9.王都2
前話から引き続き第三者視点です。
卒業パーティの翌日、チェスター王国第三王女サンドラは不機嫌だった。
「午後になったのに、何故ライアンは顔を見せないの!?」
サンドラの私室には、側仕えの侍女が1人付き添っていた。彼女は昨日のパーティー会場にも控えていた。
「恐れながら、婚約破棄を告げられたからではないでしょうか。」
「えっ?でも執事にしてあげてもいいって情けをかけてあげたでしょ。」
「ライアン様には聞こえていなかったのではないでしょうか?呆然としておられた様子でしたので。」
内心では、何を言っているのかと呆れながら、態度には出さずに答える。側仕えといっても心情的に王女に絶対的な忠誠を誓っているほどではなく、むしろライアンに同情的であった。
この侍女マリアは、子爵家の令嬢であり、昨年学院を卒業し、その後王宮で侍女教育を受け、半年前から王女の側仕えとなっていた。王族の側仕えは、基本貴族の子女である。
(しかし、王女殿下とはいえ、我儘が過ぎる。そもそも、貴族として生きるのにレベルの高さは本質ではない。確かにレベル0というのは過去にいないかもしれないけど、王家から望んだ婚約を破棄する理由にはならないと思うのだけど。ただ単に、辺境伯様を敵に回しただけでは?その程度のことも考えられないのかしら。)
貴族の令嬢として教育を受けた上、本人の資質か、貴族社会におけるバランス感覚は優れていた。よって、今回の婚約破棄騒動が王家にとって大きな失点になることを容易に想像していた。
「マリア、ちゃんと人を遣って呼び出したの?」
「もうすぐ戻ってくる頃かと、確認してまいります。」
と、部屋を出ていく。
しばらくしてマリアが王女の私室に戻ってきた。
「遣いが戻ってきて言うには、[婚約破棄された以上、王女殿下の個人的な呼び出しを気軽にお受けするわけにはいかない。しかも怪我の療養中である。]と辺境伯家に門前払いされたそうです。」
「なっ、なんですって!?この私に対し・・・」
「失礼します。宰相様がお目通りを願っておいでですが。」
と、別の侍女が慌てて入ってきた。
「今取り込み中よ!・・・まあ、いいわ。許可します。通して。」
宰相ジョージ・テイラー侯爵が入ってくる。
「サンドラ殿下におかれましては、ご機嫌麗しく。急なお目通りをお許しいただきありがとうございます。」
「全然麗しくないんだけど。今日は何の用?」
王女といえど、国の重鎮に対する態度ではないのだが、宰相は気にする様子もない。
「では、率直に申し上げます。王女殿下におかれましては、もう少しご自身の言動に対する責任と影響を自覚して、ご自重頂きたくお願いに上がりました。」
「何の話よ!」
「昨日殿下が通告された婚約破棄の話です。まず、婚約を破棄するにしろ、あのように大勢の前でやるべきではありませんでした。元々王家から無理を言ってねじ込んだ婚約です。王家から勝手に破棄するだけで辺境伯家の怒りを買う行為です。また、破棄の理由の1つとして、負傷した足のことに触れられました。そのことにより、ライアン殿が会場から退出された後、学院生とその家族の間で、[王女殿下が婚約破棄の口実作りに襲撃させたのか?]との噂が一気に広まっております。幸い辺境伯自身は全く信じてはいませんでしたが、少なくとも賊を捕まえて事情を明らかにしないと収拾がつかないでしょう。」
「無理矢理婚約させてたの・・・?私のことを好きだったからではないの・・・?」
「今気にすべきはそこではありません。辺境伯は素早く動いて、ライアン殿を貴族籍から除籍しました。」
「えっ!?なぜ?」
「辺境伯曰く、もう除籍して貴族でないから干渉するな、とのことです。そこで、自重頂きたいのは、殿下からの辺境伯家およびライアン殿への接触は一切しないで頂きたい。また、最近お側をうろついているランパード侯爵家とハリス伯爵家の子息を当面遠ざけて頂きたい。とにかく、陛下がお戻りになられるまで余計なことをなさらないように。」
「ライアンが除籍・・・」
宰相は、横に控える侍女に目を向けた。
「そなたは、確か子爵家の・・・」
「マリアと申します。宰相様。」
「では、マリア嬢。そなたもしっかり見張っててくれ。王女の希望を全て通すのが侍女の務めではないぞ。しっかりお諫めするように。」
「承知いたしました。」
「それでは、殿下。くれぐれも軽はずみな行動をおとりになりませぬように。」
と、言い残し、呆然と何か考え込んでいるサンドラの返事を待たず退出していった。