剣とつかのつるぎ 『天魔』」

 その剣はそこらの妖刀や魔剣とは比べ物にならない位の名剣で、神々や魑魅魍魎を次々に切り伏せた伝説を持つ魔性の神剣である。


 光竜が得物を装備したタイミングで、ゼクロは「柏欄はくらん! こっちも『あれ』をっ!」を呼び掛ける。

 柏欄と呼ばれた魔術師は読んでいる本を閉じ、一回錫杖を鳴らす。

 そうしたらゼクロ手前のフローリングの床に魔方陣が表れ、すぐにそこから一人の魔族の男が現れた。


 「ZZZ・・・・・・ゴーヤチャンプル」

 魔方陣で口寄せされた彼は、間抜けな顔して仰向けで熟睡している。

 

 それに対し、光竜は熟睡している彼の異様さに、眉をひそめた。

 (なんだこの魔族は・・・・・・こいつからは、魔力・呪力・妖力・霊気・神気・超能力微弱波が微塵も感じられない。生命力しか感じられない。本来ならどんな下等の魔族であれ魔力は含蓄されているはずだし、木々や石ですら例外なく霊気を宿しているはずである。

 そして・・・・・・)

 光竜は、黒髪おかっぱの魔女を思い出しながら、防御特化の構えを取る。

 (最悪の魔女・・・・・・賢烏よりも確実に強いっ!?)


 驚いている光竜を前に、ゼクロは寝ている男の足首を掴んで持ち上げ、次にフレイルタイプのモーニングスターのごとく魔族の男を激しく振り落とした。

 「うぉりゃぁあああぁああああああぁああああっ!!」


 「ZZZ・・・・・・ん? へっ? ぎゃぁああああああああああぁあああああっ!?」

 

 こちらに向かってくる男を、光竜は剣の刃で受け止める。

 (・・・・・・ぐっ、想像以上の威力だ・・・・・・舐めてかかれば無事では済まないな)


 「ねぇここどこっ!? おれ様ただベンチで寝てたはずだよねっ!? 一体どういう状況なのこれっ!?」


 光竜は一歩ジャンプするよう退いた後、斬りかかる。

 「おいどこのどいつか知らねえが、おれ様の足首から手を離せっ! せっかく人が気持ちよく寝ていたところによォっ!」


 それに対し、ゼクロは魔族の男を両手で掴んで盾にして、大きく踏み込んだ光竜の鋭い剣戟を防御した。

 「痛ぇっ! えっ? おれ様が痛みを感じるってなかなかレアな事よ? ということはてめぇら賢烏並みのクラスだな、ってか、おれ様を使って喧嘩するんじゃねぇっ!!」


 「くぅ・・・・・・まさか光竜がここまで強いとか、あたいちょっと舐めてたよ」


 「我の実力を軽視したとはなんという不遜。ゼクロよ・・・・・・この『天魔』の錆にしてくれようぞっ!」


 「っえ、てめぇ光竜って言ったか? あの竜神の中でもトップの光竜!? それとゼクロはたしか『子狐狩り(ハウンドドック)』・・・・・・『子狐狩り』と光竜喧嘩するって、世界滅亡案件じゃねぇえかぁあああああッ!?」


 「おら行くわよっ!」 「望むところ・・・・・・」 「人の話を無視してんじゃねぇええええっ!」


 光竜の『天魔』の横薙ぎと、ゼクロの魔族のジャイアントスイングが同時に交わった!

 お互いまだ怪我を負っていない。

 ※ちなみに勇者達は、光竜達の戦闘をただ茫然と眺めることしかできない。逃げようとしたら彼らに殺されることをひしひしと感じていたからだ。


 「・・・・・・なんだと?」

 光竜の眉が微かにひそめた。

 なぜなら光竜の神剣『天魔』に、微かにヒビが入ったからだ。

 「その魔族の体・・・・・・なんという強度を有しているのだ。そしてそれを扱う者もなかなかの手練れ・・・・・・」

 

 「おい魔術師よ、貴様先程我の術を拝見したいと申していたな・・・・・・」

 一旦攻撃の手を止め、魔術師の方を向いた光竜。

 魔術師の方も「間違いない」と肯定する。


 「ならばいいだろう・・・・・・最近考案したとっておきの空間魔法を披露してやる」

 剣を持っていない方の手で、印を結ぶ光竜。

 彼は、自慢げに口元を歪めて術名を言い放った。


 

 「他界魔法 『不倶ふぐ戴天たいてん』」


 ※※※

 


 前後左右見渡しても殺風景な火山地帯しかないし、見上げても青白い太陽が燦燦さんさんと近距離で照らしているだけだ。

 ゼクロ達がいる場所には酸素は一切なく、代わりに地中から毒竜すら忌み嫌う程質が悪い毒ガスが噴き出し、深海魚をぺちゃんこにする程気圧が異様に高く、放射線耐性が高いはずのクマムシがすぐ死ぬほど放射線が溢れている。重力は地球の十倍程。

 火山の石ころ一つ一つに、近くにいる生物を呪い弱らせる効果を持っており、ご丁寧に次元渡航魔法・超能力が使えなくなる特殊電磁波【鉛の壁だろうが問答無用で透過する】がはるか三億光年先にある星から発せられていた。


 「だぁああああっなんだこのふざけきった異空間はっ!? 本気であたいらを殺しにかかって来てるじゃねぇかぁああああああああああっ!!」

 毒ガスが溢れる空間にて、本来酸素が無いといけないゼクロが、元気そうに不満をぶちまける。


 『不倶戴天』・・・・・・敵対している相手をこの世界とは別の、自身が創造しておいた異世界を相手に転移させる術だ。仮にこの世界で敵対者が死んだ場合、その霊魂は原則冥府に行けずこの世界から半永久的に出られない。

 そして、この術の恐ろしいところは・・・・・・。


 『さて貴様らに流星群でも贈呈しようか考えたが、いささかありきたりな通常攻撃だしな。

 まずは肩慣らしに『杞人憂天』でも披露してやろう』

 光竜が、今ゼクロ達がいる空間とは別である元の場所の書庫から、彼女達に向けて念話テレパシーで言葉を伝える。

 彼の念話が終わったタイミングで、ゼクロ達上空の空間に、空気が漏れるような音と共に覆いつくすよう亀裂が入りだした。同時に彼女達が立っている惑星そのものが揺れ震える。

 すぐにその空間そのものが、細かく剥がれ落ち、次元を切断しながらゼクロ達めがけて雨霰あられのように降り注ぐ。

 今回の『杞人憂天』は、前に光竜がエリア達に披露したものとは段違いに多く、空間の刃同士の間隔自体が非常に密集している。

 

 書庫に置かれた椅子にくつろぐよう座っている光竜は、机上にて『魔剣』を置き、頬杖をつきながら、自身が前に創り出しておいた世界を超遠隔視魔法で鑑賞していた。

 「まさかこの程度の小技で、根をあげるなんてことはないだろうな?」


 落下してくる透明の刃に、チンピラは本来触れられない物でも触れられる効果を付与した拳で迎え、ゼクロはチンピラの背に隠れて盾にしようとする。

 魔術師柏欄はというと、

 「ああ、光竜殿のご期待に添えさせて頂こう・・・・・・」

 呪文を唱えながら掴んでいる錫杖を一回鳴らし、左拳を現在進行で崩れている天に向かって、掲げて広げた。

 

 『ほうっ?』 


 すると掲げられた彼の拳の上部虚空めがけて、崩れた空間の刃が渦を描くように集まってくる。

 引力が発生してあるのだ。

 無数にあったと思われる光竜の攻撃を、一つ残らず魔術師は自分の手先虚空に呼び寄せ、そして次に、ガラスの塊みたいになった巨大な空間の刃を、そこら辺の地面に捨てた。

 落とされた空間の刃の塊は、地面を貫通し、ゼクロ達の視界に消える。


 「先程の貴様とエリア殿達の戦闘を拝見していた。

 貴様の『杞人憂天』によって生じた空間の刃は、空気抵抗の影響は受けないが、引力の類となれば話は別・・・・・・貴様のあの攻撃は地に向かって落ちていったのだ。つまり重力魔法で集束させて対処すればさほど脅威を感じない」


 『成程、一見だけで空間の刃の特性を見抜くとは。だが『杞人憂天』の効果は次元切断だけではないのだが・・・・・・なぜ貴様の脈が傷んでおらんのだ?

  待て、みなまでいうな。恐らく狂った星の龍脈の流れを貴様は察し、あえて致死にならない程度に自分の血流や魔力等を何らかの方法で乱した後にて重力魔法を発動。

 『杞人憂天』の効果で本来逆流して暴れまわるはずの貴様の血流や魔力等が、前もって乱しておいたおかげで魔法発動後に正常の流れに戻った・・・・・・そんなところだろう。

 血流・魔力操作をほんの少し見誤れば、体内体外所々から血が吹き荒れるというのにな』


 「少し違うな。貴殿が『杞人憂天』を発動させる前に私は魔術で自身の体内部全体の流れをg」

 そう魔術師が言い終わらないうちに、ゼクロはわがままな子供みたいに叫ぶ。


 「おい柏欄っ! あんないかれドラゴンの悪質念話テレパシーなんてほっといて、こっから脱出する方法さがそうぜっ」


 「ったくなんだぁこの世界はあ? ・・・・・・あっ?

 聖術で空間を引き裂こうとしても出来ねぇぞ・・・・・・」

 ここから別の異世界に繋がる空間の穴を生み出すために能力を使うチンピラだが、うまく成功しない。

 そう、光竜は天使達や聖獣らが使う聖術の対策を、もちろん取っている。


 『まさか我が貴様らを逃がすのを許すと思うたか?

 せっかく稀な及第点越えの実力者達に、聖術を行使できる奇妙な魔族を捕らえたのだ。

 このまま我の新たな術のモルモットに・・・・・・』

 機嫌良さそうにテレパシーで語っている光竜は、彼女らの態度を眺めて次第に眉をしかめる。

 『何をやっておるのだ貴様ら・・・・・・』


 「いやだってぇさぁ、どうぜ何やってもあたいら出られないだろ?

 魔法魔術の天才柏欄が何か策があるなら、とっくにあたいらここからおさらばしてるって。

 でもそうじゃないからなんもできない、しない。なあ柏欄っ、そうだろう?」

 毒ガスが超高濃度に充満している地表に、寝転がりながら弁明し、同メンバーに質問するゼクロ。


 「いや全くないわけではないがな。

 ただ最高位の竜神が創り出した世界を訪れれたことに際し、私は猛烈に感動しているっ!

 しばらくここに滞在してもよいかっ!? 是非この世界について調査・研究したいのだっ!」

 返答しながら、近くにいる者に対し凶悪な呪いをかける石を、嬉々として次々に収集する魔導士。


 「いやっほうっ! この世界最高だぜあの忌々しい要生風さんそが全くねえっ!

 もうおれ様ここに住んじゃおっかなー」

 重力が元いた惑星の十倍、マリアナ海溝の底よりも高圧なこの星で、元気よく駆けるチンピラ。


 本来まな板の鯉同然の敵達が、自分の創った世界で舐めた態度を取ったせいで、光竜はこめかみに青筋を立てて震えている。

 余談かもしれないが光竜の憤りのふるえと同調するよう、光竜が今いる世界全体の空気が緊迫し、地が揺れていた。


 「そうか・・・・・・気に召したか・・・・・・それは良かった。

 では他の術も次々に披露しなくてはならないなっ!!

 『鳴山めいざん奔鼠ほんそ』っ!」


 ゼクロの背後に、どこから湧いたのか可愛らしいネズミが十数匹現れ、お互い散るよう走り出す。

 そのネズミは見かけは灰毛のピンク色の尾を持った外見は、普通のネズミだが、走る速度が音速をはるかに超え、踏んだ場所からことごとく、常軌を逸する程激しい地震が起きる。

 大災害クラスすらもはるかに危険度を超えるその地震のマグニチュード値は20。

 ちなみにネズミ達自身にも、振動エネルギーを荒唐無稽な程膨大に含んでいる。


 補足説明・・・・・・マグニチュード値は一つほど増えると発されるエネルギーは前の31,62倍になり、二つ増えるに至っては千倍に届く。

 条件にもよるがマグニチュード値7で大災害扱いされ、机上の空論だが12に届くと地球が割れるらしい。


 彼女らのいる星は、地球より遥かに質量と強度を持っているので割れることは起きてないが、ところどころの地表に深い亀裂と断層が生じ、火山が噴火してマグマと火山灰と火山礫が火口から溢れる。


 「むぅ流石にこれは・・・・・・っ!?」

 滅茶苦茶な揺れを直撃した魔導士の身体衣服全てが、原子レベルで粉々に砕けた。


 「こ・・・・・・この程度であたいを殺せるとでm」

 絶大なエネルギーを纏っているネズミの体当たりを、腹に喰らったゼクロは、両腕で胸前を遮るよう防御態勢を取ったのにもかかわらず、強力な重力を振り切るよう遥か彼方・・・・・・星の外気圏を容易く超えて吹き飛ばされた。

 さすがに丈夫な彼女でも、吐血してしまう。


 「大丈夫かあいつら? ・・・・・・まぁ子狐狩りがこの程度でくたばったら神々共は苦労しねえよな。

 それにしてもネズミ共がマグマにでも触れて、火傷したらどうすんだクソがっ! てめぇの眷属だろ大事にしろっ!」

 悪態をつきながら、暴れるネズミ達全部を集めて保護するチンピラ。


 『少し本気を出そう。『きゅう位禍  しょくいん』』

 光竜が術名を唱えた瞬間、本当に刹那の時間、ゼクロ達がいる不倶戴天の世界全てが、大気中水中地中真空中関係なく、生物の体温を除いて温度が最低でも二万度以上に上昇する。


 「あちぃっなんだこりゃぁっ!?」

 肌全体が火傷を負ってしまうゼクロ。

 魔導士柏欄がいたとこには、淡く輝く青色の0と1が大量に、空中に点滅するよう発生していた。


 『ふむ・・・・・・やはり我は火炎や熱系の魔法が少々苦手だな。

 代わりに氷結系はどちらかと言えば得意なのだがな』


 次に不倶戴天の世界全域が、太陽等の外的影響を無視し、上昇した高温を無理やり塗りつぶすように、凍てつく。

 その温度はマイナス273・・・・・・絶対零度そのもの。

 真空箇所は一見変わってないようにも見えるが、宇宙を漂うゼクロの体全体が凍り付き、チンピラ達のいる惑星の火山ガスが、氷の大海に変化する。

 チンピラは余裕しゃくしゃくの涼しい顔を保ちながら、自慢の膂力で自分の周囲に纏わっている氷塊を次々に壊す。

 ネズミ達はというと絶対零度くらいでは弱らなかった。


 『凍ったままでは不便かろう・・・・・・その氷溶かしてやろうか。

 『七位禍 こうげい』タイプは熱湯』


 チンピラの上空から複数の輪っかの虹が現れたかと思えば、その虹の輪から地球に存在する大海が微少と錯覚させるほどの膨大なお湯が噴き出し奔流し、絶対零度の氷をことごとく溶かす。

 そのお湯は、H20でない特殊な液体なせいなのか、どんな熱を加えようとも蒸発することない。

 一分にも満たない時間で不倶戴天の宇宙が光竜の水魔法で満たされた。

 その水流によって、ゼクロは元いた惑星に無事(?)帰還。


 激流に呑まれ、ひっしに岩に掴まっているチンピラを、光竜は見下しながら次は雷属性の魔法を発動させる。

 『『よん位禍 駆雷』』

 槍の形をした超高電圧超大電流の雷が、彼らの近くに発生し、宇宙中を雷鳴と共に駆け巡り拡散し、虹霓の水全てを電気分解で水素と酸素に分け、数億の惑星の表面全てとゼクロの体を焦げさせる。

 この雷は、燭陰によって起きる熱波の数兆倍のエネルギーを、孕んでいた。


 『『炎属性 気炎万丈』』

 次は単純な炎の矢だ。不倶戴天内に放たれたその火は、漂っている酸素と水素に引火し、宇宙空間全域に強烈な爆発で埋め尽くす。


 「次はさん位禍でも発動してみるか・・・・・・ん?」

 書庫の席にくつろいでいる光竜は、こちらの後ろ頭上に迫りくる両刃の剣に気付き、『天魔』の刃でその凶刃を遮る。まあ例え奇襲をもろに受けたとしても彼に関しては、虫に噛まれたほどにも効かないのだが。

 「どうも別の世界に意識をやると、自分の近くの注意がおろそかになるな。

 ・・・・・・何の用だ小鬼よ?」


 席を着いたまま背後を振り向いた光竜の先には、竜王軍幹部の一人である、レベルがカンストしているゴブリンが、嬉々として臨戦態勢を取っていた。

 ゴブリン娘が無謀にも光竜に奇襲をかけたことに、立ち尽くしている勇者達の怯えと緊張感が、ますます強まっていく。


 「わあお兄さんけっこう強いでしょ? 見ただけでわかるもん。

 ボク最近ゾンビ擬きやピーチクパーチク烏の雑魚な相手ばかりしていて、強い奴と闘ってなくて欲求不満なんだよね?

 もちろん手合わせしてくれるよね?」


 ゴブリンの興奮している早口な言葉に、光竜はため息一つ。

 「なぜ我が、貴様のようなレベルだけのゴミと戦わねばならぬのだ・・・・・・?

 代わりを用意してやるから、そいつらと戯れていろ。

 眷属の幹部一人ぐらい倒せたら相手してやる。『百鬼夜行』」

  

 光竜の両側の空間に、別世界と繋がっている横穴が割かれるよう開き、そこからコボルトやドラゴン達などの怪物が次から次へと大量に湧いてくる。


 大量の怪物を目のあたりにした城の関係者は、勇者や兵士達は表情を歪めながら武器を構え、非戦闘員は絶叫しながら逃げ惑う。


 「え~雑魚と闘えっての?

 めんどくさいなぁ~。さっさと片付けt・・・・・・」

 不満そうなゴブリンの愚痴は、最後まで言い終わらなかった。

 なぜなら・・・・・・。


 「『百鬼夜行 及第捨て駒衆が一人、走狗そうく・・・・・・参るっ!」

 猛烈なスピードで駆けてくるコボルトが、ゴブリンの懐に入り、得物にしている長大なスコップで彼女の頬に、強烈な一撃を加えたからだ。


 殴り飛ばされたゴブリンは、城内の複数の部屋・二重の外壁を突き破り、山や丘や湖を越え、ウェーデンス国のマーロ街に、激突するよう着地する。

 ゴブリンが落下したギリシャ風の白い街は、衝撃波によって大範囲の建物が瓦礫の山に変貌し、ミンチになった大量の人々が吹き飛ばされた。


 「・・・・・・ましな方のパシリがいるみたいだね?

 ちょっとくらいは楽しめるかも?」 

 新たにできたクレーターの奥で起き上がったゴブリンは、土埃を纏いながら頬をほころばせる。

 もちろん先程の打撃程度では、彼女は微かにしかダメージを受けてない。


 座り込んでいるゴブリンの目の前に、走狗がひとっ跳びで現れる。


 「さて、光竜様のために敵は排除させて頂こうか」


 「そう簡単にくたばらないでね♡」


 ※次からは、舞台を城の書庫に戻します。


 光竜は、戦闘員達の雄たけびと、非戦闘員達の悲鳴を耳にしながら、意識を不倶戴天の世界へと向けなおした。


 「・・・・・・ふむ?」


 自分が創りだした世界を、何かを探すよう隅々まで超遠隔魔法で眺めた光竜が、少しだけ怪訝になる。

 なぜなら・・・・・・。

 

 「ゼクロと柏欄はどこに消えた?」


 本来脱出不可能であるはずの不倶戴天世界に、彼は不貞腐れて寝ているチンピラとネズミ達しか見つけきれなかったからだ。


 場面変わって、竜王城の地下。

 石畳に魔方陣をろうで焦って描いているバハムートと、それを見守るリリスがいた。

 そう彼らは光竜の魔の手から逃れるため、少しでも安全な異世界まで逃げようと企んでいたのだ。

 もちろん自分達の主君と同僚らに、逃亡の誘いもしていない。見捨てようとしているのだ。


 「もう早くしてよねぇ~バハムート!

 光竜って、とある古文書に書かれた伝承が事実なら、世界一つ滅ぼすのも造作もないはずよっ!」


 「分かっていますよ焦らせないでくださいっ!

 手元が震えてしまいますっ! 魔方陣の文字列が少しでも間違えたら、変なとこにワタクシ達、飛ばされてしまいますよ!」


 バハムートが言い終えた瞬間に、床に描かれた魔方陣から、淡い光が溢れる。

 あとはこの魔方陣目掛けてまぶたを瞑って飛び込んで目を開けたら、こことは別の世界が見渡せれるはずだ。

 当然の如く、彼らは今いるこの世界からすぐに去った。


 気が付くと、彼らは薄暗い和室にたどり着いた。

 どうも彼らが今までいた世界から科学文明が進んでいる場所みたいで、照明や業務用エアコンなどある。


 バハムートは、なんかこの世界に来た瞬間に、下方から陶器が割れる音が聞こえ、足裏にはさらさらとした髪の感触がある。


 「バハムート~・・・・・・貴方今、人間の頭を踏んでいるわよォ?」


 リリスが言うとおり、彼は正座していた黒髪おかっぱの女性を足蹴にしていた。

 彼女は先程まで、タブレットの映像を鑑賞しながら、お茶を飲んでいたみたいだが、バハムートが乗っかってきたせいで、着ていた袴にこぼしたお茶がかかっており、湯飲みが粉々に砕けていた。

 傍から見れば、失礼極まりない。


 まあバハムートやリリスにとって、大概の人間共は虫けらと同等の下等生物としか思ってないので、どこの馬の骨も知らない人間を踏みつけにしようが、死なせようが、毛ほどにも気にしないのだ。


 「・・・・・・黒髪おかっぱ・・・・・・そして体内に流れる魔力の高い質・・・・・・まさか・・・・・・」


 しかし今回の場合は違った。


 バハムートは丁寧に、そして迅速に彼女の頭から降りる。

 そのタイミングで、黒髪の女性はさっきまで踏まれたのにも関わらず、穏和そうに彼らに話しかける。

 「こんにちは、悪魔の皆さん。

 何か私に御用でございましょうか?」

 語っている彼女の顔は、人畜無害そうに優しそうで、声色はとても柔和だ。


 尋ねてきた彼女に、リリスはとげのある言葉で返す。

 「下劣猿ニンゲンの分際で、あたし達に話しかけるなんて、とても勇気があり愚かなのねぇ~貴方。

 殺されたくなかったらここがどこかさっさと教えなs」

 しかししゃっべっている途中の彼女の口を、バハムートは脂汗を流しながら掌で強引に閉じる。


 (リリスさんっ! すぐに彼女に頭をお下げなさいっ! 絶対口答えもしないことっ!!)


 (はぁっ!? バハムート何を言っているのよぉ~!? なんであたしがただの人間相手に、頭を下げなきゃならないのっ!!)


 黒髪の女性に聞こえぬよう、バハムートとリリスはテレパシーで情報共有する。


 (ただの人間じゃないんですよ彼女はっ! 憶測ですが、彼女の正体は・・・・・・)


 バハムートの心の内を読みこむよう、黒髪の女性は、タイミングよく自己紹介した。


 「あら、私のことを申した方がよろしいのかしら?

 私は賢烏・・・・・・化学や機械工学などに精通した魔女でございます」



 ※次からは、ダンジョンだった谷のふち側に休むエリア達の方まで、舞台を変えます。


 「コート・・・・・・体の調子はもう大丈夫ですか・・・・・・」


 「ええ、ストラさんのポーションのおかげで、今は気分も良くなりました。

 少しだけ休めば問題なく立ち上がれます・・・・・・」


 アポートによって取り寄せられたストラの寝袋に、コートは借りて包まっている。

 腕を組んで木にもたれかかっているストラは、横になっているコートを見下しながら尋ねる。

 「・・・・・・これからどうする・・・・・・?」


 「どう・・・・・・とは」


 「竜神のことに決まっているだろ。

 勝ち目が見えない戦いに挑むのか? それとも指を咥えて世界の終焉でも眺めるつもりか?」


 「・・・・・・彼が、この世界に災いを必ずしも及ぼすと決まったわけではないのでは?

 危害さえ加えなければ、大人しく彼は元の世界まで帰ってくれるかもしれません。

 現に、彼からはこちらに攻撃をしたものの、殺意が一切感じられませんでした・・・・・・」


 ストラは 楽観的だな と言いたげそうに舌打ちしてコートの方から、何か目が充血して咳き込んでいるエリアの方に視線を移す。


 「私は傭兵です。世界平和を掲げる正義の勇者でも、国を護る騎士でもない・・・・・・。

 無報酬の仕事では、私は基本的に動きません」


 「ではこのわたくしめが、白金プラチナ貨と金貨が詰まった袋を、貴方達の前に積ませて頂きましょう・・・・・・」

 エリアが語り終えた時に、彼女たちの傍から、高飛車そうな女性の声が届く。


 殺気を漂わせ、警戒しながら声の元に振り向いた二人の目の前に、彼女達にとって見知らぬ三人組が現れる。


 一人は、ロングドレスとティアラとヒールを身に着けた巻き毛の女性。

 二人目は、数珠や装飾品を至る所に身に着け、杖を突いて歩く法衣の老人。

 三人目は、見た目の年齢は五十代で、背中から純白のコウモリの翼を生やしている、中世的な顔立ちの神秘的な亜人。


 「何者だてめぇら・・・・・・」

 回転式拳銃リボルバーを収納空間から手元に取り寄せ構えるストラは、怪しげな相手に威圧的な口調で質問する。


 「あらまぁ、なんとも古臭くて安そうな拳銃だこと・・・・・・」

 銃口を向けられているにもかかわらず、巻き毛の女性は口元に手を添え、上品に、そして嫌みったらしく微笑んだ。


 「どうやら死にてぇみたいだな・・・・・・」


 ストラが拳銃の撃鉄ハンマーを引き起こし、この場の空気がますます緊迫する中、コウモリ翼の亜人が仲裁する。

 「争い事は辞め給え、汝らよ・・・・・・今は我らが手を合わせ、竜神を追い払うのが先決ではないのかね?」


 「わしらは、お主達に共闘を申し出たのじゃよ」


 コウモリ翼の亜人と老人の言葉にも、ストラは拳銃を下ろさなかったのだが、引き金を引くこともなかった。


 巻き毛の女性が、自分達にについて紹介する。

 「コウモリの翼の彼(?)は、聖王アンチヘル クラウンバット。

 おじいさんの方は、法王モルセヌ ゴルグレゴ。

 そしてこの私めは、銃火器の扱いに長けたウェーデンス国現国王カンディナウィアス バルタースなのですわよ・・・・・・!」


 「聖王・・・・・・? 法王・・・・・・? 隣国の女王様っ!?」


 コートが三人組の正体に驚愕し跳び起き上がる中、エリアは興味無さそうに無表情を決め、ストラは軽く吹き出した。

 「なんだいその王トリオは、何の下らないジョークだ?

 隣国の女王様がわざわざ庶民のあたしらに会いにきたってのかい?

 それに聖王なんて聖典の中だけの存在じゃなかったのかよ?

 証拠は・・・・・・!? そんな荒唐無稽な嘘、誰が信じるのk・・・・・・」

 

 やかましく言葉を並べるストラの足元に、女王はジャラジャラと鳴っている膨らんだ袋を投げた。

 

 「竜神討伐依頼の前払いですわよ? それともガンナーの貴方には珍しい銃器でもプレゼントした方がよかったのかしら?

 この私めが身に着けているティアラをご覧なさいな・・・・・・これは代々ウェーデンス国王族が受け継いだとされる由緒正しきレガリアなのですわよ。これでも信用できなくて?」


 「汝らが、我らを疑うのも無理はない・・・・・・。

 時に汝らよ。戦闘に適した効果を持つ聖刻もんしょうを各々授けよう。

 聖刻を他者に与えれる能力は聖王のみ有している・・・・・・これだけでも我を信じる証拠くらいにはなるであろう」


 「ちなみにワシが掴んでいるこの杖も、所有している者が法王だと証明してくれるものじゃ。

 ワシもサポート系の魔道具を多く有している。

 お主らの役に立てれるはずだ・・・・・・共闘を認めてくれんかのぅ・・・・・・」


 法王の申し出に、今まで黙ってたエリアは返答する。

 「わかりました。そのお誘い引き受けます。

 私達の体力が回復次第、竜神討伐を始めましょう。

 それまでに策を考えましょう」


 「まじかよ!? ってか、何あたしらのリーダーみたいな顔して、勝手に決めてんだ!?」

 そうエリアに文句を言いながら、重い袋の中身を覗き見て、頬を緩めるストラ。

 「ん? ところでなんでてめぇら、あたしらの居場所が分かったんだ?」


 「ああ、それなら法王モルセヌさんが、法螺貝型神具から天啓なる神の声が聞こえたらしいからですわよ?

 貴方達がたむろしている場所とかね。そうでしょう?」

 

 「ああその通りじゃ。なんか今まで聞き慣れぬ野太い声が貝から聞こえたんじゃ」


 「やっぱり滅茶苦茶怪しいじゃねえかこいつらっ!?」

 


 ※次からは光竜のいる書庫へと視点を戻します。


 本来インクの臭いが漂う書庫に、血生臭い香りが追加された。

 勇者がドラゴンの背を足蹴にし、軽やかに飛び回り、腰を抜かした兵士やメイドを襲う化け物達の急所を、諸刃の剣で切り刻んでいるのを、光竜は興味無さそうに眺める。


 光竜が、『天魔』を机上に置き、標的らの居場所を魔法で捉えるため意識を研ぎすましている時に、

 「ん? ・・・・・・っ!?」


 指やら腕やら膝やらの体の継ぎ目に、なんの突拍子もなく自身に激痛が生まれたのだ。

 ゴリバキボキッ・・・・・・そう、体中の関節が一斉に外れた。


 「くぅ・・・・・・っ!?」


 それだけではない・・・・・・光竜の筋肉という筋肉が攣りだしたのだ。


 実は彼は、今まで生まれて初めて筋肉が攣ったのだ。珍しいことに苦悶の表情を浮かべる。


 「脱臼と筋肉が攣ることは、傍から思われるより、強烈に辛いものだ・・・・・・」

 先程まで粒子レベルまで分解されたはずの魔術師である柏欄が、首を鳴らし、片手であやとりをしながら光竜の前に現れる。

 現在光竜の体に起こっている異常の原因は、もちろん魔術師の術が原因。


 「き・・・・・・貴様やはり・・・・・・くっ・・・・・・我の不倶戴天から脱出していたということだなっ!」


 「柏欄だけじゃねえぜよっ!」

 弱り目に祟り目が如く、軋む彼の背中に、重い衝撃が加わった。


 そうゼクロは不意を突き、横に回転しながらジャンプして、その回転エネルギーの勢いを殺さず、彼をおもいっきり踵で蹴ったのだ。


 「『ミズガルズローリングソバット!!』」


 もろに攻撃を受けた光竜は、土埃を残して、複数の部屋と二重外壁を貫き、そのまま遥か彼方へと音速よりもはるかに速く飛ばされた。


 文字通り六も七も桁が違う程の強さを誇る光竜を、あっけなく蹴りを入れるゼクロに、勇者側の人達とモンスター共は、開いた口がしばらく塞がらず、呆然と立ち尽くした。


 「いやぁ、なんとか光竜の箱庭から出てこれたなあ」


 「全くフォーマルハウトキュー殿がいなければ、私達はあの宇宙において朽ち果てるのを待つばかりでしたからな」


 ※今から十数分前の不倶戴天世界のこと。


 光竜がゼクロ達からゴブリンの方に意識を向け変えた時の事だ。

 彼女達の頭上に、一つのトラック程の大きさを持つ銀色の円盤が、なんの前触れもなく一瞬で出現した。

 その宙に停止ホバリングするよう浮いている飛行物体を見上げたゼクロは、喜ばしそうにそれに指差す。


 「ああやっと、フォーの奴、迎え来やがったっ!

 柏欄! さっさと二進体ディジタルフォーム解除してUFOに乗り込むぞっ!」


 ゼクロの声を合図に、青白く輝く0と1の群体は、中央に集まり、一人の人間へと変貌・・・・・・いや戻ったのだ。魔術師の老人の姿へと。

 修復された彼の体は、五体満足で揃っているどころか、傷一つなく、杖も衣服の方も無事である。


 彼女らの近くに着陸した巨大な円盤は、下面部から出入口らしきパッチが開き、そこからコンベアーが地面まで伸びる。


 ゼクロと魔術師は、躊躇うことも無く円盤の入り口に入った。

 チンピラも、あれはこの世界から逃亡できる乗り物だと察し、好機を捨てずに彼女らに便乗する。


 円盤飛行機の室内は、一言でいえばSFに出てくる宇宙戦艦内のイメージとほぼ同じであり、キーボード近くの虚空に半透明のディスプレイが多数浮かんでいる。

 扉は全て自動ドアで、床も壁等も滑らかな金属だと思しき人工物で構成されている。

 あと放射線や火山ガスを浄化させる光を放つ蛍光灯も天井に等間隔ではめてあった。


 見慣れないオーバーテクノロジーの電子機器を前に、目を輝かせて眺めるチンピラに、ゼクロはにこやかに笑い告げる。

 「ごめんな。これは三人用なんだ・・・・・・」

 ゼクロが親指で示す運転席には、頭部が肥大化し、海綿の髪を持つ宇宙人がいた。

 

 「初めまして。タイガ ダストシュートさん。 ワレワレは・・・・・・いえワタシはフォーマルハウトキューと申します。

 彼女のおっしゃる通り、このUFOは四人以上乗車すれば、発射することは出来ないのです」


 船内に現在いるのは、ゼクロと魔術師と運転手とチンピラ。

 このままでは、この乗り物は離陸できない。


 彼女の言葉を聞いて、チンピラはしばらく掌に顎を添え、考え込み、一つの回答にたどり着いた。

 「てめぇ・・・・・・ら、まさか最初はなっからこれが目的で・・・・・・。

 おれ様をこの世界に置き去りにするために、光竜の前に召喚したってことかっ・・・・・・!!」


 「気づくの遅すぎるよバーカ・・・・・・てめえを剣代わりに扱った時点で察しろよ。

 さて、子狐狩りでない部外者はさっさと降りた降りた」


 「いや、そんな・・・・・・」

 ゼクロは連続つま先蹴りで、チンピラを追い出そうとする。もちろん彼は毛ほども効かないが。


 「いいか? 今は一刻の猶予もねぇんだよ! 光竜に気付かれたら、せっかくの逃亡チャンスもオジャンになるっ!

 もちろん四人乗せて飛ぶことも出来ねぇっ!

 ここで言い争って、異変に気付いた光竜の攻撃受けて全滅するか、誰か一人ここから摘まみ出して三人助かるか、どっちか決めろコバンザメ野郎っ!」


 ゼクロに睨まれたチンピラは、項垂れて少し黙った後、船から出るため踵を返す。

 その足取りは重かった。


 「あっは~! なんという美しい自己犠牲っ! 子狐狩り一人殺して船外に投げれば、宇宙船発進出来て、てめえも助かったかもしれねえのに、おとなしく外道のあたいらの命を最優先させるって、素敵な博愛精神だね!

 あ、もちろんてめぇが身を引こうが、あたいらは大量虐殺をやめるつもりは一切な~いよ?

 つまりあんたが極悪人共を見逃したせいで、何の罪もない人が億単位で死んじゃうんだ☆

 もしかしたら、本当の悪人は貴方かもね、この糞野郎」


 去っていくチンピラの背に、ゼクロは嬉々として無遠慮に暴言を投げる。


 そして宇宙船は自動で出入口を閉じ、外に出ているチンピラを残して離陸し、空間移動でこの世界から一瞬で消えるよう去った。

 逃亡成功。

 不倶戴天世界は、魔法や特殊能力で敵対者が別世界を渡る効果を封じてはいるが、純粋な科学力なら例外である。

 光竜は、科学に対しての知識が乏しいからだ。


 そして現在に至る。


 「フォーの野郎は先陣きって戦うタイプじゃねえからって、あたいらを降ろしてそそくさと逃げやがったぜよ」


 「まあ光竜殿があの程度の小技で、倒れるわけはないと存ずるがな」


 「その通りだ・・・・・・」

 実は谷や山脈を複数超える程、超遠距離まで飛ばされた光竜は、誰かの生首を掴んだ状態でゼクロ達の元に歩み寄ってきた。

 もちろん攣った筋肉や外れた関節も全快している。


 青筋立てた光竜は、持っている頭部を魔術師の足元に投げつけた。

 それは、フォーマルハウトキューのものだ。絶望したような苦悶の表情を浮かべたままピクリとも動かない。


 短髪を掻きむしるゼクロは呆れたように呟く。

 「あ~もう殺されてたか・・・・・・あいつ、」


 「ここまで帰る時に、途中怪しげな円盤が天空に見えたのでな。

 機械の類もそれを扱う輩も我は好まない・・・・・・そしてやはりこやつは貴様らの仲間だったか」


 「はぁ~・・・・・・全くこいつも子狐狩りの一人だぞ? 確かにあいつ単体じゃヒキニート並みに弱ぇが、操ってるUFOだけで軍事惑星をことごとく壊滅させて征服できるくらい強いってぇのに・・・・・・全く化け物はこれだから・・・・・」

 

 「ふむ・・・・・・ということは、同じ子狐狩りの貴様らも、たかがこの程度だった・・・・・・というわけか・・・・・・」


 今度はゼクロの額に青筋が立つ番だ。


 「そうかもな? でもこれ喰らってから判断しろや世間知らず。

 『須弥しゅみせんコークスクリューブロー』っ!!」


 蹴りの次に、ゼクロは光竜の胸目掛けて内側にひねりを加えたパンチを、腰に力を入れ深く踏ん張り放つ。

 彼女の拳には、衝撃波による横軸の竜巻を纏っていた。

 光竜は難なく自身の体をずらすよう回避する。

 もちろんこれで彼女の攻撃は終わるわけもなく、光竜の足・腹・頭・肩を次から次へと狙って連撃で矢継ぎ早に繰り出した。

 勇者ですら目で追うどころか捉えきれない程素早い彼女の拳を、一撃残らず容易くあしらう光竜。


 ちなみに彼女が繰り出した全ての拳打の延長線上にある岩壁やその遥か先遠方の厚い山脈が、打撃の余波によって広範囲に、向こう側が見える程深く抉り飛ばされた。

 衝撃波に晒された山脈の断面には、空気の摩擦が原因で光を放つ溶岩に変貌している。


 魔術師も傍観を決め込む気はない。

 彼が錫杖を喧しく鳴らすたび、光竜の動きがどんどん鈍る。


 このまま受けの態勢を貫いている光竜だが、それもすぐに終了する。


 「『十束とつかの剣 幸彦サチヒコ之剣ノツルギ』」

 現在進行で回避を披露している光竜は自らの手元に、一つの得物を収納空間からアポートで取り出す。


 「な・・・・・・なんだあれは・・・・・・釣り竿?」

 呆気に取られている勇者が呟く通り、光竜が選んだ武器は棒と釣り糸と針で構成されているおよそ剣と呼び難いものであった。


 「はっは~光竜さんよぉ~さすがにあたいらを舐m・・・・・・」


 しかし『それ』はまごうことなき十束の剣の一つ。

 パンチを止めないゼクロの内頬に、光竜は釣り針を引っ掛け、そのまま棒を上下に一回のみ激しく振る。


 「え? ひゅぁ・・・・・・うひゃぁあああぁああああああああああああああああっ!」

 棒と連動している糸がひとりでに急速に伸び、そのまま投げられるみたいに引っ張られたゼクロが、城の敷地から出て、複数の街上空・茂った森、湿地帯、薄暗い荒れ地、禿山の順で通り過ぎ、挙句の果てに城を包む結界を突き破り、人間側とは別の竜王の城の謁見間まで叩きつけられた。

 

 「いへへ・・・・・・なんやここ」


 「な・・・・・・なんだ貴様はっ!? どうやってここの結界を抜けて侵入した!!」

 玉座でくつろいでいる竜王は、石壁を貫いて赤絨毯に墜落しているゼクロに動揺を隠せないでいる。


 「竜王様・・・・・・あの賊の体内には、常識では測れないようなエネルギーが隠されています!

 お気を付けをっ!」

 竜王の隣にはべっている夜叉の杏華は、この前戦った強敵ポトゾルのトラウマが脳裏に再起されたが、すぐに自身を奮い立たせ、刀の柄に手を添え、臨戦態勢を取り始める。


 「貴様っ! 何者だ!」


 杏華の横にいる獣王の怒鳴り声に、ゼクロは内頬に引っ掛かっている針を取った後、目を逸らしたまま答える。

 「何者って・・・・・・通りすがりの人に決まってんだろ・・・・・・」


 ※場面を光竜の方へと戻します。

 「『参位禍 饕餮とうてつ』」

 光竜が手加減した状態で、得物を持ってない方の手から灰みたいな黒い粉末を、魔術師目掛けて生み出し放つ。

 灰を被った彼は、断末魔を放つ暇もなく杖や装飾品が消失し、衣服にそして体全体が腐り落ち、一時は塵と骸骨に、そして最終的に青く輝く0と1の集合体へと変貌した。

 そう、光竜以外のプラズマ気体液体個体霊体を問答無用で腐食させる灰を散らし、浴びせた生物のエネルギーを術者が自動で吸収・魔力へと変換し、金銀財宝の類のみを腐らせずに術者の金庫へと送る魔法だ。


 「『はち位禍 女媧じょか』」

 光竜が術名を唱えた瞬間、ここからはるか遠方にあるはずの竜王城の側に、ラミアみたいな下半身が蛇でできている女巨人型の土人形が生まれた。

 ちなみにその土人形の大きさは雲を見下ろせる程で、ゴドキンより少し巨体。

 もちろんこの術も光竜は極限まで手を抜いている。

 参位禍も捌位禍ももし彼が本気を出して発動すれば、この世界全体が荒れ果てるからだ。



 「なんだあれはっ!? ゴドキン以外で、かの巨大なゴーレムが存在していたとはっ・・・・・・!」

 たった今破壊された壁の穴からのぞけれる土人形を見上げた竜王は、驚嘆する。


 竜神の中でもトップである光竜のとっておきの術が、巨大な土塊を生み出しただけで終わるわけがない。

 女禍土人形が竜王城に向けて指を指したかと思えば、老若男女の武装した人間達が、示された指の先から次々絶え間なく出現し、雄たけびを上げながら竜王城内に侵入してくる。

 たかが十数秒程で城の周囲を囲めるほど兵が増えて揃う。


 「て、敵襲だっ! 獣王・・・・・・早くティルル達と四天王と雑兵を向かわせろっ」


 はっ! と承知した獣王の声を聞きながらゼクロは、意識を研ぎ澄ましている杏華の側まで走る。


 「え? は・・・・・・ええっ!?」

 

 「魔法の起点になっている土人形の相手は、てめぇらが勝手にやれ。あたいは光竜とのバトルに専念してぇんだ」


 接近している敵に気付けなくて唖然としている杏華と、常に魔法障壁を何重にも肌に纏っている竜王を、ゼクロは両手を後頭部に回しながら女媧人形目掛けてサッカーボールみたいに蹴り飛ばした。


 空を横切っている杏華達は、絶叫しながらも臨戦態勢を取った。

 杏華は石塔程の太さを持つ女媧の右腕を一太刀で斬り落とし、竜王はエメラルド色に輝く雷を落として土人形の全身を焦げさせる。


 まあ構成されている物が土である女媧人形は、数秒にも満たない時間で元通りに修復されるが。


 「あ~あいつらも実は『やれる』方なんだな。さてさっさと光竜のとこに戻りますか・・・・・・」


 

 ※次からはゴブリン達のいるマーロ街に場面を移ります。


 結論から言えば、ゴブリン対コボルトの走狗の戦いの行方は、ゴブリンが劣勢であった。


 ゴブリンが愚直に突進し、剣技もへったくれも無い無茶苦茶な太刀筋を披露し、後ろに退く走狗を浅くナマス斬りにしたかと思えば、すぐに走狗はスコップを槍のように構え、突きで彼女の喉を潰す。

 剣を鞘に納め、パンチのラッシュを繰り出すゴブリンに対し、走狗は敵の肘目掛けて重い一撃を入れる。

 近くに建てられた崩れている神殿を地盤ごとスコップで掬い、怪力で持ち上げた走狗は、突撃してくるゴブリン目掛けて的確に投げてぶつける。

 飛び蹴りで敵の牙をへし折ったゴブリンに、走狗は怯んでいるにもかかわらず彼女の隙をついてカウンターを取った。


 お互い満身創痍・疲労困憊で息が荒れているのは確かだが、ゴブリンの方がかなり弱っていることは傍から見てもわかる。


 「勝負は見えたな小鬼よ・・・・・・」


 「え? 自分が負けるっていう弱音? それともボクの強さに怖気づいて強がっているふりをしているかどっちかだね・・・・・・ゲホッゲホッ」


 「強がっているのは貴様の方ではないか。

 貴様は確かに強い。レベルもこれ以上上げられない位高めている・・・・・」

 だが、と呟くコボルトは続きを述べる。

 「自分も貴様と同じくレベルが百に到達している。この意味・・・・・・もちろん分かるな・・・・・・」


 「・・・・・・・・・・・・」

 

 「そう、ゴブリンという種族は、元来コボルトより生まれ持ち得るスペックが劣っている。

 どんなに鍛錬したとしても、レベル百の蟻がレベル百の象に敵うわけがない。ゆえに自分の方に分がある。

 もしかしたら策を張り巡らせて、戦術を整えれば勝機はあったかもしれないというのに、貴様という奴はただバカみたいに突っ込んできて・・・・・・こちらは呆れてものも言えぬな・・・・・・。

 さて、無駄話も長くなったな、これで終わらせてや・・・・・・貴様何だそれは?」


 緑色の液体が入っている小さいガラス瓶をポーチから取り出すゴブリンに、走狗は尋ねる。

 ゴブリンの方は、隠さず淡々と答えた。


 「何って、回復ポーションだよ」

 唖然としている走狗をよそに、ゴブリンは実は竜王から事前に渡されておいた回復ポーションの瓶を開け、一気飲みした。

 ほんの短時間で、彼女の傷が癒え、減ったスタミナも元に戻る。


 走狗はわなわな震え、ゴブリンを糾弾する。

 「な・・・・・・、卑怯だぞ貴様っ!

 戦時中に回復薬を使うなど、戦士としてあるまじき卑劣な行為だっ!

 いくさをなんと心得る・・・・・・この恥知らz」


 「君も今の内、回復薬とか飲めばいいじゃん」


 きっぱりと言い放つゴブリンに、走狗は絶句する。

 いくらモンスターの中では知能が高いコボルトでも、人間社会と比べれば技術水準が遥かに低いので、ポーションなどという薬学に通じなければ作成できないものを、持っているわけがない。

 ましてや主である光竜からもその類は頂いてない。なぜなら彼は光竜の捨て駒だからだ


 呆然としている走狗に対し、全快したゴブリンは、彼は今、自分の言葉で絶望していることを察し、その後敵の眼前まで迫り、拳を強く握り脇を締める。

 「君の敗因はただ一つ・・・・・・」

 

 次に彼女は、容赦なく敵の鼻頭目掛けて正拳突きをおもいっきりお見舞いした。

 「自分のボスから大事にされていない、ただそれだけ!」


 肉と骨が痛々しくひしゃげる音が鳴った後、走狗は天に向かって殴り飛ばされる。

 空を猛スピードで舞う走狗は、湖や丘や山の上を越え、先程いた人間の城の書庫まで戻った。

 鼻血を垂れて白目を剥いて「光竜様~」と弱々しく呟いている走狗が、自分の元に近づいていることを察した光竜は、「用済みだ」などというお決まりな言葉を一言も言わず、参位禍の魔法を彼に向かって躊躇いもなく放ち処分した。小鬼ゴブリンすら勝てない手駒などいらないからである。

 主君を第一に考え、我を捨てた走狗の生きた証は、骨一つ残らず消滅した。


 ※次からはバハムート達がいる部屋へと舞台を変えます。


 (やばいやばいやばいっ伝説の魔女に粗相をしてしまった。なんとか誤魔化さねば、しかし実は賢烏はもしかしたら弱いかもしれない。ワタクシやリリスさんはレベル九十台の最高位悪魔だし、もしかしたら勝てるかもしれない。しかし噂通り規格外の強さを彼女が持っていて、歯向かえばワタクシ達は死んでしまう可能性も、ああ一体どうしたら・・・・・・)

 土下座しながら長考しているバハムートを余所に、今まで大人しくしていたリリスは、何の脈絡もなく収納空間から細く長く薄い金色の剣を取り出し、正座している賢烏に向かって振り下ろす。


 (ななな、何をしているのですかリリスさんっ! やめなさい後生ですから彼女に攻撃するのやめて、本当にお願い。貴重な宝石買ってあげますから大人しくしててっ!)

 バハムートが愚行を演じているリリスの脳裏に、取り乱しながら念話テレパシーを送り込む。


 凶刃に襲われている賢烏はというと、すぐに立ち上がり後退りした。

 「きゃあ、何をしているのでしょうか、危ないですよ?」

 少量の赤い液体が畳に零れた。


 (リリスさんもうやめて。てかなんか返事して・・・・・?

 リリスさん? リリスさんっ!?)


 バハムートが何度も念話テレパシーを送っているにもかかわらず、それを無視し続けるリリス。

 今まで長い付き合い間、彼女が今まで一度も念話テレパシーを返し忘れてないことを知っているバハムートは、一つの答えにたどり着いた。


 勘づいたバハムートを察したか、賢烏はリリスの剣戟を回避しながら微笑む。

 「貴・・・・・・様・・・・・・リリスを催眠魔法で洗脳して操っているのですねっ!

 何が目的ですかっ!?」


 賢烏に付着している赤い液体も、ただの血糊。

 催眠魔法が得意なサキュバスであるリリスに対し、相手の株を奪うような洗脳をかける行為は、自らが遥か格上であることを示す意表か、それとも悪魔を恨んでいるからゆえの悪質な意趣返しか・・・・・・それとも。


 「目的? 不思議なことをおっしゃいますね・・・・・・遊びに何の目的も理由もないでしょうに・・・・・・」


 その言葉に、バハムートは激昂した。

 「ただの人間の魔女の分際で、高貴なる悪魔を誑かすとはなんという許し難し侮辱っ!」 

 一つの都を更地に変える程威力が高い魔法を発動させようとするバハムートに対し、賢烏は一回だけ手を叩く。

 「私の部屋で、やんちゃするのは控えてくださいね?

 代わりに戦場に向いている場所を、紹介させて頂きます」


 賢烏の拍手が術の発動合図なのか、一瞬にも満たない時間で、賢烏とバハムートとリリスは、光竜の不倶戴天世界にある一つの星の地表にテレポートした。

 そこは、チンピラ達がいた場所とはうってかわってちゃんと酸素が存在するし、放射線も薄い上、気圧も前いた場所とほとんど変わらない。

 実は、賢烏が光竜にばれないようこっそり自分専用のスペースを創り出しておいたのだ。

 ※光竜は薄々賢烏が自分の不倶戴天世界に侵入していることに、勘づいています。


 「え? ここは?」

 洗脳状態が解けたリリスが、周囲を見渡す。

 先程室内にいたはずなのに、いつのまにか草原に変わったことに彼女は驚いている。


 「ここなら遠慮なく魔法を放てますよ? さあ、いらっしゃいな・・・・・・」


 バハムートは、リリスに耳打ちする。

 「リリスさん、奴に遠方から高火力の魔法を放って、けん制してください!

 できるだけ時間を稼いでください」

 バハムートの言葉に対し、リリスは首肯した瞬間、彼女は賢烏の足元に、魔力の煙幕をぶちまける。

 その煙は、包んだ者の五感及び魔力感知を初めとした特殊感覚を阻害する効果を持つ。


 白い煙に呑まれた賢烏は咳き込むことも無く、中央から右に向けて片手で虚空を優しく撫でる動作をした。

 それにより、突風を受けたように、煙幕はひとりでに空気に散る。

 視界がクリアになった彼女の裸眼に、バハムート達は見当たらなかった。


 そう、彼らは各々自分に加速魔法を付与し、賢烏から数百キロの距離まで離れる。

 もちろん自分に対し、隠密ステルスと遠隔視の効果を持つ魔法も付与使用済み。

 森林地帯の茂みに隠れたリリスは、魔法を呪文無しで発動する。

 彼女クラスの魔法ともなれば、敵からはるか遠くに離れたとしても、敵の近くに魔法を出現させることができるのだ。


 リリスは、賢烏の背後に、肌に火を纏っているサラマンダーですらも忌避するような、超々高温火炎を広範囲に繰り出した。

 湖の水すら一瞬で蒸発させることができるであろう火炎の塊に、賢烏は少し横に振り向き上品に微笑む。


 「・・・・・・嘘でしょ・・・・・・」

 

 遠隔視しているリリスが、自分の今見ている光景が、幻覚ではないかと疑った。

 なぜなら自信満々に放った魔法が、敵にかき消された・・・・・・からだけではない。


 真に驚いた理由は、賢烏の防御方法。

 彼女は、こちらに迫りくる炎に対し、掌を向け、その虚空から酸素を含んでいる膨大な油を放出した。

 もちろんその油は、魔法の炎によって引火した。小学生でもわかることだ。

 しかしそんなことも構わずに賢烏は、膨大な油を冗談めいた速度で噴射し続け、最終的には真正面からのごり押しで、炎を自分の油で呑み込ませ押し潰し切ったのだ。

 ぼうぼうと、賢烏の目前に、烈火が立ち昇る。


 彼女の魔法を終始眺めたリリスは恍惚そうに呟く。

 「なんて・・・・・・美しい魔力操作・・・・・・まるで芸術だわ・・・・・・」

 魔法を繰りだした時の賢烏の淀みも無駄も無い魔力の流れを感じ取った魔法のエキスパートであるはずのリリスが、魅了されてしまったのだ。

 すぐに「いけないいけないっ! 何あたしボーッとしているの!? 早く次の魔法を放って、バハムートの時間を稼がなきゃっ!」

 と、彼女は、多種の元素エレメント魔法を矢継ぎ早に発動する。


 結論から言えば、リリスの攻撃は、賢烏に全て完封される。

 

 大陸がひっくり返るような地震には、ガラスのくさびを。

 山脈を呑み込むような津波には、火炎を。

 強固な城を薙ぎ払う風には、砂の波を。

 パンドラの箱に匹敵する程の災厄を含む闇の霧には、光合成で生長する大樹を。

 雷帝神の猛攻に匹敵する程凄まじい雷には、海水を。

 月すら貫くであろうレーザーには、闇の霧を。

 

 まさに舐めプの極み・・・・・・必死になっているリリスの全力の魔法に、賢烏はそれぞれ弱点の物質で対応しているのだ。

 彼女の周囲は、ある所は火炎が噴き出し、ある所は歪に伸びた樹が生え、いたるところが水浸しになった。たった今草むらだった場所は、彼女達の猛攻によって地獄絵図へと変貌。


 (ああ全くなんて悪夢・・・・・・いえ、これでいいのよっ!

 情けをかけられようとも、舐められようとも、敵が手加減してくれる内なら、バハムートの時間を稼ぐことができるわ・・・・・・それでも・・・・・・)

 

 「本気で相手してくれないなんて、なんという屈辱なのかしらっ!」


 「あら、それはごめんなさい。てっきりハンデを差し上げた方がよろしいかと思いまして・・・・・・」


 激怒するリリスの独り言に、賢烏は彼女の至近距離背後から、片頬に手を添えて答える。

 彼女の肉声を耳にしたリリスの喉が干上がり、一気に青ざめた。


 「あ・・・・・・なた、何時の間に? それにどうやってあたしの位置を把握できたのかしらっ!?

 ちゃんと最高位の隠密ステルス魔法を使った・・・・・・こちらの居場所がばれないよう、真正面からではない方角から攻撃を放った・・・・・・なのに、なぜっ!?」


 「あら、それでは答えさせていただきます。貴方は確かに真正面以外から魔法を放つという策を取っていますけど、それは自分がいる方向からも含めて攻撃しないと、撹乱の意味がないのでは?

 だってそれでは、攻撃が全然来ない方向こそが、怪しいと思われてしまいますよ。私はその方角に向けて動いただけです」


 しまった・・・・・・っ! と気づいたリリスは、しばらく俯いた後、得物である金の剣を構える。

 「うふふ・・・・・・ふふふふふ・・・・・・確かに貴方の魔法の技術力には目を見張るものがあったけど、実は白兵戦には苦手じゃないかしらぁ・・・・・・? だって貴方は魔女なんでしょう」

 彼女は両脇を締め、賢烏の胸目掛けて重心を上乗せする重い突きを繰り出した。

 まさしく彼女の剣技は、剣豪に匹敵する程キレが良く、動きが滑らかだ。

 「魔女の貴方が、敵に接近するなんて愚かなことを・・・・・・あたしの一撃を存分に味わい、舐めてかかったことを後悔しなさい!!」 


 そして気が付いたリリスは、仰向けの状態で倒れていた。

 (何・・・・・・が? そうだわ! あたしの突きに対し、彼女は背負い投げで捌いたんだ・・・・・・!)

 まずいまずいまずわ・・・・・・このままではあたしは・・・・・・っ!)


 「さあ、次は私の魔法を披露させていt」

 妖しい笑みを浮かべている賢烏の脇腹に、なんの突拍子もなく掌の形をした枯れ木の塊のパンチが炸裂する。

 「きゃぁあっ!」

 彼女は黒髪を乱しながら、あっけなく茂みの奥まで吹き飛ばされた。

 その打撃の余波により、周辺の木々が木片へと成り代わり、攻撃軌道の延長線上にあった山々が抉り飛ばされた。

 

 「ご安心くださいリリスさん! ただ今ワタクシが戻ってまいりました・・・・・・!」


 「遅いわよォ、バカァ! バハムート~。

 私怖かった〜!」


 木の幹の陰から、スーツ着の悪魔が、木塊の両手・・・・・・『邪悪の樹の枝』を引き連れて颯爽と現れた。

 いつも余裕の表情を見せているリリスが、珍しく滂沱の涙を流して安堵した。


 「すみません。魔法の呪文をしっかり唱えるのに、時間がかかっちゃいましたよ・・・・・・ん?」


 バハムートに違和感が表れた。

 (リリスさんは、たしか一人称が『あたし』だったはず・・・・・・私なんて単語、彼女から聞いたことがない。

 賢烏は、確か洗脳魔法に特化したサキュバス相手に、催眠で操って手玉に取っていたはずだ・・・・・・・。 まっ・・・・・・さ、か・・・・・・)


 「き・・・・・・貴様。賢烏だなっ! リリスさんはどこですっ!?」

 声を荒げているバハムートは、実は彼女の行方と現状を察している。認めたくない、眼をそむけたい現実を・・・・・・。


 付け角を外し、ピンク髪のかつらを脱いだ黒髪の女性は、敵の心を見透かしたよう微かに微笑む。

 「まぁまぁ、わざわざ私が申し上げなくても、聡い貴方ならとっくにご存じのはずでしょうに・・・・・・」


 「貴様ぁああぁああああああああああああああぁああっ!!」

 実は賢烏の幻術にはまっていたバハムートが自らの手で、自分の同胞・・・・・・リリスを先程邪悪の樹の枝でおもいっきり殴り飛ばしたのだ。


 怒り狂った彼は、今いる惑星の外からでもはっきりとわかる程派手な光魔術を発動した。


 


 



 


 

 


 


 

 

 


 

 

 


 


 

 


 

 


















 







 

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