90.レティの怒り
「50階層を踏破した後、ダンドリー伯爵が祝賀会を開いてくれたんだけど、どういう心境の変化か、そのカレンお嬢様が、ダンに秋波を送り始めて来たのよ。」
「えっ!?・・・ああ、でも待てよ、ダンさんと一緒に伯爵を訪ねた時に、ダンさんに向けるお嬢様の視線は確かにそういう感じだったような気が・・・。」
ナディアの説明を聞いて、ロバートは伯爵家の騎士から言いがかりをつけられた時に訪れた伯爵邸で見た態度を思い出した。
「そうなんだ?まあでも、既にその頃にはエルとイイ感じになってたから、ダンの方は全くお嬢様の気持ちに気が付いてなかった訳。元々そういう面には疎いし、エルみたいな極上の美女が横にいれば他の女性に目が向くわけ無いしね。でも、側で見ているエルはいい気はしないでしょ。」
今度はヨナが溜息をつきつつ言うと、
「エルは、年齢の割に今までほぼ恋愛経験が無かったみたいなんだ。まあ俺に付いてたせいでもあるんだけど・・・。だから、そういう場面で、大人の女性的な態度が取れないというか、余裕が全くないと言うのか・・・。」
エルよりも遥かに年下のディーすら若干困ったように話す。
「そして、祝賀会の後も、お嬢様がギルドに頻繁に顔を出し始めて、会うたびにダンに近寄ってくるものだから、もう、エルの機嫌が悪いのなんのって・・・。結局、それが活動場所を変える最後の一押しになったって感じなのよ。・・・あっ!でも、みんな不満はないのよ。ここの海の幸が気に入ってるし。ダンジョンは挑みがいがあるし。旅の途中で2人の仲はますます親密になったし。」
ナディアが、エルのせいで・・・と受け取られかねない発言になったのをフォローしながら言うと、口を挟まなかったガイも笑みを浮かべながら何度か頷く。
「そうなんですね・・・。ところで、ダンさん、ローディさん、エルさんは?」
ロバートは、建物の奥の部屋に3人の気配を感じながら、尋ねる。
「ああ、3人は・・・」
バタンッ!!
ガイが答えようとしたタイミングで、ギルドの扉が勢いよく開けられた。
「なんだなんだ!折角王都でも新進気鋭のランクC冒険者、アラン様が来てやったというのに、このしけたギルドは。」
ロバート達は、ギルドに人が少ないと分かりきっている昼間に来ておいて寝ぼけたことを叫んでいる男に呆気にとられていた。その男の後ろに続く、同じパーティーメンバーと思われる男女4人は、やや距離をとって呆れた顔をしている。
しかも、どう見ても30代であろう男が、ランクCであることを自慢げに言っている時点で、ロバートは混乱していた。今は昇格に拘っていないロバート達でもランクB、まだ30前のガイ達と20過ぎのダンも既にランクAに昇格しているし、最年少のディーがCである。
「あの年でランクCってどうなんですか?」
ロバートは、思わず、ナディアにそう確認してみた。
「まあ、この面子がいると疑問に思うのは仕方ないけど、一般的にあの位の年ならまあまあ、ってところじゃないかな。Cならそこそこ稼げるはずだしね。でも、あなたみたいなランク詐欺もいるから、彼も実はすごい実力の持ち主って可能性も・・・・・、ふっ、無いわね。」
「「ないな(よ)」」
ナディアの答えに、ガイとヨナも同意する。
確かに、ロバートが見ても、少なくとも戦闘力ではディーにも及ばず、セラといい勝負といったところだ。
そんなやりとりで、少し油断をしてしまったのだろう。
「なんだ、このガキは!」
ガンッ!と目を離したすきにアランに近寄って行ったガルシアが、結構な勢いで蹴飛ばされ、吹っ飛んでいった。
「ひゃぁぁぁーー」
緊張感のない声をガルシアが上げて壁に激突する寸前に、ガシッと、レティが素早く反応して受け止めた。
しかし、≪探知≫されるような悪意も持たず幼子を蹴り飛ばすとは、中々の外道である。
「きゃっきゃっきゃっきゃっ!」
但し、ガルシアは全くダメージを受けておらず、寧ろ吹っ飛んだことを遊びと勘違いして喜んでいる。
逆に、
「痛てぇーー」
と、アランは足を押さえ、悶絶している。
ロバートは、当然のように、子供たちにもお揃いのブレスレットを着用させている。そのうちの対物理攻撃反射の機能が働いたのだろう。大人が悶絶するほどの威力で幼子を攻撃するとは、ますますもって外道である。
ロバートは、アランの方へ向かおうと立ち上がろうとしたが、レティが先に一歩前に出て、
「旦那様、ここは私が。」
と、ロバートを制した。
レティの静かだが激しい怒りを感じたロバートは、レティの好きにさせることにして、ガルシアをその腕に受け取り、スウェシアも呼び寄せて抱き上げた。
レティは、そのままゆっくりとアランの方へ歩いていき、
「幼子をいきなり蹴り飛ばすとは、なるほど、さすが新進気鋭の冒険者ですね。見下げ果てた振る舞いです。」
「な、なんだと!この女・・・、ほう、獣人だがすげえ美人じゃねえか。体つきも・・・ヘッヘッヘッ、そんなにカリカリするほど欲求不満なら、俺様が今晩相手してやってもいいぜ。ひゃははは。」
少し痛みから回復したアランが、レティの顔を認識して、舌舐めずりする。
ナディアやヨナ達は、あまりの品のなさに言葉もなく、ロバートは、レティへ情欲を向けたアランを睨みつけている。
「はぁ、心配しなくても、私にはあなたなど足元にも及ばない素敵な旦那様がいます。ふふっ、あなたごときが何をほざいているんですか。笑わせないでください。私は、その旦那様との愛し子を足蹴にされて、どう罪を贖わせるか頭を巡らせているんですから、その汚い口を少しは閉じていなさい。」
レティは、完全に軽蔑した目線で淡々と告げる。
そこで、ようやく、後ろの仲間らしき男が割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!すまないっ!一方的にこいつが悪い。謝罪する!だから怒りを収めてくれ!」
少し空気が弛緩し、レティが、その男に視線を向けた途端、アランが立ち上がり、素早くレティに向けて蹴りを放ってきた。
「ケッ!ちょっと、ツラが良いからって調子に乗るなよ。所詮獣人のくせに!」
ただ、素早くといってもレティにとっては、遥かに格下の蹴りなど、欠伸が出るというものだ。落ち着いて、ガシッと、片手でその蹴り足をしっかりと掴んで止めた。
「なっ!?」
アランの顔が驚愕に染まる。
「なるほど、この足が悪いのですね。」
と、周囲の温度が下がりそうな程の冷たい笑顔を浮かべながら、バキッ!!っと周囲に聞こえるほどの音を立て、足首を骨ごと握りつぶした。




