竜王VSダーティー②
※この前誤ってリリスがハデスさんが考案したキャラだと伝え忘れました。
読者の方々とキャラの考案者のハデスさんにお詫び申し上げます。
今の戦況はこんな感じ。
・ゴブリンVSゾンビみたいな何か&???
・勇者をストーカーしている夜叉VSスポーツ大好きオーガ
・獣王ジェウォーダンVS純粋無垢眼鏡
・悪魔VS精霊勇者
・サキュバスVSスライム髪
・ゴドキン(ゴーレム)VS深海に住んでそうな化け物
そして・・・・・・。
「さて竜王か、それともダーティーか・・・・・・どちらが魔王の資質が高いのか、殺し合いで決着をつけようではないか」
「わざわざ前口上言わなくてもわかってるから、さっさとやろうぜ」
ゴドキンが即席怪物のエラを掴んで地上まで引き上げようとし、マリアナも口から大水害に匹敵する水量を吐き出して抵抗しているのを横目に、竜王は左手に魔杖、右手に大振りのサーベルを異空間から取り出して装備する。
ダーティーも屈伸運動して戦闘態勢に臨んでいた。
「さて貴様は我の猛攻に、何秒耐えられるのか見ものd【ズズゥウウ・・・・・・ン】」
ゴドキンがマリアナを殴った時に生じた衝撃音で、何か意気揚々と述べている竜王の言葉をかき消した。
「もしや、あの野郎の体の周りに、結界の防御がしてあr【グォオオォオオオオッォオ!!】」
腕を空に向けて伸ばしているダーティーの呟きを、マリアナの咆哮で遮ってしまう。
「剣で切り裂かれたいのか、魔法で焼かれたいのか、どちらかを選ばせてやr【ヨクモジブンノユビヲコワシタナ! コノサカナノバケモノ!】」
ゴドキンの崩れて吹き飛んだ部位が、竜王に衝突してしまった。
「炎の精霊よ、難敵の魂を我が魔力を捧げるかわりに焼きはr【グォオオオッグッォオオオオオッ!!】」
ダーティーの詠唱は、マリアナが繰り出した水攻撃の余波によって妨害されてしまった。
『・・・・・・・・・・・・』
激戦を今繰り広げているゴドキンとマリアナの背筋がいきなり凍てつく。
彼らは殺気が発されている元を各々恐る恐る確認すると、その先には、顔を歪めて額に青筋立てている自分の主がいた。
「ゴドキンよ・・・・・・」
「おい、マリアナ」
この時、彼らは悟ったのだ・・・・・・今日こそが自分の命日だと。
『さっきから邪魔だ、どっか失せてろこの能無しがぁああああぁあああああああああっ!!』
立っているだけで地面がめり込むほどの重さを持つはずのゴドキンを、竜王は海の水平線の先まで剣で軽々と殴り飛ばし、魔力と海水を吸って重量を遥かに増したマリアナを、ダーティーは魔法の竜巻でいとも簡単に吹き飛ばした。
「さて・・・・・・」
「邪魔者共は消えたな」
ゴーレムの破片がついたサーベルを構えた竜王はすぐに、縮地よりも速い速度でダーティーを自分の間合いまで入れて、彼女の脳天めがけてその剣を振り下ろそうとする・・・・・・が、
「うおっ、早っ!?」
竜王の瞬時に繰り出された剣が、彼の意に反してダーティーの額の寸前で一瞬止まり、次に無色透明の力に引っ張られるかのように後方へと弾かれた。
唖然状態のダーティーも彼と同じく不自然な様で地面を滑るよう、竜王のサーベルから離れた。
「防御結界・・・・・・いや違うな・・・・・・」
難しい顔をしている竜王に、ダーティーは少し呆れてネタ晴らしをする。
「そんなに悩むことかね・・・・・・学院の低学年生が習う科学だぞ。
磁力だよ磁力! 私は磁界を操って自分とてめえのサーベルにマイナスの磁力線を帯びさせて反発させただけだ。
てゆうかてめえ魔王じゃなくて剣豪かよ!? とんでもねぇ剣技見せやがって死んだかと思ったぞ私!!」
(ふむ・・・・・・磁力を操れる相手に、金属の刃物で攻撃するのは悪手だな。
さてあいつは他に、どのような魔法を使うのか興味深い事だ)
ダーティーの魔法間合いからできるだけ距離を取るため後方に跳ぶ竜王。
それを機に、ダーティーは呪文を詠唱する。
しかしその呪文の内容を聞いた竜王は、
(ん? ・・・・・・今この状況で使うものなのか)
眉をひそめるものであった。
ちなみに竜王はダーティーがどのような方法で戦うのか気になり好奇心に勝てず、防御障壁に力を注ぐも、代わりに攻撃は控えた。
「炎の元素の象徴サラマンダーよ、我は命ずる! 敵を撃ちぬく矢を放て!
方角は青巌の星、数は百、草木を焦がす矢で、敵の体を撃ちぬいていけ!」
(炎属性魔法の基礎のそのまた基礎である『火炎矢』・・・・・・?
初手のトラップ魔法で発動した爆破の百分の一程度の威力しかない雑魚術ではないか。
気の抜けない実力者同士の戦いで、こんな最低ランクの魔法の術式を唱えることは・・・・・・つまり)
ダーティーが流暢に炎の塊を飛ばすための呪文を詠唱し終えた後、魔法が発動した。
竜王の足と地面が凍てついて動きに制限をかけた。彼にかかる重力が十倍ほど膨れ上がった。
即、毒液をまきちらすかまいたちの大群が、高圧電流を帯びた鋼鉄ナイフの豪雨が、ダーティーの魔法は溶かさない強力な酸が、漂う魔力の霧によって散乱し拡散した殺人光線が、水銀の高波が、闇を纏う魔界大樹の根が、殺人音波が、鋭利なガラスの結晶体が、ダイヤモンド製ワイヤーが、竜王すらも見たことの無い得体のしれない物質【虹色に輝く泥みたいな何か、プラスチックに酷似した何か、ゲルと水の中間にありそうな何か、海綿スポンジみたいな何か】が、複数種の人体致死量越えの放射線が、電波が、・・・・・・同時に竜王の周囲四方八方に大量に、大質量に、張り巡らせるように瞬時に現れた・・・・・・!
ちなみにその中に、火の粉なんて一粒もなかった。
(ふむ・・・・・・もしや空間移動発動時に使う裏次元通路にも、同じような罠を張り巡らせているやもしれぬな。
まったくもって逃げ場無し)
「『元素魔法絶技 七面楚歌』・・・・・・っ!!」
ダーティーの繰り出して現れた全ての魔法物が、竜王に向かって猛スピードで殺到する。
数秒後、攻撃の手が止んで竜王の立っている場所が、戦塵の煙によって溢れかえる。
そこから、
「なかなかおもしろい一発芸だ・・・・・・」
竜王の声が、穏やかに発された。弱々しくなったなどど決して無い。
暴風魔法によって自ら周りにある煙を吹き飛ばした竜王の姿には、傷一つ見当たらなかった。
「あ~気に入ってもらえてよかったよ」
平然としている竜王の様子に、ダーティーは流石に動揺を隠せない。
(まじか!? いくら防御結界を事前に張り巡らせていても、私の『七面楚歌』をもろに喰らって無傷で済むなんて・・・・・・この化け物めっ!!)
「先程の魔法・・・・・・火の類は見当たらなかったな。術者が唱えた呪文の内容と異なる魔法を発動する技術は、我ですら初見だったぞ。詳しく説明できぬか」
「いいぜ。どうせ効かない技術を隠してもあんまりメリットねえしな。てめえは呪文詠唱という技法は、これから繰り出す魔法の安定性と成功率を高めるために使う、ってことくらいは知っているだろう」
「まあ・・・・・・な。我が呪文を唱えること事体稀だが」
「『嘘吐詠唱』っつう技術でな。詠唱している呪文とは違う魔法をわざと発動させることによって、意図して自分の魔法を暴発させる荒業の裏技だ・・・・・・未熟な魔導士がこの技法使えば、自分の魔法に巻き込まれて自滅するパターンがほとんどだが」
「成程な・・・・・・では次は我の魔法を披露させてもらうとしよう・・・・・・」
そう宣言した竜王は、ダーティーに片方の掌を向ける。
(やばい、やばい。生半可な私の障壁魔法じゃ、砕かれて終いだっ!)
「『衝撃波』」
竜王の手の先、虚空から・・・・・・音波よりも桁違いに速く鋭い圧力の波が扇状に発された。
まさしくシンプルそのものだが、絶大で確実な効果を生み出す絶技。
ダーティーも黙って仁王立ちしているわけではない。こっちに向かってくる空気の凶器に向かって、掌を差し向ける。
しかしせっかくの彼女の抵抗も虚しく、竜王の猛攻は莫大な量の砂をまき散らし、空気を荒く乱し、ダーティーをはるか後方遠くまで吹き飛ばした。
こんな甚大な被害を出した極悪な術も、竜王にとっては様子見の小技でしかない。
(ふむ・・・・・・)
顎に手を添え、何かに気づく竜王。
(あやつ・・・・・・この短時間に我の衝撃波に対して奴も同種別波長の衝撃波を放ったな。
それによって、波同士が干渉して我の魔法が弱体化した。もし術式計算を間違えればこちらの魔法が強化される危険もあるのに・・・・・・。
なかなかやりよるな・・・・・・もし彼女が、我の配下に下れば、リリスやバハムートの魔法の指導役に命じている所だ)
※次からはダーティー達がいるのとは別の海岸に舞台を代えます。
加齢臭と哀愁を漂わせているおっさんが、海岸脇の道をとことこと歩いていました。
そこに、立っているだけで地面がめり込む程の重さを持つゴドキンと魔力と海水を多分に含んで非常に重くなった魚の怪物が、星の引力によって吸い寄せられてる隕石並みの速さで飛来してきました。
おっさんめがけてふたつとも落下しています。
加齢臭おっさんは装備している剣を鞘から出さず、
「π線1%消費」
と、訳の分からないことを呟いた後左手で化け物魚を、右手でゴドキンを軽々と素手で受け止めました。
おっさんは魔法を使っていませんでした。
ゴドキンは驚愕しました。
「ナンダコノニンゲン!? カタテデワレヲウケトメタダト!!」
衝突時の威力が凄すぎたのか、抱えたものが重すぎたのか、おっさんの足は地面に陥没しています。
おっさんと魚の怪物は知り合いみたいでした。
「おっ! ダーティー君の仲間のマリアナ君だね? こんなところで何を? そこにいるゴーレム君とは友達なのかい?」
いきなりおっさんの周りに、
「いやっほう、ハイアラダニは今両手が使えない! 大チャンスだっ!!」
「今日こそは剣聖の首を取れるチャンスです!」
「刀を使えない剣聖など恐れるに足らず!」
魔人王・悪魔伯爵・外道堕天使が空間移動で現れました。
それぞれ三人は単体で、軍事国家を滅ぼせるくらい強いのでした。
おっさんはゴドキン達を抱えながらにこやかに挨拶をしました。
「久しぶりだねゴラッシ君・ストロボビィス君・ゴーヘル君。今日も決闘をするかい?」
おっさんに尋ねられた三人は肯定しました。
ゴーレムは自らの目を疑いました。
おっさんは「蹴り技は苦手なんだよな~」と呟いて足を地中から出した後に、ゴドキンとマリアナを抱えた状態で、ローキックだけで三人をボコボコにしました。
めでたしめでたし。
※次からは、ゴブリン達がいるクレーターだらけになってしまった元草原平地地帯に戻ります。
「あの・・・・・・君はさっきから何やっているの?」
「・・・・・・ほえっ??」
何度も何度も攻撃を食らわせているはずの標的から、間の抜けた上記の質問を受けたゴブリンは絶句し、自分でも意図していない可愛くも意味不明な声を上げてしまった。
ゴブリンは基本的に敵を討伐する時は、仲間と模擬戦している時は別として文字通り一撃必殺なのだが、今回だけは違った。
(何回も何回も本気で攻撃しているはずなのに、このへんなゾンビみたいなの死んでない・・・・・・だけでなく反撃も防御も回避もしていない・・・・・・つまり)
自分の強さに自信と誇りを持っていたゴブリンは、認めたくもない目を逸らしたい仮説にたどり着いた。
(こいつ、ボクを敵とすら認識してない・・・・・・っ!?)
強さのレベルがカンストしているゴブリンは、いつの間にか放心状態から今まで感じたことの無い屈辱と憤慨へと感情ががらりと変わっていく。
そこに、
「あははっふふふふ、何さっきの声? ほえって何よほえって・・・・・・草生えるわおもしろいわこれ以上ないくらいバッカみたい!」
ゴブリンの上空から、女性の嘲笑う声が天高く響く。悪意の無いコーフィンとは対照的に、彼女の話し方や声質が明らかにゴブリンを愚弄しているのがわかる。
ゴブリンが、力なく声の元に向けて顔を上げる。
そこに飛んでいたのは烏タイプの女性人鳥だ。烏の足が二本+臀部上に一本ある(左右の足より少し長い)。彼女の頭にはアメリカインディアンの烏の羽根飾りを被っていた。
あからさまにに不機嫌なゴブリンが彼女を睨みつきながら質問する。
「あんた誰?」
「私? 私はダーティー魔王軍幹部が一人 サイソウ サンクロウ ちゃんよ☆?
標的の感覚神経を狂わせることや隠密に特化した可憐で器量がいい炎使いなの」
(隠密得意なら陰に隠れて、奇襲かけろよ)
心内でゴブリンが呆れたようにツッコむ。
「ふ~ん、そうなの・・・・・・質問なんだけd」
「探したわよ方向音痴のコーフィン、何ボーっとしてんのよ。そっちのほえっゴブリンは私達の敵敵。
さっさと倒しちゃいなさい」
もしも近くに人の街があったら、憂さ晴らしのためだけに侵略して人間皆殺しにしようとするほど滅茶苦茶機嫌がよくないゴブリンの話を折る・・・・・・というより丸無視して同僚に話しかけるサイソウ。
「そうなのか? 了k」
「ああそちらの変な声を出したゴブリンちゃん? さっき質問って聞こえたんだけど何? さっさと早く言いなさいよ」
「・・・・・・(後でこの雑魚鳥絶対殺そう)このゾンビみたいなの、ボクの対不死用魔剣で何回も斬ったはずなのになんで効かないのh」
話している途中のゴブリンの頬めがけて、今話の題材になっているそのゾンビみたいな奴がパンチを放った。
さすがに今まで堪えていたゴブリンの怒りの沸点が、コーフィンの攻撃で通り越した!
「ざっけんじゃねぇぞごらぁああぁああああっ!! 今人が喋っている時に邪魔してんじゃねぇぞっ!!」
ぶち切れたゴブリンは、本気の本気で斬撃をコーフィンにぶちまける。
しかし、斬られたコーフィンの体は、例のごとくすぐに元通りになる。
「あら、コーフィン。人が喋っている時遮っちゃダメなのよ? これだからKYは・・・・・・」
「倒せって言ったのサイソウのはずだが?」
「え? 何? 私のせいなの? 全部私が悪いの? あ~そうですよどうせ全部私がわるぅございましt」
何かピーチクパーチクさえずっている鳥女を、ゴブリンはまばたきする時間よりもはるか速く撲殺した。
血を垂らした肉塊が飛ぶ力を失い、落下する。
「ああサイソウ、ミンチよりもひどい状態になって・・・・・・治そ」
だが、コーフィンは魔法で血だらけのサイソウを黒い霧みたいなもので包んで、その後少し経って彼女から黒い霧みたいなのを消した。そこから表れたのは蘇生・完全治療された五体満足のサイソウ。
「ああ、危なっ! 三途の川の向こう岸にいる爺ちゃんが、私に向かって中指を立ててきたんだけど、どういうことよ? ・・・・・・そしてこのほえっゴブリンがっ! 人が喋っている時に攻撃するんじゃないわよ!! そんなに黒焦げになりたいのかしら!」
「蘇生魔法は治療より苦手なんだが」
(それだ! あのゾンビ擬きはバハムートよりも早く自分や相手を回復できる・・・・・・厄介だよ本当に!)
「そこの君。なぜ俺がその魔剣で斬られたはずなのに浄化しないのか、知りたがっていたな」
コーフィンがゴブリンに話しかける。まあ今となってはゴブリンの心内には、なぜコーフィンが倒せないかについては、もう興味を失せていた。
「俺の左半身部分はたしかに不死で構成されてるのだが、右半身の方は非不死でできていて、対ゾンビ浄化作用そのものを浄化する効果を持つ・・・・・・つまりはいくらその魔剣で俺を斬り刻んでも意味がないということだ」
「そういうことか・・・・・・」
(つまり倒せないっということね? とりあえずリリスかバハムートの方まで行ってあのゾンビか何だかわからない雑魚の封印を頼もう・・・・・・そしてあの烏を拷問しつくすんだっ)
コーフィン対策を練ったゴブリンは、この場から離れようと踵を返す・・・・・・
「ふ~ん・・・・・・逃げるんだ?」
ところで、サイソウが面白そうに彼女に挑発するように声をかけた。
「・・・・・・あ゛っ?」
「いや~私ね。隣国に強いゴブリンがいるって前に噂で聞いたんだけど、私達程度で尻尾撒いて逃げようとする貴方のことじゃないのよね?
まあもしそうだとしても、雑魚しかいないゴブリンとして相対的に強かった意味でってことなのね~あなた。
どうせコボルトやオークにも勝てないのよねそうなのね。あなたって勝手に周りから強いって勘違いされた弱っちいモンスターでしかなかったのね・・・・・・憐れね」
「・・・・・・決めた。お前だけは金輪際許すことは無い。絶対に無い」
「なんで私があんたの許しを請わなきゃいけないのかしら?
なぜか腹が立ってきたわ、今からゴブリンのモノマネをしま~す。ほえっほえっほえっ」
(このザコカラス・・・・・・ボクのことを徹底的にバカにしやがってっ!!)
「なあところで俺も君に質問があるのだが・・・・・・」
「何? ボクはあのクソカラスをどう料理しようか考え途中なんだけど」
「そんなにすごい膂力が君にあるのなら、どこぞの剣聖みたいになぜ俺を大気圏の外まで殴り飛ばさないんだ? 不思議で仕方ないんだ。さすがに不死身の俺でも星から出れば基本的に戻ってこれないぞ」
「ちょっと、コーフィン何を・・・・・・」
ゴブリンは大口開けて、左掌に右拳をポンと押した。
「あ、その手があった」
そして彼女はすぐにコーフィンの呟いたことを実行した。
「あっちょ・・・・・・っ!?」
いきなりコーフィン達のいた場所に拳圧の嵐が巻き起こった。時間差で衝撃波と呼んでも良いような轟音が広範囲に鳴り響く。
「え? あの? コーフィンっ!?」
暴風が止んだ後、サイソウは周りを見渡した。どこにも彼女の同僚の姿が見当たらない。
ゴブリン娘の至近に、砕かれたガラスに酷似してるひび割れた空間が確認できた。ゴブリンの全力の攻撃は、空間すらも力技で壊せるのだ。
「あのゾンビだか何だかわからない男は今、宇宙旅行を楽しんでいる所だよ?」
サイソウの背後から穏やかなネコナデ声が聞こえた。
背筋が凍り付き、肌全体に脂汗が流れるサイソウ・・・・・・彼女は今、自分がどのような立場にいるのかすぐ気づいた。
自分の実力では避けることも防ぐこともできない攻撃を繰り出せれる敵と今、二人っきり。コーフィンもいない今、自分の回復も蘇生も期待できない。
だが今更白旗を上げようとしても、散々サイソウは煽った。彼女が許すはずもない。
・・・・・・ダメで元々。
「おめおめぶっ殺されてたまるものかっ! こっちも腐ってもダーティー魔王軍の幹部なのよっ!」
飛翔したサイソウは、三つの足の虚空先から二種類の炎魔法と黒い霧みたいな闇魔法を同時に射出する。
闇は別として、炎はただのありきたりなものではない。
臀部上の足から闇魔法が散布され、左の足からは、濃い光を広範囲にまき散らす緑と茶色を混ぜたような炎、右の方からは闇そのものを燃料にする銀色の炎が膨大に射出される。
「私のとっておき、『散光煉』と『貪暗焔』を喰らって、狂いなさいっ!」
『散光煉』の光を少しでも浴びた者は、瞳に激痛が生じ、平衡感覚が狂い、酷い吐き気を催し、特殊能力を発動させるために必要な術式の計算を鈍らせる効果を持つ。
一方、『貪暗焔』に炙られた者は、熱感覚神経が狂って寒いと錯覚させ、熱い炎が恋しくなる効果を有する。
津波のように視界一面に埋め尽くす二種の炎は、大氷塊を一瞬で蒸発させるような熱を放出しながら、ゴブリン娘めがけて押し寄せる。
街一つを灰と炭に変える攻撃を、彼女は・・・・・・。
「何? その情けない攻撃は・・・・・・」
繰り出した正拳の風圧だけで、炎全てを遥か彼方に吹き飛ばす。
それを終始眺めていたサイソウは、しばらくの間放心した。
呆然とする敵を、ゴブリン娘がただ眺めて待つわけもなく・・・・・・。
「サァ~イィ、ソゥ~ウチャ~ン。あ~そび~ましょぅ?」
(あ、あ、悪夢だわ・・・・・・どうやって逃げれば・・・・・・)
気を取り戻したサイソウ・・・・・・視線の先には朗らかに微笑んでいるゴブリンが見えた。
ただし彼女の背後からは魔法物とは違うどす黒いオーラが溢れているのがわかった。きっと何かの見間違いだろう。
「ボクおもしろい遊び知っているんだ。拷問ごっこっ!! まずはサイソウさんの足三本を三つ編み状に編み込んでみようよっ!!」
(足を三つ編みって何よ!! 私の鳥足は髪の毛でも紐でもないわよっ!! っていうかいきなりさん付けっ!!?)
「ゴ、ゴブリンちゃん・・・・・・」
「なぁに? サイソウさん」
「これあげるから見逃して・・・・・・?」
サイソウは被っていた羽根飾りをゴブリンに渡そうとする。
ハッハッハッとお互いしばらく笑っていたのだが、すぐに、
「見逃すわけねぇだろボケェエエエエッ!!」
「ですよね~ガッデム! ぎゃぁぁああああああああああああああぁあああああっ!!」
ボギャ!! グギャ!! メギャ!!グチャ!! グキッ!! ベキャ!! ブチャッ!!ゴキャッ!!
※次からは夜叉の杏華がいる場所へと舞台を代えます。
『なぜ、自分よりも強い相手に無謀な戦いを挑めるのかだって・・・・・・? 杏華』
夜叉の目前にいる黒髪の少年が、彼女の質問に少し悩んだ。
二人はとある過疎地村の自然公園のベンチに並んで座っている。
『ん~無謀とは違うよ。人間は確かに亜人達に比べれば弱い方だ。勇者である俺なら嫌でも格上と戦わせられる。
でも、人間にも優れた部分がある。弱いからこそ伸びる能力もある。例えば戦術やチームワーク、そして諦めない心だ。
そんなことより、君に渡したいものがあるんだ。綺麗な髪を持つ杏華に似合うだろうとっておきなものさ』
照れながら語っている少年は、バックからプレゼント箱を取り出した。
そこで目が覚めた杏華。
目の前に映る景色は、知り合いの勇者の顔ではなくただ寒々としている坂と空しか見えない。今、彼女は山の中腹まで敵に殴り飛ばされたのだ。
「そうか・・・・・・私はまだ生きているのか。あの純血鬼を倒さなければ・・・・・・!!」
立ち上がった杏華は、自分の髪の毛部分に違和感を感じた。右側の髪をサイドテールに縛っていたはずなのになぜかそんな感覚がなかったからだ。
地を見下ろした杏華は絶句した。憧れの勇者から貰った花の髪飾りが落ちて土で汚れてしまったからだ。
急いで彼女はそれを拾った。しばらく呆然と仁王立ちした彼女は次に、血が出る程奥歯を噛み締める。
「・・・・・・」
すぐに杏華は坂を降り始めた。憎き標的のいる場所に向かうためだ。
(奴は膂力だけでなく防御力も異様に高く、魔法間合いの範囲が広い。今の私に敵うのか・・・・・・?
いやっ! 人間の勇者様が格上の相手にいつも果敢に立ち向かっているんだっ!!
私も彼を見倣わないとっ!!)
規格外の速度で移動できる杏華は、自分が元いた麓まで下山するのに、そんなに時間はかからなかった。
(いたっ! まだ奴はこちらに気づいていないっ)
標的を目視できた杏華は地面を駆けるのをやめ、針葉樹の幹を蹴って三角跳びで忍者みたいに移動する。
土使いの魔導士相手の付近の地面は沼の罠になっている可能性がある。沼にはまってこちらの動きに制限がかかるのは避けたいのだ。
それに高い木と木の間を飛んで移動すれば、たとえ自分が立っている木が土魔法で沈みはじめても、完全に沈みきるまでに時間の余裕ができる。
次に杏華は飛び回るのをやめ、木の幹に刃を突き立てている刀を片手で掴んで懸垂状にぶらさがり、刺々しい枝を一本針葉樹から引きちぎり、自分に背を向けている敵に向かって大声で叫んだ。
「オーガっ!! 私はまだ生きているぞっ!!」
「なっ!? 嬢ちゃん!?」
驚いて振り向いた敵の瞳に、杏華は、
(意趣返しだっ!)
容赦なくつまんでいる枝をダーツみたいに投げ飛ばした。
「グッ!?」
片目に枝が刺さったポトゾルは、後退りして怯む。彼女はそれを見逃さなかった。
木の幹から刀を抜き取り、近くの幹を強く蹴って宙を舞った杏華は、次に怯んでいるポトゾルの近くまで寄って、奴の体・・・・・・ではなく奴の得物にしているこん棒の柄を切り落とした。
いくら丸太みたいに分厚い武器でも、持ち手の部分はどうしても細くしなければ使い手が掴みきれないからだ。杏華は持ち手を狙って攻撃した。
(私はいつも格下相手にばかり闘っていた・・・・・・)
基本的に杏華の剣技は、敵を斬る時は、急所の首部分に必要以上の力を出さずに軽く薙いでいた。そうしたほうが体力が温存出来て敵を多く倒せれるからだ。
しかしそれでは格上相手には通じない。彼女はそれを痛感した。
(勇者の戦闘を思い出せっ!! いつも彼のあとを追って眺めていただろうっ!!
彼の剣技を、戦闘を、心を模倣しろっ!!)
「『勇者流剣技 護民突敵』!!」
杏華は腹の底から慟哭しながら、ポトゾルの首元・・・・・・前に斬りつけた傷と同じ部分を刀に突き立てる。
今度は彼女の攻撃は奴にしっかり深く届いた、貫いた。
「うぉぉおおぉおおおおおおぉおおおおおおおおおおっ!!」
「ぐわぁあああぁああああああああああああああぁあっ!!」
(後の事は考えるなっ! 奴に勝てたらいっぱい休んでいいからっ! 全体力を、全魔力を、全霊を、自分の刀に遠慮なく注げぇぇえええぇええええぇええええええっ!!)
ポトゾルの大量の返り血を浴びながら、杏華は目を瞑り、強化魔法を自分にこれ以上ないくらいかけるっ!!
しかしポトゾルもダーティー魔王軍の幹部の一人・・・・・・ただで殺されるなど生ぬるい雑魚ではないっ!
土が流れる音が、杏華の耳に届いた。ここは山の麓。
(私が先程降りた山の表面の地面を操っている・・・・・・ここめがけて押し寄せようとしているっ!? 自分事敵である私を土砂崩れで生き埋めにする気かっ!! 最期の最後で、とんでもない力を発揮しやがってっ!!)
山の表面だけの土を操っているっと侮ることなかれ・・・・・・ポトゾルの操作している土砂の量は石造塔を丸のみにする程だ。まるで土の津波。
そして二人はポトゾルの魔法によって生き埋めになった。
数分後、
一人の影だけが、ポトゾル達のいた土砂から地表まで這い出たのだ。
その者は、額から角があり、着物を着ている女性・・・・・・杏華だ。
彼女は息を乱しながら、自分が操った土砂に埋まっているポトゾルがいるだろう方向を見下ろして吐き捨てる。
「悪いな・・・・・・。
勇者様がこの世にいる限り・・・・・・私は絶対死ぬわけにはいかないっ・・・・・・!」
※次からはジェウォーダン達がいる植林地へと、舞台を代えます。
竜王軍所属のジェウォーダンとダーティー軍所属メイが、原っぱに敷いているシートの上で、仲良く酒盛りしていた。
彼らは実は殺し合いするはずであった敵同士なのだが。
「おお、我が愛弟子メイよ、なかなかの飲みっぷりだ! さてはいける口だな・・・・・・?」
「ぷはぁ~。この芋のお酒美味しいですね~気に入りました、師匠」
いつの間にかお互い敵同士である彼らの間に、師弟関係が芽生え始めてきた。
メイはどうも酔ってしまうと、声が大きくなり、活舌がよくなるタイプらしい。
もはや二人とも闘う意欲は完璧に失っており、完全に出来上がっている。
ジェウォーダンが元気よく挙手した。
「おう、今から一発芸するぞっ!」
「わ~ぱちぱち、楽しみです!」
もはや傍からは、二人が宴会を開いているようにしか見えない。
ジェウォーダンはシート外の草原上に両手をついた。
彼の近くの地面に魔方陣が複数現れたかと思ったら・・・・・・。
「わ~すごいですね。師匠」
シマウマやガゼル、カバなどの動物達が魔方陣上から出現する。
「召喚魔法が使えるんですね~。この動物さん達とってもかわいいです」
心の底から称賛してくれるメイに、彼は照れ臭そうにうれしがった。
かと思えば、彼はその後、大きくため息をつく。
「あの・・・・・・どうかされました?」
「いや、貴殿は本当にいい奴だな、わしの直属の部下にしたいくらいだ。それに比べてわしの同僚である鬼族の杏華は全然わしのことを尊敬しない。竜王軍に加入した時から、部下であるはずのあいつはわしを見下していたのがわかっていた。
そしてその彼女がわしより強く偉くなれば、ますます顕著に蔑ろにしたのだ・・・・・・あんなにわしが面倒をみたのに、あの恩知らずめっ! 強くなれたのは誰のおかげなんだと思っている!!
あ、いや済まない・・・・・・つい愚痴がこぼれてしまったな」
「ジェウォーダン師匠・・・・・・試しに少しだけでも杏華さんと話し合ってみては如何でして?」
「話し合う、か。それであ奴の態度が軟化し始め、わしを敬うのだとはどうも思えぬが・・・・・・まあメイ殿がどうしてもと申すのであれば、別にわしは構いはせぬが」
「試してみましょうよ! 仲が悪いのはきっとコミュニュケーションが足りないのだと思います」
「そうだな! 城に帰ってみたら杏華に声をかけるか。アドバイス感謝するメイ殿よ・・・・・・ところでこちらも質問があるのだがな。
ワシが知っている限り、貴殿は他の誰よりも穏和な性格を持つ・・・・・・どうしても争いを好む性分だとは思えん。なぜ人間共を侵略する目的がある魔王軍に加入しているのだね?
まあ、答えたくないというのなら、無理に話すことは無いのだが」
そんなジェウォーダンの尋ねに、メイは本心から話した。
「そうですね。実を言いますと私はダーティー様の魔神化を阻止するために、彼女の軍に入りました」
(なんだとっ!? 彼女は間者の類か!!)
驚愕しているジェウォーダンに、メイは説明を続ける。
「ダーティー様は、全並行世界を自分の意のままに支配できる魔神になることを目論んでいます。もし彼女が目的を達成できれば、永遠に平和な世界がやってくることはないでしょう」
「平和・・・・・・? メイ殿よそれが貴殿の望みなのか・・・・・・?」
「はいっ! 戦争も種族差別も存在しない、みんなが安心して暮らせるよう世界が変わることが、私の願いです」
(・・・・・・なんとも魔王軍軍人らしからぬ純真無垢な願いだな・・・・・・ん?
わしは確かに竜王様の望みとあらば、逡巡を一切せず任務をまっとうする・・・・・・だが、もし竜王様の最終目標である世界征服が達成できた後は、いったいわしはどうしたいんだ・・・・・・?)
しばらく俯いて黙って長考しているジェウォーダンに、メイは心配そうに尋ねる。
「あの・・・・・・どうかされましたか?」
「え? あ、ああ大丈夫だ。少し考え事をな。
辛気臭い空気になってしまった。ここはわしの十八番であるお酒一気飲みを披露するとしよう」
拍手しているメイに見守られながら、ジェウォーダンは革製水筒から自分の大きな木製グラスまで透明な液体をなみなみと注いで、次に彼はグラスを傾け、注いでいるお酒全部を数秒で飲み干した。
「わぁーすごいですねっ!!」
「う・・・・・・うむ、メイ殿もどうだ?」
「え? あ、はい!」
メイもジェウォーダンのと同じサイズを持つ自分のグラスに、お酒を彼から注いでもらって、すぐに一気飲みをした。
「おお、素晴らしい! なかなかやるではないか」
「ええっふぅ。いやいとできまひゅだぁ~。目がまわゆ~」
先程から少し赤らめていたメイの顔が、今のでいっきに真っ赤になってしまった。
座った状態の今の彼女は、上半身がふらふら揺れていて、活舌も悪くなっていた。
すぐにメイは仰向け状に後ろに倒れる。
「はっはっはっ・・・・・・もう酔いつぶれたか。我が愛弟子ながら情けないな!」
そう笑い飛ばす獣王だが、次に彼女の異変に気付く。
「・・・・・・おい?」
メイの呼吸が浅く、早くなり、全身から汗が大量に出た。
「お・・・・・・おいっ! メイ! しっかりしろっ!! おいっ!!」
そんな尋常じゃないメイの様子に、ジェウォーダンの酔いは一気に醒めて、彼女を介抱する。
(なんだ・・・・・・!? 彼女の体が冷たくなっている!! 普通お酒を飲めば体が火照るはずなのに・・・・・・)
ジェウォーダンはメイの状態に何か、聞き覚えがあった。
(バハムートから聞いたことがある・・・・・・急性アルコール中毒かっ!?)
「ああくっそ! 病名や症状は聞いたことがあるが、応急処置なぞ知らないぞわしっ! ああしっかりしろメイ! メイ! 絶対助けてやるからな! ・・・・・・そうだ。バハムートやリリスに頼めば、治療魔法で・・・・・・っ!」
自らの仲間の元へ急いで向かおうとする獣王だが、ふと当たり前のことに気づいた。
(メイは、我ら竜王軍の敵・・・・・・下手に彼女をリリスやバハムートの元まで運べば、彼らは弱っているメイにとどめを刺すだろう・・・・・・一体どうすれば・・・・・・っ!?)
慌てて右往左往している獣王の耳に、聞き覚えのある弱々しい声が届いた。
「じ・・・・・・獣王師匠・・・・・・」
「メイっ! 意識が戻ったかっ! すぐに医者の方まで連れて行くからなっ!」
そんなことを叫んでいた獣王だが、ここは彼の見知らぬ地。亜人を治療する医者の居場所なんて彼は全く知らない。
「わ・・・・・・私、は、もう助からないで、しょう。ですが、師匠は、気に病むことは、あり、ま・・・・・・せん。あなたは、やるべきことを、やった、だけ・・・・・・です。
今から、辞世、の句を言わせて、くださいっ・・・・・・」
「何も言うなっ! やるべきことをやっただけ・・・・・・? 竜王軍であるわしと、敵であるはずのメイ殿の殺し合いの事かっ!! こんな結末、わしが望んでいたとでもっ!? 嫌だっ! 辞世の句なぞわしは認めんっ!! 貴様も戦士だろ!? やるべきことが残っているだろうっ! こんな・・・・・・こんな終わり方あんまりじゃないかっ!!」
メイは優しく微笑んで、微かな声を出した。
「ダー、ティー様の野・・・・・・望を阻止して・・・・・・彼女から、この世界を護って、ください・・・・・・ね・・・・・・」
「それはわしではなく、貴殿の役目だろっ!! おいっ! おいっ!! メイっ!! あぁぁああああああああああああぁあああああああああああああああああぁあっ!!」
そしてジェウォーダンの敵であるメイ クリスタルホーンは静かに安らかに息を引き取った。
ジェウォーダンの当初の目的は、果たされたのだ。
※次からは、悪魔のバハムート達のいる街まで舞台を代えます。
ドライアドのローレイ達がいる歩道近辺には、剣呑的な空気が流れ、空間が張り詰めるよう緊迫していた。
(さて、ラッキーなことにドライアドの死体は屍コレクターに高い値段で販売できますね~、特に無傷の状態は金貨が溢れんばかりに手に入れます。ということで、彼女の討伐方法はもちろん呪殺一択)
(先程の鞭攻撃で分かりましたわ。あの悪魔の表皮外側に張り巡らせてある防御結界は、ダーティー様が繰り出したモノよりも段違いに固い。それも何重にもある。・・・・・・負け戦ね。私の攻撃は何も通じないでしょう)
「坊や、すぐに私が差し上げた金貨を地面に置いて、一目散に逃げなさい・・・・・・絶対ここには戻らないこと」
「あ、あのお姉ちゃ・・・・・・」
「早く行きなさいっ!」
ローレイの叫びに慄いたホームレス幼児は、言われた通りすぐに石畳の上に先程彼女からもらったコインを落として、バハムートから離れるよう全力で駆け抜ける。
「おやおやワタクシの前で逃げられるとは、何とも愚かですね~」
そう呟くバハムートは、自分の足元に落ちている金貨を、念動力魔法で宙に浮かせ、次に虚空に舞う魔法の水球でその金貨の土汚れを濯ぎ、最後に彼の異空間収納魔法で別次元に移動させた。この流れでかかった時間は一秒にも満たない。
(別にあの下劣猿見逃してもいいですが、それによって安心しきったドライアドも逃亡を企てようとするかもしれません。
もしそうなったら、竜王様から承った任務も失敗になり、屍コレクターからのお金もオジャンになってしまいます。つまりあえて餓鬼を殺してあの女を激昂させる!!)
バハムートは掌先の虚空に、少年を追尾する効果を持つ灼熱の火炎弾を創作する。
させるものですか と大声を出したローレイも植物茎みたいな鞭を魔力で生長つまり伸ばして、その先端に消火剤泡を口から吐き出せれるウツボカズラの花を複数出現させた。
そんな殺気立っている魔王軍幹部所属の二人に、
「おいおい喧嘩はよせよ。怪我したらどーすんだ」
一人のチンピラが仲裁しようとする。
「離れてなさい! 見知らぬ方。ここは今から戦場になります」
「なんですか? 今取り込み中ですから、邪魔はしないd・・・・・・」
こちらに声を掛けた人の方に、視線を向けたバハムートはすぐに息を呑んだ。
「あ゛? お前たしかバハムートだろ。久しぶりだな。これから飯食いに行くけど、一緒に行くか?
おごるぜ」
「・・・・・・・・・・・・」
チンピラと目を合わせたバハムートは、まず意外な旧知の人と出会ったからか頭が一瞬だけ真っ白になる程驚愕し、次に本能的に彼から恐怖を感じ取ったのか膝が震え、あまりの憎しみにはらわたが煮えくり返り、思わぬ鴨がこちらまでのこのこやってきたことに気づき、口元を曲げて歓喜した。
「タイガ ダストシュートぉぉおおおおぉおおおおおおっ!!
よくものこのことワタクシの前に姿を現せましたよね!? この魔族の恥さらしがぁああああああああぁああああああああっ!!」
バハムートが狂うようブチ切れた後、幼児を蒸発させる目的で生み出したはずの超高温炎魔法を、タイガと呼んだチンピラに向かって射出する。
しかしタイガは避ける素振りもせずに両手をズボンのポケットに突っ込んだまま相手の攻撃をもろに顔面に受けた。全然効かなかった。
「ちぃ、やっぱり一筋縄ではいきませんかっ・・・・・・!!」
タイガの特徴は、赤紫色したオールバックの髪にカチューシャを被っている、柄の悪そうで三白眼が特徴的な見た目だけ十代後半の男。右頬にタトゥーみたいな二つの三角の紋章がある。袖に腕を通さないようぼろ服を羽織り、ずんだれたズボンを履いていた。
ドライアドのローレイは、バハムートの言葉に何かを思い出した。
「タイガ・・・・・・確かダーティー様と同盟を結んだ殴られ屋でしたか?」
ああそうだ と肯定しているタイガに、バハムートは怒り狂いながら叫ぶ。
「貴様がワタクシ達魔族を裏切らなければ、とっくの昔にこの世界どころか神界すらも魔族の手中に収めてたはずだ!! そうなればワタクシは竜王の下に就いてせこせこ日銭を稼ぐことも無かった!! 今よりも比べ物にならない位の富を独占できたっ!! それをてめぇが全部オジャンにしたんだっ!!」
そんなバハムートにタイガは、心底嫌そうな顔をした。
「え~、良いじゃねえか別に。闘うか、闘わないかを決めることはおれ様の自由だろ」
「貴様の戯言や権利なんかどうでもいいっ!! 御存じ無いかもしれないが貴様は魔界元老院から登録されている賞金首だっ! それもドライアドの死体とは比べ物にならない位になっ!! 絶対に葬る! 屠る!! ぶっ殺してやるっ!!」
もはや今のバハムートの目的は裏切り者への制裁。
いつの間にかバハムートの上空に、牛程の大きさを持つ両手の形をした何かが、空中に浮かぶよう出現した。
その手は枯れ木の塊に鰐の鱗みたいなものが生えているのが特徴的で、禍々しく膨大なオーラを纏い、鋭い爪も生やしている。
「背信魔法『邪悪の樹の枝』っ!!」
バハムートが術名を唱えた次の瞬間に、その怪しげで巨大な両手はそれぞれ、突っ立っている敵の喉笛と胸元めがけて、魔王軍幹部のローレイですら捉えきれない速度で容赦なく突撃する。
攻撃を受けたチンピラは、弾け飛んだり蒸発したりすること・・・・・・はなく、常人が蚊に刺されたことよりも平然と仁王立ちしていた。
鱗が生えた枯れ木の両手が、自然に粉々に崩れて空中分解する。
ノーダメージの相手と、破られた自慢の魔法を眺めたバハムートは取り乱す。
「え? いやありえない。邪な魔道を極めに極めきった者しか使えない魔法なんだぞ!!
ヨルムンガンドを一撃でくびり殺せて、中級天使の群れ程度なら一瞬で消し去るほどの威力を持っているんだぞっ!
ワタクシはレベル98だっ! ああそんな、何かの間違いだ・・・・・・」
頭を抱え、青ざめた顔をしているバハムートは、次に何かを長考するよう動きを止めた。
すぐに彼は何か名案が浮かんだのか、掌先虚空に、刃渡り十メートルある紫色に輝く鎌状の光の刃を生成する。
「ああそうか、たしか裏切り者はただ単に膂力や物理防御力が非常に高いだけなんだ。魔法のそれも特殊なものに対しては耐性は皆無っ!!
次元ごと切断しとけば問題無しっ!!」
(あ~やべ~ばれてたか、そうゆう系は苦手だってこと・・・・・・まあ)
次にバハムートは次元を切断できる光の刃を躊躇なく、光の0・999倍の速度でタイガの脳天めがけて振り下ろすっ!!
(流石にそういう類の喰らうわけにはいかねーや)
音速よりも桁違いに速くこちらに向かってくる刃を、のんびり眺めながら考えるタイガ。
「聖術 暴力』」
バハムートの剣戟を白刃取りするよう容易く人差し指と親指で摘まんで受け止めたタイガは、すぐに今さっき使っている術名を唱えた。
「・・・・・・は?」
本来防御絶対不可能な自慢の攻撃を素手であっけなく防がれたバハムートは少しの間開いた口が塞がらなかった。
すぐに彼の頭には疑問が湧いて溢れだす。
「魔界元老院からの情報では、貴様は魔法を一切使えないはずではっ?? なんでなんでも触れたものを切断できる光の刃を素手で受け止めきれる?? 聖術って今ほざいたか?? ・・・・・・貴様腐っても魔族の端くれだろこのゴミ箱がっ!!」
ぶちぎれているバハムートに、小指で耳の穴ほじくっているチンピラは説明した。
「さっきの『聖術 暴力』は、流動体やエネルギーの波、空間に霊体等の本来素手で掴めれないものを、個体に触れるよう扱うことができる能力だ。
そしてその能力はアンチヘルおばちゃんから無理やり渡されたものだ。
何か、汝は魔族にも拘らず非暴力の姿勢を貫き、善行を重ねた。汝こそがこの世界の平和を担う存在だ何だって言ってたな」
ローレイが信じられないような顔をして呟く。
「アンチヘルって、もしかして魔族と敵対している聖王 アンチヘル クラウンバット!?」
「ああそうそう、よく髪型をオールバックかワンレンにしている酢の物が大好物のおばちゃんだよ」
そう何気なく答えるタイガは、摘まんでいる光の刃を粉々に砕けるよう握りつぶす。
ローレイの使う鞭から酸素が出されており、バハムートはうなだれながらそろばんを軽快に弾く。
※タイガはおばちゃんだなんて呼んでますが、聖王に性別は存在しません。
※次からは、リリスがいるダーティー魔王城内のダンスホールへと舞台を代えます。
敵であるスライム髪の男の額に、リリスの洗脳魔法効果を持つ光の矢が命中した。
「たしかにあなたは厄介だったわぁ~。でもあたしの操り人形にしてしまえばあなたの勝機は皆無になるのよ」
リリスの術中にはまったスライム髪の男・・・・・・カブは頭を垂れて仁王立ちする。
「さて、ここはあたしの奴隷にしても良いんだけどねぇ~。身体能力は低そうな貴方を操ってもメリットあんまり感じないのよぉ~。と、いうことで」
リリスは収納用異空間から、細く長く薄く鋭い片刃の魔剣を手元に取り出し装備する。
「死んでもらうわよ? バイバイ、坊や」
そう別れの言葉を述べたリリスは、ためらいもなくカブの首めがけてその剣で横薙ぎにしようとする。
「・・・・・・どういうことなのかしらぁ?」
眉をひそめるリリス。
なぜならリリスの催眠で動きに制限をかけられたカブの髪の毛・・・・・・緑のスライムが彼女の振った剣にひとりでに伸びて巻き付いて彼女の攻撃を阻止したからだ。
リリスは彼の髪の毛であるスライムから反射的に猛スピードで剣を抜き取った。
しかしその剣の刃部分全体に、衝撃を吸収する特性を持つ少量のスライムが纏わりついている。
(わざわざスライムを硬化させて剣から落として処理することもできるんだけどね~。手間がかかるし、そのまま高火力の魔法でも撃ってみようかしら?)
リリスはスライム付きの剣をそこら辺の床に投げ捨て、次に掌先の虚空から摂氏マイナス二百度の寒波を敵に向かって、生み出し発射する。
しかしカブは凍てつかなかった。
なぜならリリスとカブの間にある空間が歪んでしまって、そこを通過した寒波は誰もいない方向に進んでしまったのだ。寒波が通過した床や壁は凍り付いている。空中には冷気の霧が舞う。
「あなた・・・・・・本当は洗脳されてないのねっ!!」
激高し叫ぶリリスに、
「嬢ちゃん・・・・・・それは違うぜ」
オタ芸を打つのをやめて、腕を組んでいるリザードマンが話しかけた。
「・・・・・・・・・・・・(この傀儡、あたしが洗脳した下僕の一人じゃないっ!? なんで何の命令も下してもない彼が勝手にしゃべりだしたのよぉっ!! もう何が何やら・・・・・・)」
「奴はちゃんとあんたの術を受けている。あれを見てみな」
リリスはリザードマンが示した指先の方を向くと、カブが何か拳法家みたいに片足を上げ、両腕を曲げている構えを取っている。・・・・・・もちろんリリスはそのように操っていない。
「マルウェー国三千年の歴史の中にある秘拳『催眠拳』・・・・・・三か月程修業した魔導士が会得できる魔力拳法で、自分が催眠状態になったら攻撃力と魔力が大幅に増幅し、敵である催眠術者からの命令を無視出来て、その上自己防衛もできる伝説の術だ」
「な・・・・・・何ですってぇっ!? それじゃあ洗脳魔法逆効果じゃないのよっ!! たかが三か月修業して会得できる術だなんて催眠術系特化のサキュバス泣かせもいいところだわっ!!
ふざけんじゃないわよっ醒めろっ!!」
顔を憤りによって紅潮させているリリスは激しく指を鳴らした。
それを合図に、
「・・・・・・あれ? 僕は・・・・・・いったい・・・・・・」
カブは彼女からの洗脳催眠魔法を解除された。次に彼は『催眠拳』の構えを解いて呆然としている。
「ふ・・・・・・ふふふっ・・・・・・」
傍から微かに聴きとれる、何かを諦観したかのような含み笑いの方に、カブが視線を向けると・・・・・・。
「うふふ、あはははははっははっはは・・・・・・・・っ!! 何が『催眠拳』よっ! なにが『タップダンス』よっ!
もう戦利品になる調度品なんて知るかっ! あなたみたいなモテないくせにキザ男ぶるムカつく敵をこの城ごと踏み潰せれるのなら報酬もいらない・・・・・・!!
とっておきの召喚魔法いくわよぉ~・・・・・・神獣口寄せっ!」
どことなく気品が滲むようしかしどこか狂気的に笑ったリリスは、次に先程よりも強く激昂して指を鳴らした。
すぐにリリスの近くに、ダンスホールの天井に頭が届きそうな程巨体な三つ頭の猛犬・・・・・・ケルベロスと、
城の中庭に、ふて寝している竜・・・・・・ニーズヘッグと、
外堀代わりにしている湖に、軍神すらも呑み込めれるほどの実力を持っていて荒唐無稽と喩えれる程の巨大さを有している狼・・・・・・フェンリルと、
外庭に四神と呼ばれている朱雀・玄武・青龍・白虎を同時に召喚した。
ケルベロスは栄えた軍事大国の都で一時間ほど暴れれば、そこを血の海と瓦礫の山に変えることもできるし、ニーズヘッグは手加減した魔力咆哮一回でちょっとした丘を吹き飛ばすことが可能。四神は全員が秒単位で大国全域に甚大な被害をもたらせれる霊力を携えている。フェンリルクラスにもなれば強さを表現するための説明はあえて不要だろう。
カブは尋常じゃないほどの覇気を放っているケルベロスと、窓から確認できる実質怪獣の何倍も体長を持っているフェンリルやニーズヘッグを目にして、開いた口が塞がらないでいた。
彼の呆然自失としている顔を眺めたリリスはやっと怒りで歪んだ表情から、軽い笑みに変容した。
「さんざんあたしを舐めてくれた貴方だけど・・・・・・もうここでおしまいね?
あたしが本気を出せば貴方なんて虫けらと大して変わらないのよ・・・・・・それじゃぁ~あこれで、本当にバイバイ・・・・・・ね・・・・・・」
自信満々に言ったリリスは、自分の隣に侍らせているケルベロスに命令を下した。
『目の前にいる男を八つ裂きにして』と。
洗脳魔法で操られた操り兵隊とは魔法の系統そのものは違うようで、カブに命令権を奪われることなく、その従順な犬の化け物は召喚主であるリリスからの任務を遂行させるため、オタ芸を打っている者達ごとカブを襲い掛かろうとする。
その時、安堵していたリリスは、一瞬だけカブの口角が曲がったことを見逃さなかった。
微笑んだ彼が魔法で油の塊を生成し、ケルベロスの近く虚空に投げ捨てたのだ。
それに反応した犬の怪物は、標的であるカブを無視して魔力でできた油の塊にかじりつく・・・・・・どうもその油からは、温めた蜂蜜みたいな甘い香りが漂っていたらしい。
そして油を食べたケルベロスは、一時期は満足そうに舌なめずりをしたが、すぐに苦しそうにのたうち回った。さっきの油の味は激辛だ。
「こ・・・・・・のバカ犬がっ!! ニーズヘッグっ! あのスライム髪の男を咆哮で薙ぎ払ってっ!
フェンリルも城ごとでいいから彼を飲み込んで噛み砕いてよぉ~っ!」
リリスの呼びかけに、ふて寝している竜は起き上がり、魔力のブレスをカブめがけて放つため深呼吸する。
それに対し、カブはニーズヘッグの目の前に、鷲の蝋人形を油属性の魔法で生成し、この城外の堀の湖まで人形を宙に浮くよう動かし操った。
その蝋人形を目視したニーズヘッグは、ブレスするのをやめ、ぶちぎれるように蝋人形を爪で壊そうとする。
フェンリルもニーズヘッグの二の舞になっている。つまりは上空で動き回る片腕の男型の蝋人形を執拗に追っている。
遂にはフェンリルとニーズヘッグの体がぶつかって、それによって心が限界値までヒートアップした二体は仲間同士で噛みつき合った。
「・・・・・・・・・・・・」
喧嘩している自分の召喚獣を窓から覗いて顔を青ざめているリリスに、カブは声を掛ける。
「おやおやどうされましたか? 大丈夫ですかお嬢様」
「あなた・・・・・・どういうことよこれ、一体何がなんなのよっ!?」
「説明させて頂きますね?」
カブは片方の人差し指をぴんと伸ばした。
天井から琴や琵琶の楽器で奏でられたみたいなチャイナ風の悲しげな曲が、このダンスホールに流れてくる。
「貴方の召喚獣の一体・ケルベロスは冥府で番をしている怪物ですね?
実はその怪物は自身の仕事である番をさぼるほどに甘いものが大好きなのは有名ですよ。
次にニーズヘッグ・・・・・・この竜は北欧神話で登場してきます。そして鷲の巨人であるフレースウ゛ェルダとは仲が悪く、鷲そのものが大嫌いらしいので僕はただ単に伝承通りに鷲型の蝋人形を生成しました。予測は当たりニーズヘッグは我を忘れて標的を僕からダミーに変更したみたいです。フェンリルの件も同じで、自身を拘束した経緯を持つ軍神テュールの人形を執拗に追いかけていました。
長い説明に対し、ご清聴ありがとうございました!」
「・・・・・・なるほど脳内レベルも畜生である彼らの弱点をうまく突いたってわけね・・・・・・でもぉ~、中国神話で畏怖されてる賢い四神には死角も弱点も無くってよっ!
やっておしまい、朱雀! 青龍! 玄武! 白虎!」
そう荒げて命令したリリス・・・・・・しかし。
「申し訳ありませんリリス様・・・・・・」
目尻に涙の粒を溜めて飛行している朱雀が、命令も聞かずに主君であるリリスに、外から窓越しに謝った。
開いた口が塞がらないでいる彼女に朱雀が言い訳をする。
「先程の音楽を聴いて我ら四神は故郷の事を思い出し、今すぐにでも帰りたくなってしまいました。今からお暇を頂きます。
貴方様なら一人でも何の問題も無く敵を討つことができるでしょう・・・・・・」
伝えたいことを言って去っていく四神を、何とも言えぬ表情で黙って見送るリリス。
「たしかに貴方の神獣口寄せは強力でした。僕の主であるダーティー様の魔法よりもはるか強力な程に・・・・・・しかし神獣達も弱点があるのです。
その弱点とは彼らが強すぎるがゆえに人間や亜人達同士に彼らの情報を伝承されて特徴や弱点などが筒抜けになってしまうところです。まあ神々から人々に怪物の情報を啓示されることも結構あるらしいですね。
情報さえあれば対策も取りやすいのですよ」
黙ってカブの説明を聞き流しているリリスの足元を中心とするよう、床に鮮やかな光を放つ幾何学模様の魔方陣が一瞬で出現する。
「素晴らしい演説ありがとね、とても参考になったわ・・・・・畜生が役に立てないこととか。
後で彼らも皆殺しにするわぁ~。
最初っからこうすればよかった。この城をこの国を跡かたも無く滅ぼせば万事解決なのよ」
彼女は片方の中指を立てた。
「上級破壊魔法『大陸崩し』
レベルがカンストしているゴブリンの本気の正拳よりも少し威力が弱い衝撃波を出す魔法である。
彼女がさあ例の術を繰り出そうと考えた時・・・・・・。
ゴトリッ。何か重くて固い物が落ちたような音が、リリスの横から発せられた。
勝利を得るための魔法を中断してふと、音の元の方へと見下ろしたリリスは、今までとは比べ物にならない位に、頭の中が真っ白になった。
落ちた物は大きな紫色の角だった。真珠や角輪などの装飾品がたくさん身に着けてあった角だった。リリスの頭から生えてあった悪魔の角だった!
「ああやっと、『人間化』の魔術が発動したみたいですね?」
口の中が乾ききったリリスが力なく質問する。
「どういう・・・・・・事かしら??」
「まあ文字通りの術ですよ。対象者を魔力ゼロレベルゼロの人間に変化させるものです。
安心して! その状態異常は一か月経てば元の種族と魔力とレベルに無事戻りますよ」
カブの説明で全く安心できなかった。リリスの肌という肌全体から脱水症状になるんじゃないかと傍から心配されるぐらい冷や汗が溢れ出し、血気を失い、心の底から生存本能が恐怖により雄たけびを上げていた。
リリスは矢継ぎ早に魔法名を次から次へと叫ぶ。
「『焼竜煉獄』!! 『覆盤狂陸』!! 『呑峰荒海』!! 『薙城鎌嵐』!! 『災暗禍闇』!! 『天誅雷撃』!! 『貫月鋭光』っ!!!!」
しかし、今すぐにでもこの城内で発動するはずだった、サラマンダーすら忌避するような超々高温火炎も、大陸がひっくり返るような地震も、山脈を呑み込むような津波も、強固な城を薙ぎ払う風も、パンドラの箱に匹敵する程の災厄を含む闇の霧も、ギリシャ神話最高神であるゼウス神の攻撃と同質の雷撃も、ちょっとした大きさを持つ衛星を貫く程の威力を誇るレーザーも、全て不発に終わった。標的であるカブは無傷。
どうやらリリスの魔力はかなりの速度で減っているらしくて、それにより魔法が失敗したのだ。
心の中がはてなマークでいっぱいになったリリスはふと、朱雀の放った言葉を思い出す。どこからか、たしか今いるダンスホールの天井から中国風の音楽が流れていると・・・・・・見上げたリリスは絶句した。
そこには、音が噴き出ている筒状の水晶体が複数張り付いてあり、そして他の部分に灰でできているであろう魔方陣がいつの間にかびっしりと天井全域に描かれていた。
「な・・・・・・なによ・・・・・・これ」
「おやおやばれてしまいましたか。これらは僕が説明している間にこっそりと属性魔法で描いた『魔術用の』魔方陣です」
「・・・・・・さっきから貴方、魔術というワードを強調しているわよねぇ? もしかして魔術ってあたしの地元で伝承されている『旧式魔法』のことかしらぁ? 竜王様が誕生する以前に衰退した古来の術」
ええそうです。とカブは頷いて肯定した。
「『魔法』と『魔術』の違いは、『魔法』は術者の魔力を消費する代わりに瞬時に発動できます。『魔術』は術者の魔力を消費しない代わりに発動のための必要な儀式や詠唱が非常に面倒なのが特徴です」
リリスの推理は続く。
「う~ん? もしかして貴方の戦闘スタイルは、まず灰などの属性魔法で魔術用の儀式場【例:魔方陣】をこっそり作り出し、敵側を弱体化させ、自身の魔力を増幅させる魔術を発動し、加算されたその魔力を消費して属性魔法を再び繰り出し新たな魔術用の儀式場を生み出して・・・・・・その繰り返し・・・・・・なのかしら。
まるで倍々ゲームだわぁ」
つまりは時間が経てば経つほどカブ側が有利になり、敵側が不利になる。
※カブが生成した魔方陣等を破壊すればその破壊痕すらも魔術用儀式にカブは組み込めれる。
※筒水晶から奏でられる中国風音楽もカブの挙動一つ一つも、リリスの奴隷がオタ芸を打っていることも、魔術を発動させるための儀式の効果を持ちます。
「僕はダーティー魔王軍幹部総統、カブ スライマ。
魔術と魔法を使い分けることに特化した魔術使いですよ。
もはや貴方の体内にある魔力はほとんど消失し、体質も通常の人間と同じになっています。大人しく降伏してくれませんでしょうか? お嬢様」
(・・・・・・このまま正攻法でいけば、敗北するのは確実にあたしのほうだわぁ~。
でもね・・・・・・)
リリスはいきなり自分の腹を抱えて蹲った。
「うう・・・・・・痛い痛い痛い・・・・・・っ!!」
いきなりの事で余裕に浸っていたカブも焦る。
「え? あの、大丈夫でしょうか・・・・・・」
彼の視線はリリスの顔から首の下まで向けた。映った景色は豊満な胸を隠すビキニアーマーだ。
そのビキニアーマーを、自身が身に着けてたビキニアーマーを、リリスは脱いだのだ。
それによって、豊満な彼女の胸が、外気とそしてカブの視界にももちろん晒された。
衝撃的な光景を目撃したカブは一瞬だけ硬直し、そして・・・・・・。
「やっぱりね・・・・・・どう? あたしの自慢の体は? チェリーには刺激が強すぎたのかしらぁ~?」
カブの鼻の穴から熱く赤い液体が迸った。それも大量に。
女性の上半身裸を目撃した彼は極度に興奮し、漫画や小説に出てくるギャグキャラみたいに鼻血を出してしまったのだ。
自分の顎を軽く撫でた手をしばし凝視するカブ。その掌は真っ赤に染まっていた。
次に数歩後退りした彼は天井を仰いだ後、
「何のお役にも・・・・・・立てずに、申し・・・・・・訳、ありませんでした・・・・・・ダーティー・・・・・・様・・・・・・」
仰向けに盛大に倒れた。すぐに失血死した。
実はリリスが腹痛を訴えたのは演技で、うまくカブが自分の胸を凝視するよう視線を誘導させたのだ。
下手にすぐにリリスがビキニを外そうものなら、もしかしたらカブは何かを察知してそっぽを向いたかもしれない。
リリスは自分の顔と耳を真っ赤にしながら両腕で胸を隠す。
次に彼女はにやりと口角を曲げて呟いた。
「サキュバスだからわかるのぉ~あたし。貴方、あたしと出会った時に胸元を一瞬覗いてすぐによそ見したわよね。即ち貴方は生の女性の体に全然慣れていないお坊ちゃまってぇ気づいたのよ。童貞君?」
※次からは竜王がいる砂浜まで舞台を変更します。
「ふむ・・・・・・着地点はここら辺のはずだが」
ギリシャ兵の恰好をした老人・・・・・・竜王は、自らが吹き飛ばした敵であるダーティーの元まで歩を進めていた。
数分程で、岩盤の壁に背中を激突して砂上に座って俯せているダーティーが発見できた。どうも気絶しているらしい。
彼女に密着している岩壁には広くて深いヒビが入っていた。
「我の魔法を喰らってもなお肉体の形を保っているとは、どのような防御方法を取ったのだ・・・・・・ん?」
ふと竜王は、ダーティーの手元にある浜から何か違和感が生まれた。その砂には魔方陣が描かれていた。
「指で回復魔法用の魔方陣を記した・・・・・・違うな」
「ああそうだ。私は回復系の術は不得手でな。得意なのは封印や呪いを解除したり、元素を操ったり、他には・・・・・・召喚魔法も含まれているぜ!! カンディナウィアス召喚!!」
気絶のふりをしていたダーティーの隣に、一人の高身長の女性が瞬時に現れる。
彼女の髪型は青みがかった銀色で、もみあげや後ろ髪そしてアホ毛が縦ロールであること。そしてティアラとロングドレスとガラスのヒールを身に着けていること。見た目の年齢は二十代後半。
カンディナウィアスと呼ばれた女性は口を開いた。
「あら? ダーティー。いきなり呼び出して何の用なのかしら? せっかく執政業務していたのに。
殺し合いなら却下よ。同盟結んだ仲でしょう・・・・・・」
「ちげぇよバカ。あっちにいる老人は後々お前の治めている国の最大の脅威になるだろう。今のうちに私と協力して叩いた方が良いんじゃねぇか?」
ダーティーから老人と呼ばれた男を少し眺めていたカンディナウィアスは、すぐに彼の正体に気づいたせいなのか、一歩後退りする程驚いた。
「彼って隣国の危険人物、竜王じゃないかしら!? ダーティーもしかしてこの私めにあの化け物と戦わせようとしているのっ!!」
慌てふためくカンディナウィアスに、竜王は攻撃も仕掛けずに尋ねる。
「お主は何者だ? ダーティーと言い争っているところを見ると彼女の部下とも思えぬ」
それに対し、カンディナウィアスではなくダーティーの方がなぜかにやけて説明した。
「何者だ? だと・・・・・・このお方を誰だと心得るんだてめぇ・・・・・・。
このお方はウェーデンス国現国王カンディナウィアス バルタース様だぞ頭が高ぇよ魔王!!」
ダーティーの慇懃? な物言いに、国王は呆れのため息をつく。
「貴方も魔王ですわよね? 貴方絶対ちょびっともこの私めを尊敬してないくせにまるで忠臣みたいに説明して・・・・・・絶対面白がって言っているでしょう。標的をもう攻撃していいのかしら?」
ダーティーが ああさっさとやれ と呟き、竜王が敵側に掌を向けているタイミングで。
「むっ!?」
いきなり竜王の周囲部分に大人が十人程度入れるほどの広さを持つ金属製の箱が瞬時に現れた。それもマトリョーシカみたいに十層。つまりは竜王は何重もある強固で分厚い部屋の一番奥に閉じ込められてしまったのだ。
いきなり視界が闇に染まった竜王はそれでも慌てず、光が全くなくても周りが視認できる効果を持つ暗視魔法を呪文無しで発動させる。
(封印系か? 我を囲むこの金属は、何か異様だ。玄人魔導士程度の攻撃魔法の威力ではヒビ一つ入らないほどの硬度を持っていると見ただけで分かる)
ダーティーとカンディナウィアスは外から眺めている。例の金属部屋からは音が一つも聞こえない。
実はその金属部屋は全部核シェルター・・・・・・それも地球に存在しているものとは次元が違う程の強度を誇り、そのシェルターはカンディナウィアスと名ドワーフ達が協力して生み出された改オリハルコン超合金でできている。
ただ竜王を閉じ込めているシェルターは何も外からの脅威に対して中に身を隠して防ぐために出現された物ではなく逆に・・・・・・。
カンディナウィアスは指を鳴らして次に発動する魔法技名を唱える。
「『戦場の雨漏り』」
その瞬間に、竜王がいるシェルターの空きスペースに、放射線・熱耐性を持つ殺人ウィルス三千種を格納した本物の水爆やら原爆が魔法で生成・起爆された。それも大量に。
『戦場の雨漏り』とは、標的のいる狭いスペースに無理やり核爆発を一分間の間に三百もの生み出させて、それでも生き残った相手にはウィルスでとどめを刺す技である。
ダーティーももちろん傍観を決め込む気はさらさらないらしい。
普通に発動すれば放った場所が甚大な被害をもたらす一億度の人工核融合プラズマ魔法を、竜王のいるシェルター内に容赦なく出現させた。
三分後、大量に爆弾物を生成したカンディナウィアスは、魔力が大量消費したため流石に息を切らす。次に魔法攻撃の手を止めた。
「なんだ・・・・・・もうへばったのか国王様」
「魔王であるあなたと一緒にしないで欲しいですわっ!!」
「まあこれで死なないかもしれないがかなり弱っt」
抉り飛ばされたのだ。
何が?
一層だけでも数百の核爆発と超高温プラズマに難なく耐えていたシェルターの壁が、だ。それも十層全て一気に。
たった一回放たれた単純な衝撃波だけで。
その抉られた壁から出たのはもちろん竜王。さすがに彼でもダメージが蓄積されてはいるが、それでも倒れる気配はない。
竜王はさすがに強者の余裕を捨てて殺意を隠さず放ちだした。
それに対し、ダーティーは あ~そう甘くねぇか と吐き捨て、カンディナウィアスは素直に拍手した。
「よくも舐めた真似をしてくれたな凡人共っ!! 今度は我が貴様らに引導を渡してやるっ!!」
ご覧下さりありがとうございます。