99.ディー<元王子>3
ディーこと、元王子のデイビッドは、先程までいたギルドでのことを思い出していた。ライアン・・・、今は冒険者としてロバートと名乗っていると聞いてはいたが、久しぶりに会った彼は、以前の温和な雰囲気は残しつつも、随分と余裕と自信を感じる風情だった。
ナディアやヨナも、彼等とは再会となり、奥方のレティシアとは気軽に話せる仲のようで、幼子の相手をしたりして盛り上がっていた。
ただ、奥方が、獣人であることは正直意外であった。
王国で人種による差別が撤廃されて久しいが、それでも政治・文化の中心との自負がある王都周辺では、人種差別意識は根強く残っている。エルにしても、ハーフエルフであることが見た目で直ぐ分かるようであれば、王宮の空気も更に悪かったであろう。辺境伯家の子息とはいえ、長年王都で暮らしてきたロバートが、その空気に毒されていなかったことに少し驚いたのだ。
ロバートが奥方を大切にしているのは、彼が席を外しているときの彼女の幸せそうに子供を見守る様子から一目瞭然であったし、ディー自身、レティを初めて見たとき、その美しさに衝撃を受けた。ディー自身は、獣人に対する悪感情は一切ないが、それでも、獣人にこれ程美しい女性がいるのかと圧倒された。そこからの立て直しが早かったのは、単に普段エルの美貌を見慣れていたからだろう。
また、彼女の強さにも驚いた。いきなり子供を蹴り飛ばした冒険者に対し、それこそ赤子の手をひねるように対処したのだ。しかも、獣人が苦手とする魔法を無詠唱でアッサリ使ってみせた。その後で、ロバートと共に既に竜を倒していたことを聞き、驚きつつも妙に納得してしまったものだ。
そんなことを考えながら歩いているうちに、宿に着いた。高級寄りの宿で、それなりの値段がするのだが、稼げるこの町では、ランクBであれば常宿と出来るくらいのものだ。
宿の部屋割りは、夫婦、恋人毎にした為、ディーのみ1人部屋で、ダンとエルは同じ部屋だ。エルは慣れるまで大いに恥ずかしがっていたが、かといってディーがエルと2人部屋にするわけにはいかないと思っていた。エルに対してそういう感情がないとしても、ダンに悪いだろう。
ダンが受付に一言断って部屋に行こうとすると、受付の方が騒がしい。
「なんで、そんなに高いんだ?」
ディー達が様子をうかがうと、ロバートの子を蹴飛ばした冒険者パーティだった。
「申し訳ございませんが、我々としましては、金額相応の設備と環境をご提供させて頂いていると自負しております。この金額を払うに値しないとご判断されるのであれば、他の宿をご利用願うだけでございます。」
「こっちは予定外の出費で手持ちが少ないんだ。でも、俺達に便宜を図っておけば後々損はさせないぞ。」
「何と仰られても、前払いが原則ですので、お支払い頂けないのであれば、お泊めするわけには参りません。」
「なっ!!」
ゴネる客に対しても、受付の女性が毅然と対応している。まだ若く、大人しそうな雰囲気のお嬢さんに見えていたから意外に思っていると、それでも引かない様子の冒険者の前に、受付の女性を庇うように厳つい男が出てきた。
「他のお客さんに迷惑なので、払えないのであればお引き取り下さい。」
口調は落ち着いているが、かなりの威圧感が出ている。
「元冒険者ってとこか。ランクBくらいありそうだな。」
ダンが誰に言う訳でもなく呟く。
ディーは、まだまだ自分に相手の力量を見抜く力が無いことは自覚しているので、ダンの呟きを聞きながら、受付に出てきた宿の男を観察していた。
「くそっ!俺達のランクが上がっても、もう泊まってやらないからな!後悔するなよ!」
明らかに宿の男に圧倒され、後退りながらかなり恥ずかしい台詞を吐き、出て行った。
「ふん、今のままではそれ以上ランクは上がらないだろうさ。」
宿の男が若干悲しそうな表情を見せながら呟いて、受付の奥に戻っていった。
ディーは、彼らの振る舞いをギルドでも見ていたし、今の様子も見ていて、自分たちの立場と実力を勘違いし、思い上がって傲慢になると、ああも恥ずかしい行動をとってしまうのだと、自分を戒めた。もっとも、今現在は、周りに実力者ばかりいる為、傲慢になりようがなかったが。
さて、あの冒険者達が出て行ったことで、受付の騒動が収まり、ダン達が、やれやれと部屋に向かおうとしたところで、数人の男が宿に入ってきた。1人だけ、貴族と分かる格好をしており、他は冒険者風な格好をしていた。
だが、皆姿勢よく立ち振る舞いに品があることから、貴族もしくは騎士と思われる。その辺の違いは、見るものが見れば一目瞭然だが、冒険者に対しては、出自を詮索するのはタブーとされている為、分かっても知らない風を装うのが常だ。
まあしかし、ディーやエルの出自については、ある程度の信頼関係が築かれた後、ヨナの好奇心によって根掘り葉掘り聞かれ、ほぼ話してしまっている。ロバート達についても話してしまったのは、申し訳なかったが。
ちなみに、ダンについても、普段の振る舞いや見かけによらない知性的な面も含め、どこかの貴族家の出と考えてまず間違いないと、ディーは考えていた。冒険者になる前のことを話したがらない様子であったし、自分も王子という身分を捨てて冒険者となっている以上、あまり聞いても意味がないと、早々に気にするのをやめた。
そんなことを考えている間に、新たに入ってきた男たちの1人が、受付に近寄って、声を掛ける。
「人を探している。ロバートという冒険者について何か知らないか?もっと言えば、どこにいるか知っていれば教えろ。」
いきなり偉そうに尋ねる男に、今日はこんな人がよく来るなと内心溜息をつきつつ、受付の女性が冷静に答える。
「申し訳ございませんが、個人情報に関して、当宿が勝手にお話できることはありません。それに、そもそも冒険者のことでしたら、冒険者ギルドでお尋ね頂くのが確実かと思いますが。」
そりゃぁそうだ。周囲の者は皆一斉にそう思った。




