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結ばれることのなかった彼へ

作者: 藍原れおん

『2019年夏。本物の恋』

 2019年の夏、私は恋に落ちた。その恋は、私が望んで落ちたものではなく、なにより叶うことが許されない恋だった。

 しっかりとした歩みで、前を見て歩いていたはずなのに、落とし穴に落ちてしまったかのような、唐突で予期せぬものであった。その上、私は既婚者である。私が夫以外の人と関係を結ぶことは、制度上許されないし、世間も許さないはずだ。夫が知ったとしたら、きっと傷ついてしまうだろう。夫を傷つけてまで、その恋を成就させようとすることは、私にはできなかった。

 叶うことのない恋心を、自分の胸の中にだけに留めて日々を過ごしているうちに、恋心は育ち、私の胸を痛みつけ始めた。私にとって、その痛みは苦しく、それでいて心地よかった。私の胸を苦しめる時、恋心は現実とは異なる世界を自分に見せてくれた。まるで夢の中に、一瞬にして連れて行ってくれるようだった。世界が明るくきらめき美しく見えた。空気に含まれる様々な匂いを吸い込むだけで、私の心は踊った。

 季節が移り行くたびに、私は触れることのできない彼のことを思って、感傷に浸った。感傷に浸ると同時に、また世界は優しく私を包んだのだ。私はそのような日々の一瞬を切り取り、書き綴った。私の秘めた思いを、私の知らない誰かに知って欲しいのである。


『左手』

 同じような毎日を過ごしていた。つい昨日出したばかりの半袖を着た私の白い腕に、熱い日差しがじんわりと突き刺さる。都会を吹くぬるい風の中に、草の香りと潮の香りがほんの少しだけ混じっている。アイスコーヒーが飲みたい欲求が不意に起き、会社の手前のコンビニに寄った。

 会社に着くと、斜め向かいの彼の席に彼の姿が見えた。いつものように、返ることを期待せずに挨拶をした。挨拶はその日も返ってくることはなかった。額にかいた汗をハンカチで押さえ、たくさんの汗をかいた容器に入っているアイスコーヒーを飲む。冷たくて苦い液体が私の喉を通ると、アイスコーヒーがおいしい季節になってきたなと、一人喜んだ。私の同じような毎日の中に訪れた小さな喜びを味わった。

 「今日は遅いね」

 チャットの通知が来た。送信者は彼だった。

 彼はチーム内で、変り者だと認識されていた。私もそう思っていた。挨拶もろくにしないし、ミーティング中に口を開いたと思ったら、わけのわからないシュールな冗談を言う。しかしそのあと、誰にも気づかないような的を射たことを言うのだ。本当は仕事ができるのに、変人のままでいる。そんな彼に私は憧れていた。あくまでも人間として。

 冷たくて苦い液体をこくりと嚥下した後、キーボードをたたいた。

 「コンビニ寄ったからね」

 年上の彼に、私は敬語をつかわない。なぜそうなったのか、今考えてみると、おそらく彼の変人っぷりを見せつけられて、彼と自分の関係を、常識的なことを超えて、人間と人間としての関係性と捉えてしまったのだと思う。つまり、親近感がそうさせているのだと思う。

 私の回答に対しての彼の表情をうかがうべく、彼を見た。モニターに隠れて顔は見えなかった。モニターの斜め下のキーボードの横に放り出された彼の左手が見えた。

 それを見たとたん、胃の上の当たりが苦しくなった。苦しいのは、冷えたアイスコーヒーのせいではなかった。

 何年も感じたことのなかった、あの感覚。高校生の時に、事務員のお兄さんを好きになって、初めて経験したあの感覚だ。息も心臓が止まってしまいそうに苦しくなった後、目を閉じると、深くて静かなため息がついて出た。

 彼が机の上に投げ出していた左手は、指の骨が太く、太い骨に筋張った肉がついていた。手のひらは厚くて、手の甲に浮かんだ青筋が男らしさを感じさせた。爪はきれいに切りそろえられていて、清潔感があった。それを目にした私は、彼を男として意識し、意識したとたんに恋に落ちてしまったのである。

 まさか、と、私は自分を疑った。しかし、その日は一日中、彼の左手のことで頭がいっぱいだった。仕事のことを考えているふりをして、彼の席のほうへ目をやり、モニターで隠れている彼の顔やキーボードを打つ彼の手を求めた。

 仕事が終わり、すっかり日が伸びて、黄色とオレンジが鮮やかに混じった太陽の光が、建物と建物の間からきらきらと照らす街を歩きながら、私は確信した。恋に落ちてしまったと。


『灼熱』

 昼ごはんを買いに外に出た。アスファルトを照り付ける太陽の光が乱反射して、強烈なまぶしさだった。私は目を細めながら信号を待った。じりじりと真上から照り付けられて、まぶしさを和らげるために目の上にかざした手の甲と腕がヒリヒリとした。しかし、朝からクーラーが効いた社内にいた私は、その太陽の強烈なエネルギーを受けて、気持ちよいと感じた。太陽のエネルギーが私の肌を徐々に熱くして、冷えた体の中心まで熱くしてほしかった。

 前を歩く男の背中が目に入る。水色のYシャツは、汗に濡れた部分だけが濃い青色になっている。筋肉が厚く付き、程よい脂肪をまとわせた男の背中をなまめかしく感じた。男は背も高く、いわゆる「がっしりした」体系である。私は、このような男に弱い。街の中でそのような男を見つけるたびに、心が意図せずに熱くなる。自分が抱かれる想像をする際の無名の男は、いつもそのような男であるし、なんと恐ろしいことに、そのような男と出会いたくて、出会い系サイトに登録し、実際に出会ったこともある。

 そのような異常なほどの嗜好をなぜ自分が持っているのか、考えたことがある。その理由は、おそらく憧れであると思っている。自分が持っていないものを持っている者への憧れ。私の父の背は、日本人男性の平均身長よりも低く、ずんぐりむっくりとした体形は私も若干だが引き継いでいる。私の弟は母に似ていて、背が高く腕や足が長くてすらっとした細身の体系だ。たくましいというよりも、引き締まっているいわゆる細マッチョ体系である。そのような家族に囲まれて育ち、自分にもその血が流れているから、自分にはない要素を持つ男に、異常なほどの好意を持つのではないかと、私は自分を解釈している。男は曲がり角を曲がって、見えなくなってしまった。私は少し残念なような、寂しいような感覚を覚えながら、すぐ前のコンビニへ入った。冷やし中華と豆のサラダを買って、コンビニを後にした。

 会社への帰り道、ふと彼のことを思った。彼の姿を頭の中で描く。彼の胸板はどのくらい厚かっただろうか、背はどのくらいだっただろうか。うまく思い出せない。私は、彼の外見的特徴を好きになったのではないということに、その時気づいた。そうか、私は彼の魂に惹かれたのだなと思った。


『家族』

 車窓の外に流れる景色を眺めながら、囚われの身になったような自分の無力感を感じていた。これから起こるであろう、夫の家族や親戚とのやり取りを想像すると、憂鬱であった。

 家族とはいかに。憂鬱に駆られて、このような疑問について考えた。

 私と夫は家族である。そして、夫と別れない限りはもう他の人とは家族になれない。そんなの、ただの早い者勝ちのシステムではないか。しかし、多くの国がこのシステムを採用している。きっと多くの人はこのシステムが心地よく、疑問を持つことさえもないのかもしれない。しかし私は、夫や妻以外の人とも家族のように濃い関係を築いてもよいじゃないかと思う。お互いを大切に思いつつ、他の人も大切にできないことはないのではないか。私は、夫との関係をこれまで通り続けつつ、別の人を愛することができる自信がある。複数の人を大切にできる自信がある。それに、もし夫が私と一緒に、もう一人別の女性と暮らしたいと願っていたら、それを叶えてあげてもよい。私は変なのだろうか。

 私はこののちに、「ポリアモリー」という概念を知った。複数の人を誠実に愛することができる人々のことを指すということだが、私にも「ポリアモリー」の気質があることを認識した。

 夫の生まれ故郷の駅に降りると、蒸し返した空気が体を包んだ。微かに海の香りがした。駅の脇に生える木々から、けたたましい蝉の鳴き声がしていた。自分の生まれ故郷でも何でもないのに、ここに着くと、懐かしいような、安心するような感覚になる。夫の気持ちに、自分の気持ちが共鳴しているのだろうか。どうだかわからない。

 夫の実家へ行くのは、正月ぶりだ。結婚して数年間、律儀に正月とお盆だけは帰省している。夫の両親は悪い人ではないし、いつも私を温かく迎えてくれる。そんな夫の両親に対して、このような自分で申し訳ないと思った。今回もよい嫁を演じようと心に決めた。


『鈴虫』

 駅に着いた時には、完全に日が沈んで、夜のとばりが下りていた。風が私の髪を揺すると、えりあしの汗が乾いて涼しかった。風には夏が終わった時の香りが混ざっていて、その香りは毎年のように私をわけもなく切なくさせる。「センチメンタル」というわけである。とりわけ、今年は恋をしているためか「センチメンタル」が過ぎて、涙さえにじんできた。私をそのようにさせる、この不思議な香りは一体何なんだろうと思いを巡らせながら、とぼとぼと歩いた。

 家路の途中に、家が取り壊された後、しばらく土がむき出しになったままの場所があった。そこには、春から夏に芽生えた緑が大きく育って、青々と茂っていた。その前を通った時、鈴虫の声が鳴っていることに気づいた。都会だけに、数が少ないのか弱弱しい感じもするが、いい音色には違いなかった。鈴虫はオスがメスの気を引くために鳴くということを思い出した私は、そうか、鈴虫の恋の季節であるのかと、悟った。

 独特の香りには、鈴虫の切ない思いが入っていて、それが私の心にセンチメンタルを感染させるのだと思うことにした。彼もこの思いに共感してくれるだろうか。この風に吹かれながら、彼と一緒に、平安時代の貴族のように縁側で、酒を片手に月を眺めるところを想像し、うっとりとした。


『金木犀』

 寝坊した土曜日だった。買い物へ行こうと外へ出ると、空が青く高く、太陽がまぶしかった。長い時間眠り過ぎてぼうっとした頭が、くらくらした。のどが渇いたように感じ、乾いた風を吸い込んだら思わず咳が出た。

 近所の家の庭に生えた金木犀の香りを感じて、かろうじて気分がよくなった。金木犀を植えてくれて、ありがたいと思った。年に一度、一週間ほどしか嗅ぐことのできない、この香りが私は好きだ。金木犀は中国原産だというが、この香りを持ち帰りたいと思ったその時の日本人の気持ちがわかる。私だってこの香りを集めて、家に保管し、思い立った時に嗅ぐことができたらどんなによいだろうかと思う。しかし、そのようにいつでも嗅ぐことができてしまったら、このありがたみを感じなくなるのであろう。

 喉から手が出るほど欲しいのに手に届かなかったものが、手に届いたときのありがたみというか快感は何にも比べ物にならない。きっと彼に触れられたときも、私はどうにかなってしまうだろう。気が狂って、何にも手がつけられなくなって、壊れてしまうだろうと思い、身を引き締めた。

 そう昨日はあと少しで、彼を誘うところだったのだ。夫が留守の金曜日に彼を食事に誘うことが頭に思い浮かび、よいタイミングがあったら、誘っていたかもしれない。誘ったとしても、彼が首を縦に振るかどうかわからなかった。でもそれは危険なことだ。一歩踏み入れたら、もう戻れない予感がするから。だからもうそのようなことを考えるのはやめようと心に誓ったのである。


『猫』

 彼の温もりを感じたいと思った時、彼に飼われている猫になれたらと思った。彼の肩に乗って、自分の頭を彼の首筋に擦り付けたら、彼は大きな温かな手で私を撫でてくれる。私がさらに甘えると、私を両腕で抱いて、頬を寄せてくれる。そのあと頭や体を優しく撫でて、それがとても温かくて気持ちがよいのだ。

 なぜだろう。私は彼に恋するまで、恋の相手に対してそのような想像をしたことがない。相手とのふれあいを空想する場合は、人間どうしの単なる情事を思い浮かべるだけだった。なのに彼に対しては、人間の性欲的な気持ちだけではないようである。私は、彼が人間には見せない表情や仕草、彼の心が作るあらゆるものを感じたいのだろう。きっと、彼のすべてを知りたいのだ。


『空しい想い』

 葉も枯れゆき、冷たい風が遠慮がちに吹く晩秋に、先が冷たくなった自分の手を温めようとさすりながら、背を縮めて歩いた。私は自分の手の冷たさを感じ、再び彼の厚い手を思い出した。彼の手は、このような冷たい風が吹く日にでも温かいのだろうか。温かくて皮の硬い彼の手が私の裸になった背中をなぜる。彼との情事を 空想した。彼と熱い想いをぶつけ合う空想だった。

 私はこれまで幾度となく、彼との情事を空想し、焦がれる思いを丁寧に何重にも包んで、胸の奥にしまってきた。私の胸の奥には、彼との様々な情事についての妄想が、折り重なって積もっている。私は飽きることなく、空想した。特に、何か嫌なことがあった時や、ふと過去の出来事に対する辛い思いがよみがえってきた時には、彼との激しく痛々しいほどの情事を空想し、心の痛みをごまかしてきた。

 そうやって、いかほどの時間を私は使ってきたのだろう。ただ空想し、胸の奥に架空の思い出が積もり重なるだけの行為をしている間、私は一体どれほどの有益な物事を達成できただろうか。そのような疑問を持った。そして、この空想を現実化することがない限り、終わりはないと気づいた。そして、彼との情事を現実化させた先に、いったい何があるのだろうかとも考えた。

 そこには何もない、そう気づいた。その情事が終わってしまえば、また今の私と同じように情事を求めるだけだ。またその時には、すでに今の暮らしも壊れているだろう。

 しかし、その情愛の先にあるものを見たくて仕方がないのである。


『寒さが温かくなる時』

 仕事が終わって外に出ると、すでに空は暗い紺色で、ビルや店から漏れ出す光が鮮やかに街路を照らしていた。私は歩きながら、自分の耳に冷たく鋭い風が刺さるのを感じ、マフラーの隙間から入り込む冷気に身震いした。マフラーをなおし、冬の空気を、わざと大きく鼻で吸い込む。こうすると、自分の体が空気と同化したようになって、寒さを感じなくなるような気がするのだ。

 赤信号の間、カバンから冷たくなったイヤホンを取り出して、耳にねじ込んだ。暖房の聞いた部屋で過ごしたまだ少し暖かい耳が、イヤホンを氷のように感じた。その日の朝にダウンロードしたばかりのクリスマスソングのプレイリストをランダム再生した。流れたのは、WHAM!のラストクリスマスだった。中学生の時に、ELTの先生(イギリス出身の小柄な女の先生だった)から、英語の授業のゲームで一位を取った景品にもらった、先生特選の曲がつまったカセットテープに入っていた曲だ。WHAM!が気に入った私は、さっそくレンタル屋に行って、ベストCDを借りて、MDに焼いた。数週間は毎日のように聞き、高校生になってからも思い出しては聞いた。だから、最初の一音でこの曲がラストクリスマスであることがわかった。

 ラストクリスマスを聞きながら、街路樹がまとったオレンジ色の光の粒々をぼんやりと見つめながら歩いた。街の景色が曲に乗って、スローモーションのように流れた。毎日見る帰路の景色がとても美しくて、特別な景色に見えた。オレンジ色の温かな光の下を行き交う人々が、映画のワンシーンのような雰囲気を醸し出していた。いつの間にか寒さを忘れていた。心の中に温かなものがねっとりとまろやかに混ざって、心地よかった。

 心地よさを感じながら、駅に着いた。駅内のまぶしいくらいの蛍光灯の光を浴びながら、現実に引き戻されたように感じ、ふと気づいた。今の私にとって、この曲は不釣り合いだと。ラストクリスマスなんて、私には無いのだ。彼と過ごすクリスマスなんて、これまでもこれからもないのだろう。その気づきから逃れるようにして、深く瞬きをしてまた曲に身を委ねた。


『A BEAUTIFUL DAY』

 起きて歯磨きをしながら、東側の窓をふと見ると、オレンジ色よりも赤い、紫に近いような赤い空が見えた。ガラス細工のような、どことなくたよりない冬至間近の太陽の光が私の部屋の床を薄明るく照らしていた。

 「美しい日。」

 私は心の中でつぶやいた。晴れて温かなこの小春日和に、布団のシーツをすべて洗った。私のインフルエンザウィルスをすべて洗い流すために。

 インフルエンザ発症後5日目ともなると、熱が下がってしばらくたち、ついぞ家事やらができるように体が動いてくる。しかし、自分の体の中のウィルスたちには、新たな宿主を探すために体から抜け出す最後の力がまだ残っているとのことなので、会社に出勤してはならないのである。

 本当はまだ体を休めていたほうがよいのかもしれない。まだ体の中に残っているしぶといウィルスと共存している自分がせっせと体を動かしている様子を、私はまるで地獄から這い上がってきた悪魔のようで、退廃的な存在のように感じた。

 そんな勢いで、少し悪魔崇拝の香りがするロックバンドの曲を聴きながら、せっせと家事を終わらせた。熱があったころの自分とは比べ物にならないほど復活した自分を嬉しく思った。食欲がわき、おいしい昼食を求めて出かけた。

 自分の体をいたわるように、息が上がらないペースで歩く。道沿いに所狭しと並ぶ住宅の白い壁が光を受けて、とてもまぶしい。太陽はすっかり天に上っていた。私は目をくらませながらよろよろと歩いた。さっきまで勢いづいていた、自分の中の悪魔が小さくなって、弱くなっていくようだった。住宅地の陰から、白くて小さなアパートを見上げた。

 まるで、地中海地方の夏を絵にしたような景色だった。アパートの住人たちがセンス良く植えたベランダの緑や花々が、明るい光を浴びて気持ちよさそうにしていた。それぞれの窓が、光のコントラストで真っ黒に見える。光の陰影がなんともいえない趣を醸し出している。アパートの上にはなんの濁りのない青空があって、風も無くて、おだやかである。

 何気ないものが、美しく映る日である。しかし、「美しい」という言葉が、何も表現できていないような気がした。「美しい」という言葉が、美しさを大きくくくりすぎているのである。美しさをもっと細かく分類できる単語が欲しいと思った。

 「 A Beautiful Day - 」

 思春期の頃よく聴いたU2の曲が流れた。Beautifulという英単語のほうが、この景色を正確に表していると思った。「美しい日」では、何も趣が感じられない。この趣を表現できない日本語、いや、自分のボキャブラリーが貧弱だと思った。空気を読むことを強いられ、共感力を持ってを他人の感覚と自分の感覚を画一化させ、個人的な感覚を無碍にしてきた代償であると思った。私は残念な気持ちになって、また住宅地の合間に照らす太陽の元、下を向いた。

 そういえば、彼は元気だろうか。会社を4日も休んだ私のことを少しは気にかけてくれているだろうか。温かな太陽のぬくもりを体で感じながら、彼のことを思い出すと、まるで彼が抱きしめて温めてくれているような安心感があった。彼に会うことが待ち遠しくなった。私のことを抱きしめて、おかえりと言って欲しい。


『沈丁花』

 日差しが温かな冬の日、時折冷たい風を感じながら、街路を歩いていると、甘く高貴な芳香を感じた。白色をピンク色で縁取りした小さな花が、いくつも集まって丸く咲いていて、まるで蝋細工のようだった。その花は、沈丁花である。夏のクチナシ、秋の金木犀と並んで、三大香木の一つとされている。いつまでも嗅いでいたくて、歩を緩めた。まだ冬の気配が消えない中控えめに訪れた春は、つまらない私の人生にふと現れた彼への気持ちのようだと、感慨にふけってしまった。この、甘くて切ない気持ちは、私の生活を何一つ変えていない。ふと現れたままずっと在るだけで、何も脅かすことなく、在り続ける。それは優しくて温かく、真っ暗な私の心の中に一つだけ浮かぶ光のようだ。

 私はこの気持ちに、この頃依存している。悲しい時や寂しい時、安心感、幸福感を得るために、彼のことを考える。恋に落ちたばかりのころは、無意識に彼のことを思った。しかし、現在の彼への気持ちには恋に落ちたばかりの揺さぶられるような強さはなく、孤独な私を優しく包んでくれる心の拠り所となってしまった。

 春は少しずつ大きく強くなって、冬を消し去る。しかし、おそらく私のこの気持ちは少しずつ優しく、そして弱くなっていってしまうのではないかという予感がする。


『満月』

 彼のことを想いながら眠りにつく。淡い光に照らされた彼の顔を思い浮かべる。肌が青白く光り、額によって作られる陰影で表情がよくわからない。空想の中で、私の冷たい手で彼の頬をやさしくなでたい衝動にかられた。優しく撫でた後、そっとキスをしたい。私が彼にキスをしたら、彼は応えてくれるのだろうか。

 彼は今何をしているのだろう。もし彼が私の横にいたならば、どのような夜を過ごすのだろう。彼の首筋はどんな香りがするのだろう。彼はどのような愛撫をしてくれて、どのような愛撫が好きなのだろう。彼の肌はどのような触り心地なのだろう。

 私と彼が野良猫になって、満月に照らされながら、どこかの家の屋根の上でお互いを毛づくろいすることを想像した。私たちが野良猫であったなら、何も気にすることなく、彼に触れることができたのに。生まれ変わりがあるとしたら、来世もまた彼に会いたい。来世では、私も彼もまだ若くて一人であるときに、出会いたい。そして、彼に触れたい。

 満月の夜はいつも、眠りにつくのが難しく、またとりとめもなく空想が浮かんでくるのである。


『紫陽花』

 梅雨入り前のある日の朝、運動不足解消のために外を歩いた。湿気を含んだ風が強く吹き、強く結んだはずの髪が乱れた。空は青く高いが、薄くて白い雲が次から次へと行き交い、少し遅れぎみの梅雨前線を運ぶのに忙しくしているように感じた。太陽は、時折薄い雲に遮られるが、強く輝き、眩しい。

 駅の近くまで、風を心地よく感じながら歩くと、ちょっとした公園に植えられている紫陽花が満開であることに初めて気が付いた。コロナの猛威によって、リモートワークが2カ月以上続き、私が家にこもる生活を続けているうちに、季節は春をとうに終わらせ、確実に夏を迎えていたのだ。私は、気づかない間に経っていた時間の長さに、はっとした。そして、彼に会えないままでいる時間が長いにもかかわらず、私はそれについて悲しくもなかったことにも気づいた。

 恋が終わりを迎えたのだと思うことにした。重たげに青紫のボールを抱えた紫陽花を愛おしく思いながら、軽くなった心を弾ませて、歩く速度を上げた。空の南から、厚い雲が迫ってきていた。


 おわり

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