96.護衛の冒険者
結局、希望する素材が手に入ったら、冒険者ギルド経由で、辺境伯領の薬師ギルド支部に納入することで話がついた。期限なし、罰金なし、買取額は交渉と、幾らでも買い手がつきそうな希少素材であるので、冒険者側にかなり有利な取り決めだ。
ギルマスのベリンダは、薬師ギルドの心証を悪くし、冒険者ギルドへのポーション等の供給に悪影響が出るのではないかと懸念し、ダン達に譲歩を求めたが、ダンのパーティーは、優秀な魔術師を2人抱えているためポーションの需要が比較的低く、且つ経済的余裕もあることから、今後の活動に制限がある方を嫌い、受け入れなかった。ロバートも、辺境伯領に限っては、薬師ギルドから供給が途絶えても、自分がポーションを供給するつもりでいる為、特に何も言わなかった。
薬師ギルドの3人(モーリス、エクムント、その護衛)は、ベリンダと話があるということで残り、ロバートとダン達は、先に応接室を出て食堂に戻ってきた。
戻ってくる前に、デボラとコレットから散々謝罪を受けたロバートは、今後は余計なことをうっかり言わないように、とくぎを刺し、その後、思い出したように、呼び出される前の、ガルシアを蹴飛ばした冒険者とのトラブルを、誇張なく伝えておいた。
「「とうしゃま!!」」
食堂に戻ってくると、ガルシアとスウェシアが、しゃがんで受け止めようとしたロバートの胸に飛び込んできた。
「いい子にしてたか?」
と、両手でそれぞれの頭を撫でながらニコニコと笑顔を子供達に向ける。
「「あい!!」」
「そうかそうか。」
と、子供達をそれぞれの腕で抱き上げて、周囲を見ると、仕事上がりの冒険者たちがチラホラ食堂で酒を飲んでいる姿が見えた。思ったより時間が経過していたようだ。
子供達は、顔をロバートの胸にぐりぐりと擦り付けて満足した後、ふと気づいたように、ダン達をジーと見つめた。
「ああ、この人たちも、ナディアさん達の仲間だ。ご挨拶しなさい。」
「「あい。こんににわ。」」
と、挨拶すると、ダンが顔を綻ばせて、
「おお、こんにちは。おじさんはダンってぇいうんだ。よろしくな。」
と、言って、子供達の頭をわしゃわしゃと撫でると、子供達も怖がることなくキャッキャと笑う。
「か、可愛い・・・。でも、私たちもそのうち・・・。」
エルは、やや頬を染めつつ、ブツブツと自分だけの世界に入っている。
ローディは、それを横目に見つつ、
「こんにちは。私はローディという。よろしく。」
「「あい。」」
優しい笑みを子供たちに向けた後、自らの愛妻のいるテーブルへ向かっていった。
ダンが、心ここにあらずといったエルの手をさり気なく引いて仲間の元へ行くのと一緒に、ロバートもレティの元へ行き、
「何かあった?」
「いえ、特にあの後は何もなく、子供達もナディアさん達に構ってもらってご機嫌でした。」
「あの馬鹿・・・、えーとあの冒険者は?」
「お仲間が、教会に連れて行くと言って、男2人で担いで出ていきました。」
と、レティと話していると、そのお仲間の残りの女2人が、カウンターでデボラに食って掛かっていた。
「だから、あの獣人の女に仲間が足を折られたのよ。ギルド内での暴力行為は禁止でしょ!」
デボラは、困ったような表情を作りながら、
「そうですか。私が聞いた話では、先にそちらの子供を蹴飛ばしたそうじゃないですか。冒険者登録してない一般人、しかもあんな幼子をいきなり攻撃したとなれば、懲戒処分となります。更に、蹴られた子供を守ろうとしたそちらの女性にも攻撃を先に加えたというじゃないですか?」
「ち、違うわ!あいつが一方的に攻撃してきたのよ。あいつらが嘘をついている証拠に、子供は怪我なんかしてないじゃない!」
諍いのあった時には、ロバート達の他には、ダンのパーティメンバーしかいなかったから、身内の証言は証拠にならないと強気で嘘を押し通すつもりのようだ。
「確かにギルド内での暴力行為は禁止されていますが、一方で、冒険者同士の争いには基本的にギルドは関与しません。それに、この建物内でも食堂に関しては、酔っぱらって羽目を外す方も過去いらっしゃったこともあり、暴力行為の認定が慣例として緩くなっています。また、証拠と言われましても、貴方の仲間が怪我をさせられたという証拠も無いのでは?」
「なっ!?王都でランクCとして活動してきた私達が嘘をついているって言うの?なんて失礼なの!」
ブッと、食堂にいて、聞き耳を立てながら飲んでいた冒険者の一人が、エールを噴き出した。
「ゴホッゴホッ・・・、おいおい、無知っていうのは、恐ろしいな。」
「ああ、この辺境でランクCであそこまで声高に威張れるなんてな。」
「しかも、どうやら因縁つけてる相手は、あの若い兄ちゃん達だろ。いつだったか、あいつら、たった2日で20階層を踏破して、ここの代官のバカ息子を救出してきたはずだがな。」
「ん?2日ならギリいけんじゃね?」
「いやそうじゃない、あいつらは、あのダンジョン初見で、1階層から行ったんだ。」
「げっ!?初見って・・・、まじか?そりゃすげぇな。」
「それに、仲良さそうに一緒にいるのが“竜殺し”だろ。相手の力量が分からないからあの年でCなんだろうな。」
「まあ、王都に現役の高ランクは長居しないから、Cでも十分威張れるんだろ。」
彼女達に聞こえないようにヒソヒソと小声で話しているが、ロバート達にははっきり聞こえていた。
カウンターでは、最早騒音と化した彼女に大声で詰め寄られても、デボラは平然としていた。
「あの、すみません。貴方の仰る、嘘をついてないという根拠は、王都で活動していることですか?ランクCってことですか?少なくともこの地では何の根拠にもなりませんが。」
相手するのにも疲れてきたのか、やや馬鹿にする雰囲気を纏った言い方になっている。
「両方よ!王都で且つ高ランクの冒険者の証言が信じられないって方が信じられないわよ!!」
ブフォッと、先程よりも大きな音で、別の冒険者がエールを噴き出すのが聞こえた。
「な、なによ!?」
音の方に睨むような視線を向けるが、噴き出した冒険者達は、咽てしまっている。
「ゴホッゴホッ・・・、あぶねえなぁ、変なところにエールが入っちまうとこだったぜ・・・」
彼女の視線など全く気にする様子もない。周囲の冒険者も苦笑を浮かべるばかりだ。
「一体、なんだっていうのよ・・・」
抗議していた彼女達は、周囲の状況が自分たちの理解に追い付かず、困惑するしかなかった。




