竜王VSダーティー③
※光竜・ティルルはハデスさんが考案したキャラクターです。
城並みの巨体さを持つゴドキンと化け物魚マリアナとの決着は着いていた。
ちなみに剣聖はどこかふらりと去っている。
軍配が上がったのは竜王軍幹部のゴドキン。陸に打ち上げられた魚なぞまな板上の鯉同然であり、弱っているマリアナのエラを、彼(?)は力任せに引きちぎって殺害した。
※次の行からはバハムートのいる街まで舞台を変更致します。
戦場となった場所とその近辺にいる住民達は、バハムートやドライアドのローレイ達の異様な様子を察知して避難をしていた。
チンピラと悪魔と勇者気取りのドライアドは、カエル・ナメクジ・ヘビ同士が睨み合って動かなくなっている三竦みみたいにピタリと仁王立ちしている。
(あの怪物は、ワタクシ一人では倒せませんね~)
髪型が黒の七三分けで、スーツ着のそろばんを常に持ち歩いている悪魔バハムートは、自分の攻撃が一切効かないチンピラを倒す方法をすぐに思いついた。
一人で倒せないなら、仲間を呼べばいい・・・・・・それもバハムートの(竜王とは別の)ボスである悪魔王サタンやハエの王ベルゼブブを始めとした知り合いを。
ほんの数秒、バハムートはそろばんを軽快にうった。しかし今回のその目的とは金勘定や攻撃魔法を発動させるための下準備のためではない。
彼のそろばんは、魔法発動を促進させる詠唱の効果を持つ以外に、魔界に君臨する上位悪魔の元に、秘匿連絡することもできる。
(まあ相手はえせ非暴力主義者・・・・・・こちらが死ぬことはまずありえないとして、ワタクシが話しかけて糞チンピラを足止めし、サタン様達がこちらまで辿り着くタイミングで、総攻撃を仕掛ければもしくは・・・・・・ん?)
バハムートは心から何か違和感が二つも湧き出た。一つはまるで酸素ボンベの酸素を吸ったみたいに体が軽くなったことと、チンピラの顔色が悪くなり吐き気を催していること。
(出鱈目で滅茶苦茶な力を持つチンピラが弱っている・・・・・・?)
「うっ・・・・・・何か気持ち悪ぃ・・・・・・おれ様何か体調良くねェから家帰って寝るわ。
お前らもう喧嘩すんなよ・・・・・・・」
口元に手を添え、踵を返しここから去ろうとするチンピラ。
ローレイは、焦って得物にしている鞭をチンピラの腕に巻き付け引き留め懇願した。
「ちょっと待って下さいな! 殴られ屋。
貴方が私から離れたら、私あの銭ゲバ悪魔に殺されてしまいますよ! ここは情けだと思って私から離れないでくださいっ!!」
「あ~じゃあ国王から配られたトランシーバーで知り合い呼んでくるから、来たらおれ様は帰るから」
チンピラは内ポケットから小型通信機器を取り出す。
「貴方以外銭ゲバ悪魔に敵う方なんているんですかっ!?」」
ローレイは内心深く自責した。
実はローレイは先程まで無色無音の風魔法を発動していたのだ。
(何てことっ! 生物にとって本来不可欠な酸素を極限まで活性化させて万物を酸化させるよう昇華した『狂乱要生風』をこっそり生成して銭ゲバ悪魔に食らわせようとしたのに、殴られ屋まで巻き添えでダメージを受けるなんて。もしや彼は酸素こそが弱点なのかしら・・・・・・っ!!)
ちなみに高レベルの実力を持つバハムートも流石に生きる為には酸素が必要だからなのか、元から防御結界は酸素を素通りするよう設定されており、ローレイから発された『狂乱要生風』も彼の結界に弾かれなくて済んだのである。
「これはチンピラを討てる千載一遇のチャンスだな。よく知らせてくれたバハムート、そして敵を弱らせることに成功したそこの女もついでに褒めてつかわしてやろう」
バハムートの背後から彼の聞き覚えのある若い女性の不遜な声が放たれた。
声の元までチンピラ達三人は振り向く。やっとバハムートは緊迫した空気から抜け出したみたいに安堵した。
(も、も、も、もしかしてダーティー様よりもはるかに歪んで溢れきってるオーラを纏うあの人は、神話でよく聞く・・・・・・)
「おおサタン様・・・・・・っ!」
サタンと呼ばれた女性の特徴。
見た目の人間基準年齢は十代後半ほどで、髪型は赤のロング。右サイドのみの頭部から王冠の形をした白い角が生えてあった。
ドレスアーマーを着用し、上に黒いマントを羽織っている。レイピアを装備している。
この小説でのサタンの定義は、魔界というこことは別の世界の頂点に君臨し、他の悪魔や堕天使を顎で使役できるほどの権力と魔力を持つ唯一無二の悪魔の王である。
ちなみに戦闘能力はレベル九十台のバハムートより少し強いくらい。
彼女から出てくる常軌を逸した覇気は、ダーティー魔王軍幹部であるはずのローレイを、魂の底から恐怖で震えさせる。
「サタン様がお越しになってくれれば、心強いですよ~」
「待て、わしだけではないぞ。貴様らもこっちに寄れ」
バハムートのそろばん信号を受けて、ここまで来たのはサタンだけではない。
背中から蠅の翼を生やし、瞳に生気が感じられないガスマスクと火炎放射器を装備した青年。
軍旗と槍を所持し、竜に乗っている人型異形。
黒い翼をはためかせて街の上空を飛来し、弓矢を構えている集団。
顔が三つもあり、インディアンの恰好をしていて、新月刀やチャクラムの扱いに長けている軍団。
山伏の恰好をし、ヤツデの葉を摘まんでいて、カラスの翼を生やした赤顔の男。
金棒と太刀を持ち、酒入れひょうたんを布帯にぶらさげた鬼。
尻尾が九本ある複数の札を掴んだ狐の獣人。
頭が前後にあり、四本の腕に大きい斧を掴んでいる大妖怪。
クジャクみたいな羽根の飾りを着けているバイキングスタイル兜をかぶり乗馬している女性達。
たったチンピラを討伐するためだけに集まった団員の人数はおよそ二百越え。
それも全員が単体で獣王を瞬殺できるほどの実力を持った神話級の実力者集団である。
共通点があるとすれば一人残らず殺傷能力満載の神器を装備していた。
(も、もしかして今ここにいる彼らはベルゼブブに、色欲の大悪魔アスモデウス!? 他には戦闘特化堕天使のみ集めた『白金弓』、不死身の集団アスラ、天の国を焼き払った大天狗、山をも力技のみで押し出せれる酒呑童子、妖術の大天才玉藻の前、日本国の禁忌の存在である両面宿儺、戦いの神オーディンの直属の部下の中でもエリートのみで構成されてある虹位のワルキューレ達!!??
たった一人討伐するだけのために神界の神々と戦争できる程の兵力を集めたとでもいうの!?)
実際サタン達の顔を知らないローレイだが、それでも人外の情報を特集した文献を読んだことがあるので、彼女達の特徴を実は事細かに知っていた。
ちなみに今現在、沢山の実力者に首を狙われているチンピラは呑気にトランシーバーで誰かと通信していた。
「ちぃ~と、本気で街中今から走るから、あんたの聖術でソニックブームという現象をしばらく出さないようにしてくんない?」
『お安い御用だよ下賤生物♪ おまけに強く地面を蹴っても地震が起きないように法則を改造しとくね♬
ふはははははっ! だが対価にこの偉大なる有能なフォルエルちゃん様のためにパフェをおごるんだゼっ(キラッ☆)』
「わ~た、わ~た。そんぐらいお安い御用だ。恩に着る、じゃあな」
そう伝えたチンピラは、軽くつま先で石畳を蹴り、トランシーバーの電源をオフにする。
通信機器を使用したチンピラに、なぜかサタンは腕を組み、高圧的な態度で挑発するように言う。
「もしや先程の会話は貴様の仲間に助けを乞うものなのか? 援軍を呼ぶためのものか?
はっきり言って無駄の一言。
たとえこの世界にいる人間や亜人・・・・・・全員という全員が貴様を護るためここに集まったとしても、わしらの前に立ち塞がった瞬間・・・・・・残された道は瞬きの合間よりも早く朽ちり、魂を焦がされるのみである」
それに対し、チンピラは自分の髪の毛を軽く掻き、心の底から不思議がって呟く。
「は? なんで雑魚助共の相手をするためだけに援軍なんて呼ばなきゃならないんだ?」
彼が呟き終えた瞬間だった。本当に一瞬だった。サタンを含むサタン側の兵が所持する武器という武器が一つ残らず粉々に砕け散る。
それに対して、誰も彼もが細胞一つも傷ついていなかった。
チンピラ以外しばらくの間、開いた口が塞がらなかった。
「言っておくが、いくらおれ様が非暴力主義者でも武器の類は容赦なくへし折るぞ。ったく、こんな街中で、危険物持ち込みやがってクソがっ・・・・・・!」
顔を青ざめているバハムートは、いつの間にか移動したチンピラに尋ねる。
「貴方、どうやって彼らの武器を壊したの? 時間停止魔法? 空間移動魔法? それとも呪術の類・・・・・・?」
「あん? 何言ってんだてめぇ。普通に小走りして一つずつ握り潰したに決まっているだろうが」
先程チンピラが知り合いに、この世界から一時的にソニックブームという現象をなくすよう頼んだわけとは、チンピラが超音速で移動すれば、それによって生まれた衝撃波により他人が傷つくからである。
ローレイが周りを見渡していると、白色の石畳には、所かしこにひび割れており、力強く踏み込んだ足跡と思しきものがそこら中にいつの間にか出来上がっていることが確認できた。
チンピラの返答に、迸る雷の動きすらもカタツムリが這うよう緩慢に感じるくらい動体視力が高いサタンのプライドが徹底的に破壊された。
(な、にも・・・・・・見えなかった。動体視力を底上げする魔法を沢山自分に掛けたはずだぞ、地上に存在する金剛石よりも遥かに丈夫な神具を菓子みたいにいともたやすく壊して。奴は今非常に弱っておるのだぞ!? それなのに・・・・・・こんな・・・・・・。
化け物め化け物め化け物めっ・・・・・・!!)
「テメェらにぶちまけたい文句が二つある・・・・・・」
ポケットに両手を突っ込んだチンピラは、サタンの元まで歩み寄る。
怯えながら後退りするサタンの整っている顔に、ガンを飛ばすよう睨みつけるチンピラが重々しく言葉を放つ。
「一つ・・・・・・有能であるテメェら、今、何をやっている? 手を組んで現在、何を果たそうとしている? 本気で取り組めば世界中に起こる飢饉も貧困も容易く解決し、誰も死なせることも無く紛争も戦争も止めることができたはずのテメェらは今、ウサギよりも安全なチンピラ一人を袋叩きにしようとしているんだぞ・・・・・・くっだらねぇっ!! どんだけ暇なんだよぼんくら共」
「な・・・・・・ウサギよりも安全? 何を言っているんだ貴様!」
癪に障ったサタンは恐怖で震えながらも、チンピラに食い下がる。
そんな彼女を無視してチンピラは続きを言う。
「そしても一つ・・・・・・てめぇら全員世の中舐め腐ってんのか? 脳内花畑共・・・・・・」
サタンよりも傲岸不遜な、しかし真実としか言いようのない言葉をヤンキーみたいに吐き捨てた。
「本気でおれ様に勝つ気があんなら、光竜や賢烏クラスの奴呼んで来いやごらッ!!」
自分が負けることを一ミリも思っていないチンピラの言葉に、一人以外誰も言い返せなかった。
両面宿儺以外は・・・・・・っ!
「勝つ気・・・・・・? もちろんあるぞ。耐牙殿」
腕が四本もある男は一対の手のみ合掌した。
「なっ!?」
神器を破壊しつくしたチンピラが驚嘆の声を上げる。
なぜなら、チンピラの足元の地面に、墨字で書かれたような梵字を組み合わせた魔方陣が生まれたからである。
すぐに今いる場所から離れようとするチンピラだが、足がもつれてしまった。
自分の肺に何か液状のものが溜まっているのを感じる。
「もしやてめぇらが構えた武器の一つ一つ事前に呪いをかけてやがったのか・・・・・・っ!? 武器破壊した相手を弱体化させる効果を持つものを・・・・・・!!」
さっきまで畏縮していたサタンが、慌てふためいているチンピラを目撃した瞬間に、腰に手を添え威張る様に説明する。
「その通りだ。対象者の肺や腸に、貴様の弱点である液体酸素を湧かせる呪いを神具に一つ残らずかけた。
街中で被害を出したくない貴様のことだから、わしらの戦力をできるだけ削ぐために武具を狙うだろうと・・・・・・。そのことについてはわしらは予測しやすかったぞ」
「まさかこんな小細工かけた程度で倒せるとでも・・・・・・?」
余裕ぶるチンピラだが、彼の呼吸は乱れ、震えている。
「いいや? まさか小細工がここで終わるとでも思っているのか貴様?」
サタンが返答した瞬間、チンピラはこの世界から消えた。並行世界をまたぐ空間移動の術をサタンは彼に掛けたのだ。
「じつはわしらは密かに、宇宙全部が液体酸素でできていて、時間がゆっくり進む酸素世界を生成していたのだ。その場所まで貴様を招待した。じっくり皆で料理するとしよう」
独り言を残したサタンは、自分とその兵達全員を、チンピラのいる世界まで飛ばした。
彼らの戦闘を眺めて呆然としているローレイとバハムート。
「え~と・・・・・・」
ちらりとバハムートを横目で盗み見るローレイは、自分の植物の鞭をこっそり生長・複雑に枝分かれさせ、その先端に茶色の花房を持つカミガヤツリと枝豆みたいな大豆の実と蓮の葉・花と葡萄の果実を生み出させた。
それらはただの花や実などではなく、一つ残らず悪魔の力を祓い、浄化させる効果を持つのだ。
(私はダーティー魔王軍が一人、ローレイ エーゲ。
炎水風土雷光闇刃拳砲念呪どのような攻撃にも最適な方法で防御し、人間天使魔族幽霊サイボーグあらゆる相手に確実に弱点を突くことに特化した風使いなのよっ!
いくらあなたが私より桁違いに強かろうと、悪魔でしかないあなたは、これら一つでも触れられたらひとたまりもないはずっ!
受けてみなさい・・・・・・『対魔族魔法 聖象徴』をっ・・・・・・!)
果実や花がたくさん実っている鞭に、今まさに引っ叩かれそうなバハムートはというと。
「もうタイガは、サタン様達に任せて、ワタクシは竜王様の命に従うか・・・・・・ドライアドの死体で妥協しましょうか・・・・・・」
そう無気力に呟き、そろばんを力なく弾く。
自分より格段に弱い相手を呪殺する魔法を発動させたのだ。
その瞬間に、ローレイは標的を攻撃する直前に傷一つつかず、心臓麻痺で死亡した。
植物の鞭は、バハムートにかすりもせず力なく垂れる。
数時間後の話であるが、とある屍オークション地まで、一人のドライアドの遺体が運び込まれた。
一人の小さい影が、ボスからの要請をテレパシー魔法で受けて、竜王領土からウェーデンス国まで侵入した。
※次からは竜王達がいる砂浜まで舞台を変更させて頂きます。
「『大陸防壁』発動・・・・・・」
この世のものとは思えないほどの禍々しい瘴気を纏う竜王は、先程まで激昂した心を鎮め、横から流れてくるさざ波の音と重なるよう一つの術の名を呟く。
発動時には光を発したり魔方陣を生み出したりするなどのエフェクトは、この術自体にはない・・・・・・が、実は絶大な効果を一瞬で顕現させた。
「自分が今いる国の大地を戦闘によって滅ぼさないために、生物達を除いて指定した領土の強度を一時的に極限までに高める魔法か・・・・・・」
「つまり、これから彼は本気でこの私達を殲滅しようとするのですわね・・・・・・っ!」
息を各々同時に飲むダーティーと国王。すぐに、
ダーティーは片方の手の親指を激しく下に向け、国王は指を軽快に鳴らした。
竜王のいる場所の重力が十倍ほど増幅された。ダーティーの魔法の効果だ。
常人では致命傷になりかねない強力な魔力だが、この程度の攻撃では竜王には膝を土に付けさせるどころか、移動が微妙に遅くなるのが関の山だ。
「なんだ・・・・・・? この稚拙で情けない脆弱魔法は? 先ほどの爆破連撃の方がまだマシだったぞ」
怪訝な顔をした竜王は、自分が立っている場所に、いきなり影が差し始めたことにすぐに気づく。
何事かと顔を上げた彼の視線の先には、本来海の水平を走るための乗り物が、こちらに向けて落下していた。
軍艦・・・・・・それも排水量【船の重さ】最低でも五十万トン以上あると思しき全長約五百メートルほどの鉄塊だ。
実は国王は大気圏よりさらに高所の熱圏ら辺に船を生成し、隕石のごとく落下させたのだ。
それもダーティーの重力魔法を組み合わせることにより、墜落威力が単純計算でおよそ十倍にも膨れ上がっている。
それを、神話級と呼んでも過言ではない絶技を、
竜王はサーベルの居合一閃だけで防いだのだ。
彼の上空に向けて放った剣戟は、得物にしているサーベルの刃渡りが何百倍も全幅があるはずの強固な船体を綺麗に左右に切断した。魔法は何も使用していない。
鋼鉄の二つの塊が地面と激突時に膨大な砂を撥ねらせ、盛大な音を奏でながら倒れる。
規格外と呼んでもまだ喩え足りない位の一撃を目にして、国王達は顛末がわかってたかのように何も驚愕していない。
「やはり、先程の連続爆撃の方がましだったな・・・・・・」
次は竜王が魔法を発動させる。
「鮮やかな緑宝の色に輝く稲妻よ 我の命に従え 絶縁体すらも貪り喰らう悪食の稲妻よ 摩耗の法すら背いて我の意のままに這え この世の日向のみならず日陰すらも魔の刃から発して侵食せよ
雷魔法 『翡翠雷』」
それも稀の中の稀・・・・・・しっかり呪文を唱えている。
竜王の詠唱を少しだけ聞いたダーティーは、嘘だろ!? と驚愕した後急いで彼の懐に飛び込もうと飛空魔法で駆け抜ける。
「『翡翠雷』なんて机上の空論でしか聞いたことの無い魔法だぞ!
国王、すぐに奴の間合いに入れ!! 絶対距離を取ろうとするな防壁も張るな!!」
「はぁっ!? ダーティー、化物に寄れなんて命知らずも・・・・・・ああもうっ!!」
国王がやけくそで竜王の近くまで来た瞬間、鞘から抜かれた竜王のサーベルから、眩い緑色の雷が、左右上下全方向、キロ単位の範囲で溢れる。
雷魔法を体全体に受けた後、ぐっ! と呻く国王だが、魔力障壁無しでもなんとか意識を保てた。もちろん体力そのものは徐々にだが確実に削られていく。
国王魔王タッグが自分の至近距離まで来たチャンスを、無駄にする竜王ではない。
抜刀した彼は、縮地越えの速度を誇るサーベルの横薙ぎで、二人の首目掛けてまとめて仕留めようとする。
が、
金属を操る効果を持つダーティーの磁力魔法と、竜王の籠手を狙った国王の上段蹴りによって、彼が意図したサーベルの軌道を微かに上にずらされ、ぎりぎり回避される。
即、空を割いた竜王の剣戟があまりに高威力だったせいなのか滅茶苦茶な暴風が発生し、彼女達を竜王の間合い外まで吹き飛ばそうとする。
なんとか地面にしがみついて場をやり過ごす二人。ちなみに竜王がサーベルを鞘から抜いてから今の場面になるまで二秒程も経っていない。
まあ、竜王がたかだか一回攻撃を繰り出しただけで手を止めるわけもなく、次に連続で袈裟斬りと斜め斬り上げの繰り返しに、予測困難な揺らめいている軌跡を描く弧状薙ぎ、荒々しい突きの連撃、地面に当たれば大地震を発生させ峡谷をも作り出すであろう面打ち等々の猛攻を矢継ぎ早に繰り出した。
上記の技は全て、素振りの余波だけで上級風魔法を連想させるほどの爆風を生み出している。
場所が砂浜ということも相まって、砂嵐が三人を呑み込んでいた。
そんなただの単純攻撃を奥義の域まで昇華している竜王の攻撃を、ダーティーは彼の立っている場所の重力を不規則と傍から思わせるよう上げ下げすることによって撹乱して外させ、国王は本来の人間どころか上位魔族すらも超える動体視力でなんとか回避したりして、各々なんとかぎりぎり耐えて喰らいついている。
もちろん竜王の雷魔法は衰えることも無く現在進行形で放たれている。心臓が萎縮しそうになる程慌てている国王はなぜ竜王から離れてはいけないのか、防壁を生み出してはいけないのか、不満気味に不思議がっていた。
それに対して、ダーティーはテレパシー魔法で説明する。
(『翡翠雷』は、通過している空気や絶縁体・魔性障壁含む万物のエネルギーを奪う特徴を持つ。
下手に最上級の防御結界を張ろうものなら、あの雷は結界を素通りするどころかエネルギーを貪った挙句結界中にいる人物を炭にかえるぞ!)
つまりは魔法の源から離れてれば離れる程、遮る壁が厚くて固い程に雷の電圧と密度が増幅されるのが、翡翠雷なのだ。
追記だが、術者の至近距離にさえいれば、常人でも意識を保てることができるが、彼の間合いから二回り程距離を取れば、悪魔王サタン率いるチンピラ討伐隊クラスですら、あっけなく黒焦げになるほどの威力へと底上げされる。
竜王はサーベルを振り回しながら、涼しげな顔で挑発するよう質問する。
「ふぅむ? 貴様らはなぜ空間転移でここから離れないのだね? 態勢を立て直すために安全な場所まで飛んだ方がまだ勝機があると思うのだが?」
(いけしゃあしゃあとほざいてくれるなてめぇっ!!
先程てめぇの唱えてた呪文『日陰すらも』は、魔法範囲を裏次元【テレポートを使うときに通る空間】にまで伸ばす意味を持つくらい、私にだって知ってんだよこの野郎!
ってか、砂舞うとこで、よくペラペラと口開けて声出せるよな)
ダーティーは、達人越えのクラスであるはずの竜王が逃げ道を残す訳がないと、何か絶対裏次元ですら罠を張っているはずだと確信していた。
「やれやれ煩いテレパスめ。さっさと終わらせよう」
竜王は雷魔法とサーベル猛攻を維持したまま、左手に持っていた杖を軽く傾け詠唱する。
「息吹け 人工の吹雪よ 溶岩上に漂え 寒波よ 水に擬態した何かよ 敵共を凍てつかせろ
氷魔法『剤霜』」
緑の雷をまき散らしながら竜王は、杖の先虚空から氷点下の水蒸気を生み出した。それは広範囲に漂い始め、そして。
あっけなく国王の前半身を包んだ。彼女の服や肌、髪から霜が生まれる。
「カンディィイィイイイイっ!!」
次に竜王は容赦なく、得物にしているサーベルで国王の腹を刺した。
彼女の血液ですら凍っているのか、血はシャーベット状のものが数滴落ちる。
(妙だ・・・・・・?)
実は竜王は、国王がこの砂浜まで召喚された時から、違和感があった。他にも・・・・・・。
「ああもう治癒魔法は苦手だっつってんのに、くそがっ!!」
ダーティーは重力魔法と磁力魔法の発動を維持しながら、国王の裂傷に緑の光を放つ魔力を間接的に注いだ。
国王は意識を保っているのか、すぐに自身に突き立てられている刃から後退することによって外し脱する。
ダーティーは次に熱魔法を国王にかける。すぐに彼女に張り付いていた霜が溶けた。
「ほう・・・・・・『剤霜』で生み出された氷を数秒で液状化し、さらには気体までならぬよう熱を調節するとは、我から見ても見事だ」
「そりゃどうも。元素魔法は得意なんでね・・・・・・『剤霜』で生み出された氷、自然の氷と違って3000℃程の熱を与えなきゃ溶かすこともできないうえ、0.01℃でも間違えて余分に追加すりゃ最後、熱が伝達しやすい蒸気に変貌し、周囲を煉獄に匹敵する程の灼熱地帯へと変えさせる特徴を持つものだ。
魔王の私がドン引きする程、質の悪い魔法出しやがって!!
次の攻撃ターンはこちらにまで譲ってもらうぜ、国王っ!!」
「ええっ!」
いつの間にか国王の右手に一丁の拳銃があった。
彼女の腹に刺さってあった創は、ダーティーの魔法の恩恵か、今は塞がっている。
(斬りつけた万物を腐食させるはずの能力を持つ我がサーベルをもろに喰らって無事で済むだと?
おまけに短時間で裂傷が塞ぐ生命力。この娘から感じる異質な感触・・・・・・やはり、あの娘は我の部下ティルルと同様・・・・・・特典を神から授かった異世界転生者の類かっ!!)
※ちなみに竜王が得物にしているサーベルの腐食能力の発動条件は、対象者に傷をつけることなのでレベルカンストゴブリンには効きません。
(まぁ、カンストゴブリンの猛攻さえも弾いた防御結界を数百ほど常に自身の体に覆っている我が、凡人共の反撃など、文字通り毛ほども効かぬ)
「魔術『剥層』」
ダーティーが、竜王の繰り出す斬撃をぎりぎり避けながら、術名を唱えた。
瞬間。
「なっ!? わしの防御結界が・・・・・・いきなり全部解けただとっ!?」
「旧式魔法にはな、お互いのレベル差関係なしに、対象者が纏う障壁を、呪文を唱えたり魔方陣描いたりするなどを条件として解除するものがある」
(ああ、あの非リアスライム髪のキザ男から、昔魔術習って正解だったぜ・・・・・・)
彼女の脳裏には、さっきリリスに殺された部下の生前の顔を思い出していた。
「貴様・・・・・・呪文らしき言葉を一言も口にしておらぬのに、本来儀式が必要な旧式魔法をどうやつて発動させた!!」
「儀式? やったさ。てめえに現在進行形で喰らわせている重力魔法・・・・・・それを『規則的に』加減調節させることこそが魔術『剥層』発動のための条件でもあり儀式でもあったんだよ!!
ちなみにどうでもいいが、私にばっかりよそ見してもいいのか? じろじろ見やがってこのロリコン野郎」
ダーティーが顎を動かして示す場所の方を、向いた竜王は息を呑んだ。つい焦って今まで繰り出してきた雷魔法と氷魔法を誤って解除してしまった。
なぜなら国王が拳銃から発射した弾丸が、今まさに自分の首元目掛けて飛んできたから。
すぐに避けようとする竜王だが、いつの間にか足元には沼が、目元には砂埃が、膝にはこっちに巻き付いてくる鎖が、現われている。全部ダーティーの魔法だ。
「逆鱗っていう言葉知っているか?
種類に関係なく竜には、喉元に弱点がある。それが逆鱗だ。もちろん竜人の類にもある」
声が早く相手まで届く魔法でも使っているのか、ダーティーの言葉が竜王の耳に、拳銃から発射された弾よりも早く届いた。
(慌てるなっ! たとえ防護結界が無くてもあんな遅くて弱そうな攻撃が我の肌を裂くとはどうにも思えぬ。それに・・・・・・この世界に存在する対竜用の武器全ては、大半は我が粉砕し、残りもリリスや杏華がコレクションにしているゆえに、この鉛の塊に滅竜の効果は非ず!!)
「なんかてめぇ安堵しているけど、そう楽観できねえ鉛玉だぞ。それ確かに竜に大ダメージ与える効果なんてねぇけどよ・・・・・・」
竜王の肌と銃弾が接触した時に、大切なことを今更口にするダーティー。
「竜殺しとは別の呪いをかけている、王殺しの効果は持っているんだよ。 竜 王 様?」
それを耳にした竜王は、声にならない慟哭を空に向けて無遠慮に放った。
そして・・・・・・。
寸前のところで、誰かが竜王の急所にめり込んだ弾丸を指で掴んで止めた。
いきなりのことで、国王やダーティーだけではなく竜王すらも呆然とする。
持っていた弾丸を指で適当な焦げている砂地にまでデコピンで弾き落とす誰かが、呆れるように竜王に文句を垂れる。
「まったく面倒くさい。城内でゆっくりごろごろしてたのに、いきなり脳内に貴方の声で『ウェーデンス国に侵入し、サンショーピングビーチ南まで来い』って響いたんだよ。・・・・・・で、あのロリと高身長ババアを殺せばいいだけなんだよね? まあ返答しなくていいよ分かっているから」
「おおっ、よくやったぞティルル!」
竜王からティルルと呼ばれた幼女の特徴は、盾をモチーフにした髪飾りがついた紐で茶色の髪の毛の後ろを縛っている。
ドレスアーマーを身に着けて、装備しているのは諸刃の剣。
実は彼女は昔、人間サイドの勇者だったのだが、現在は裏切って竜王軍側に寝返っている。
余談だが、彼女は竜王軍会議を頻繁にさぼる悪癖を持っていて、先程の会議の時も獣王の招集を無視して自室のベットで寝転がっていた。
「誰がババァですかこの糞幼女が!! ですわっ!!」
「落ち着け国王。憤慨すればあちらの思うつぼだぞ」
(くそっ! 一人だけでもなんとぎりぎり渡り合えたってのに、ここに来て敵側の援軍か・・・・・・本当にメイ【ダーティーの部下】の予知当たるんだろうな・・・・・・っ!!)
「ふ~ん・・・・・・」
「な・・・・・・何かしら?」
じろじろと国王を凝視したティルルは何となく呟く。
「貴方もあたしと同じで、生前に神々からスキルや加護などの『特典』を渡された転生者なんだね・・・・・・?
でも質が違う。あたしと比べたら、貴方のもらった特典なんて粗品同然だね。雑魚だね」
「な、な、何ですってぇぇえええええぇえええええええええええええっ!!」
発狂するようブちぎれた国王は、拳銃を捨てて代わりに手元にランスを魔力で生成し、不用意にツッコんだ。
「あっおい、バカッ!!」
「教えてあげる。本物のチートスキルを授かった者の一撃を・・・・・・」
諸刃の剣を鞘から抜いたティルルは能力の一つ、自分のレベルを三分間のみレベル999まで底上げする『トリプルナイン』を使った。
まさしく刹那。
竜王すらも目にとらえきれない速度で、ティルルは国王の懐まで一気に迫り、彼女の腹を一刀両断した。返す剣で彼女の首を斬り飛ばす。
膨大な温かい血液と腸が砂浜にまき散らされ、背骨や内臓が外気に晒され、時間差で国王の生首が、力なく地面に落下し転がる。
「カンディ・・・・・・てめぇを討つのは私のはずなのに、勝手に死にやがってっ!!」
額に冷や汗を流しながら憤ったダーティーは、片手で印を結んだ。
「てめぇの死は無駄にはしねえ・・・・・・」
そのタイミングで、命を落とした国王の首から溢れる鮮血が不自然に砂地に流れ、それが魔方陣の形にひとりでになった。
「時間魔法『時間加速』っ!!」
そう、ダーティーは国王の血を利用して魔法を発動させる。
すぐに、
「ありゃ・・・・・・まだ三分経ってないはずだよ?」
ダーティーの魔法の影響を受けたのか、俊敏に動いたティルルの息が急に乱れ、そして汗をかきながら膝を土に着く。
文字通り『時間加速』は、対象者の時間の流れを一時的にだが、早くする魔法。
ティルルの能力『トリプルナイン』は、使用後に反動でしばらく動けなくなるデメリットが存在するのだ。
実はダーティーは、現在使用している敵の術式を把握する能力も持っている。
「よくやったティルルよ・・・・・・しばらく休んでおれ」
部下を労った竜王は、次に呪文を詠唱する。
「息吹け 人工の吹雪よ 溶岩上に漂え 寒波よ 水に擬態した何かよ 敵共を凍てつかせろ
氷魔法『剤霜』」
熱を3000℃も与えないと溶けない強固な氷を生み出す寒波の魔法。
彼はダーティーに向けて、杖を傾けた。仲間のティルルに当たらないよう気を付けて攻撃した。
しかしダーティーは、竜王の攻撃で凍てつくことはなかった。
なぜなら、
「ふむ、初めてにしては成功したな『噓吐詠唱』・・・・・・」
寒波の代わりに竜王の杖の虚空先から放たれたものは、暴走状態の衝撃波だからだ・・・・・・それも竜王が前に出した『衝撃波』の魔法よりも桁違いの威力を誇る。
彼の繰り出した魔法の軌道にある砂も海もまとめてはるかかなたに吹き飛ばされ、衝撃波の軌道と周りには広く深い渓谷だけが残る。
もろに受けたダーティーは、下半身が抉り飛ばされ、残った上半身は、渓谷の底まで落ちていった。
彼女はすぐに息を引き取ったのである。
「うわぁ~凄まじい威力だね竜王・・・・・・詠唱の内容とは全然関係ない魔法を繰り出す技術なんてあたし、初見だよ」
ティルルがうつ伏せになりながら、驚嘆した。
「ああ、口にした呪文とは別の魔法をわざと発動させることによって、発動した魔法を暴発させて破壊力を底上げさせる技術を使ったのだ。
先程奈落に落ちていった凡人が繰り出した小手先の技術なのだよ、それは」
さて、 と踵を返して、『大陸防壁』の魔法を解いた竜王。
「討伐は完了した。このままこの国を攻め込んでもいいが、ひとまず我が城へと戻ろう・・・・・・他の部下共も、もう残党を片付けているはずだ」
「戻るのはいいんだけどさ、竜王」
ん? なんだね と返答した竜王にティルルは頼む。
「全身の筋肉が疲弊してあたし動けない~・・・・・・おんぶして」
【後日譚】
※次からは、少し時間が経過して、舞台を竜王城の会議室へと変更いたします。
「さてお主らのおかげで敵軍の王と幹部を撃破できた。大義であった。褒めてつかわす・・・・・・」
今、この部屋には竜王と幹部全員が集まって各々席に着いていた。
なぜかゴブリンの頭には、カラスの羽根飾りがかぶってあった。
上座に鎮座する竜王の労いに、ゴーレムの子機は感激する。
「モッタイ無キオ言葉・・・・・・」
「あらぁ気になるけど、ゴドギンちゃぁ~ん? 本体はどこにいるのかしら~?」
「マダウェーデンス国カラ抜ケ出セテイナイ・・・・・・見知ラヌ島ニイルカラ帰ルノニ、時間ガカカルデアロウ」
「気になると言えばですけどね~、ちょっとリリスさん、頭の角とコウモリの翼はどうしたんですか~?」
実はリリスは、カブの魔術の影響で、一時的にだが角と翼が剥がれ落ち、挙句の果てにはか弱い人間の女性と変わらない強さになってしまっているのだ。
「敵の術にやられてあたしは今、人間の状態になってしまったの・・・・・・飛んで帰ることもできないから、産まれて初めて辻馬車(公共の馬車)にお金払って乗車したわぁ・・・・・・もぅ最悪」
ふむぅ と顎に手を添え、にやけながら考えたバハムートは、茶化すように呟く。
「竜王様の軍・・・・・・ましてやその幹部ともあろうお方が野蛮猿にまで退化して落ちぶれるなんて・・・・・・世も末ですね。
至高の軍には弱者のましてや雑魚の野蛮猿は不要です。
竜王様、ワタクシめにこの会議に居座る野蛮猿を粛正する許可を」
「おっ、楽しそうだね! ボクにも参加させてよ、リリス狩り」
バハムートのブラックジョークに本気で便乗するカンストゴブリンを眺めたリリスは、顔を青ざめ、脂汗を額に大量に流した。
「ちょっちょっ、ちょっと悪い冗談よしてよ! 一時的だから! 一か月経てば元の強さに戻るから。
っていうか、あたし以外にもこの会議室にニンゲンいるでしょ! ねぇティルル?」
「う~、静かにしてくれないかな・・・・・・あたし全身筋肉痛だから相槌打ちたくないよ~」
今回はちゃんと会議に(強引に)参加させられているティルル。
「バハムート、戯れはそのくらいにしろ。獣王も黙っておらずバハムートとゴブリンをなだめろ。本来の貴様の役割だろう、他の幹部が図に乗っている時抑止することは」
竜王から声を掛けられたジェウォーダンは、はっと気づき急いで返答する。
「も、申し訳ございません竜王様。バハムート殿もゴブリン殿もリリス殿を追い詰めるのはそのくらいにしてくれないだろうか・・・・・・」
夜叉の杏華が、意気消沈しているジェウォーダンの態度にイラつき、荒い口調で口に出す。
「ジェウォーダン。なんだ貴様、先程からうわの空で竜王様の話を聞き流しおって・・・・・・あまり王の前で無礼をはたらくと私が貴様を斬るぞ」
赦してやれ と竜王は杏華をなだめるのに対し、獣王は お気遣い誠に感謝しています。ですが不徳なのは吾輩の方です。なんとお詫び申せば・・・・・・ と口にした。
(なんだ、あの獣。ダーティー軍討伐前とは考えられないほど丸くなっている? 気味が悪い)
「ところで竜王。これからどうするの? ボクはまだ体力あまり余っているから、残りのダーティー軍残党を皆殺しにしてこようか?」
ゴブリンが席の上に立ち、そわそわしながら質問する。
「その必要は無い。残党など我が軍の四天王でも蹴散らせれるはずだ。・・・・・・まあ本当はリリスが得た情報には、ダーティー軍の城には殿と思しき幹部一人しかいなかったらしい。
大方雑魚はどこかに避難させた可能性が高い。ほおっておいても問題はないだろう。
お主らにはしばらく休暇を与えよう」
「ソレニシテモ ニンゲン達ト手を組ンダ恥知ラズの雑兵ヲ無事ニ殲滅デキテ 良カッタデスネ」
(実ハダーティー軍ヨリモヤバイ奴ガイルコトヲ 竜王様ニ伝エナイト 剣聖ハイアラダニハ後ニ我ラノ脅威ニナルダロウ)
「これで我らの魔王軍の威厳が保たれ、隣国のニンゲン共に我らの脅威を誇示することができたな。
あと、勇者様に会いたい・・・・・・今すぐにでも・・・・・・」
(メイ・・・・・・お主のことは絶対に忘れないっ!!)
「話は変わるけどぉ~リュウちゃん? 進言するけどうちの城の周囲に堀とか作ってくれないかしらぁ~。ダーティー城には霧が常にかかっている湖を利用した幻想的な堀があったのよぉ~。お願い?」
「堀工事専用の名業者について心当たりあるぜおれ様は。
良かったら仲介してやろうか・・・・・・あ?」
「さて竜王様? わたくしは休暇よりも、ダーティー城にあった戦利品を頂きたのですが~・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
竜王軍幹部全員が沈黙した。
なぜなら、
「おいおいどうしたんだてめぇら、何さっきから黙っておれ様の顔を凝視して・・・・・・もしかしておれ様の顔になんかついてんのか?」
「タイガ ダストシュートぉぉおおぉおおおおおおおおぉおおおおおぉおおおおっ!!
なぜ貴様がこの城にいるのだぁあっ!?
サタン様から酸素世界まで飛ばされて閉じ込められたのではないのかぁぁあああああぁああっ!!」
そう、チンピラが無断で竜王の城の会議室で席に着いていたからだ。ちなみに彼が着いている席はわざわざ用意しといた自前の物。
「そんな・・・・・・私の気配察知に全く気づかれずに、侵入しただと!?」
「え? 何々、面白そうな事? この変なヤカラお兄さんを殺していいの?」
「まさか、もしかして彼ってぇ・・・・・・魔族の裏切り者『タイガ』なのぉおっ!?
てっきりあたしは彼を、厨二病に侵された魔族達が考えた架空のキャラクターだと思ってたわぁ」
「バハムート! どういうことだ! あのうつけは貴様の知り合いか・・・・・・!?」
いきなりバハムートが叫び、他の人達がざわめつくのに対し、鬱陶しそうに小指で耳の穴をほじくっているチンピラが説明する。
「おいおいいきなりみんなで喋んなよったく。
とりあえずおれ様がここに来た理由なんて一つしかねぇだろ」
「な・・・・・・なんなんですか?」
「遊びに来たに決まってんだろ? しばらくここに泊まることにしたぜ。
食費とかもろもろちゃんと払うから安心しろって」
「確か貴様はサタン様に、この世界とは別の場所で、討伐隊全員に袋叩きにされたんじゃないのか!?」
「ああまあ、たしかにおれ様用討伐隊全員と、途中で合流してきたソロモン72柱っていう奴らが交代交代でおれ様に『じゃれついて』きたんだけど、流石にその後、あいつら飽きてきたのか、勝手におれ様残してバックレやがったのさ・・・・・・まあおれ様も聖術使って空間を引き裂いてなんとか帰ってこれたぜ。
ところで竜王って野郎の玉座はどこにあんだ? せっかく観光しに来たんだ・・・・・・国王からもらったカメラでその椅子を写真に収めてぇんだけど・・・・・・」
「き・・・・・・」
「き・・・・・・?」
わなわな震えている竜王は、次に激昂しながら叫ぶよう命令した。
「貴様らっ! 休暇は後回しだ!!
我が城に侵入した不届き者の首を討ちとれぇえええぇえええぇぇえええっ!!」
竜王軍の快進撃は止まらない・・・・・・。
※次からは元草原の荒れ地まで舞台を変更させて頂きます。
カンストゴブリンの剣戟によってできた深い峡谷の傍に、三つの鳥の足が三つ編み状に編み込まれ、翼の羽根という羽根がむしり取られ、撲殺された無残なカラスタイプの人鳥の死体が転がっていた。
そこに、一人の杖を突いた老人が歩み寄る。
実は彼はダーティーと、竜王軍戦前に打ち合わせをしていて、戦闘後にて戦場に来るよう頼まれてあったのだ。
なぜ自分達が未来で竜王軍に襲われることがわかったのかというと、ダーティー軍の眼鏡が予知能力者だからである。
白い口髭を携えた老人は、自分の法具であるピアスをいじるよう触れた。
そして数秒後・・・・・・。
「ぷはっ! あれここはっ!? 私は三途の川の岸にいたはずなんだけど!?」
カラスタイプの人鳥が生き返り、意識を取り戻したのだ。
もう彼女の全身の傷は、老人の法具の効果を受けたのか、全て元通りになるよう痣も傷跡も残さず治癒された。
「傷の具合はどうだい? 迷えるカラスのお嬢さんよ」
「あら、モルセヌ・・・・・・だっけ?
まさか魔王軍幹部の私が宗教の王に助けられるなんてね・・・・・・」
法王は彼女にそっと穏やかに手を差し伸べた。
「立てるかい? それと質問何だが、ゾンビのお兄さんはお主とここでゴブリン殿を迎え討とうとしたはずだが? 彼はどこにいるのかね?」
「ああ大丈夫一人で立てれるわよ。
コーフィンのこと? 彼なら敵に宇宙まで殴り飛ばされちゃった」
「それなら大事にならんじゃろうな。ゾンビのお兄さんは後回しするとして、他の迷える方達を救済させて頂こう・・・・・・」
そして
自分で操った泥に飲まれて失血死した鬼も、ご丁寧に設置された簡易墓の手前に埋められた人畜無害の眼鏡も、城内で鼻血を床にまき散らした非リア充も、陸に打ち上げられてエラを引き裂かれた巨大な魚も、渓谷に堕ちたダーティーも国王も、法王の法具の効果により、後遺症を残すことなく全快した。
ちなみにゾンビ擬きは、ダーティーの召喚魔法によって宇宙の旅から無事この惑星の地上まで帰還。
「宇宙は凄かったぞダーティー様。いろんな美しい惑星が見れた」なんて、呑気な事を長々と語りだすゾンビ擬き。
とりあえずダーティーとその幹部達と国王と法王は、バハムートが先程までいたマーロ街にたどり着く。
「ごにょごにょ・・・・・・(あとはローレイ【勇者ドライアド】さんだけですね?)」
「ああ、だが妙だな・・・・・・ローレイの魔力だけ感知できねぇ。
大方、敵側がこちら側に悟られないように、ローレイに何か細工したかもしれんな。なんとか奴を探し出せれる方法を考えなけりゃあ・・・・・・」
ローレイの屍をコレクターに無事に売り飛ばすのにダーティー軍側から邪魔されないよう、バハムートは彼女に魔力探知妨害魔法をかけたのだ。
どうしましょう・・・・・・ と困惑している眼鏡のメイと、一目散に駆けている一人のボロ着の孤児がぶつかった。孤児が倒れたはずみでトゲトゲの種が石畳に転がる。
「うわぁっ!」
「ごにょ! ごにょごにょ・・・・・・(まあ大変! 大丈夫ですか? お怪我はありませんか?)」
メイが孤児に優しく掌を差し出した。
「たくっメイよ・・・・・・てめぇ魔王軍幹部の端くれならそんなガキほっとけ。ん・・・・・・?」
ふと見下ろしたダーティーが何かに気づく。
「おいそこのがきんちょ。その種どこから手に入れた。ドライアドについて何か知ってることあるなら洗いざらい吐け」
ダーティーの問いに、ホームレスの男の子は涙を流し、震えながら喚くよう答える。
「この種、緑の髪のお姉さんから貰ったんだ。そのお姉さんがボクを見守るためにこの種を渡してくれたんだ! 悪魔みたいなおじさんに狙われたばっかりに・・・・・・」
「あのお人好しっ、ホームレスのガキにまで情けかけやがって魔王軍失格女郎が・・・・・・っ!
ボウズよくやった。てめぇのおかげでそのお姉ちゃんを助けれるかもしれねえ」
「どうするのだね? ダーティーよ・・・・・・」
ダーティーは落ちてある鉤爪の種の周りに光輝く魔方陣を発生させた。
「ローレイの魔力単体だけじゃ私の実力では探知しきれねぇが、あいつが創り出した音を拾う効果を持つ種を私の逆探知魔法で利用すればあるいは・・・・・・」
そしてダーティーはローレイの居場所を探し当てたのだ。
マーロ街にある非合法の屍オークション地に、ローレイは出品されたのだが、国王の命に従った騎士達がオークションにいる人達全員を検挙・・・・・・無事ローレイはダーティー軍側に返され、法王の法具によって蘇生された。
余談だが、ウェーデンス国に竜王軍の四天王が侵入する事件が起きたのだが、ウェーデンス国の冒険者の活躍によって、四天王を返り討ちにした。
ダーティー軍幹部は、竜王軍側に蘇生された情報を掴まれることは今のところ無い。
実はダーティー軍側は、メイの予知能力で自分達が竜王軍に狙われることを察知し、雑兵を避難させ、幹部達が戦場まで待機。
ちなみにどうあがいても竜王軍にこちらが勝てないことが分かっているのはダーティーとメイのみで、あとの幹部は勝ち筋があると思い込んでいる。(もし、どうせ負けるからと手を抜いてしまっては、敵達に怪しまれるので、ダーティーは全力で戦いに臨んだ)
結果的に敗北したのだが、竜王軍側はこちらが壊滅したと思い込ませるダーティーの作戦は、成功した。 こちらが無事だと竜王軍側に悟られさえしなければ、しばらくはダーティー軍をはじめとしたウェーデンス国は狙われることはなくなる・・・・・・それが彼女達の作戦である。
ダーティーは、自分の城に帰る道中で、誰にも聴きとることが無いようぼそりと呟く。
「我らは何度打ち負かされようとも汚泥をすすろうとも、最終的にあらゆる手を使って勝利をもぎ取る不屈不諦のダーティー軍だ・・・・・・!!」
ご覧下さりありがとうございます。
次の投稿時の予定は未定で、だいぶ後になるかもしれません。