86.≪幕間・元王子≫
クリスティーナが出産した後、来訪していたロバート達も帰り、城もやや落ち着きを取り戻した頃、エリックを訪ねて、2人の客が来た。
「どうも、お待たせしました。お久しぶりですな、殿下。そしてエレクトラ。」
「もう王族では無くなったので。今は冒険者として、ディーと名乗っております。」
「では、お久しぶりです、ディー殿。エレクトラ、いえ、エルと呼んだ方が?」
エリックと一緒に部屋に入ってきたクリスティーナが挨拶をした。
「お久しぶりです。では、エルと。私が言うと嫌みっぽいけど、貴方達も若々しいままですね。」
エレクトラが、答える。
ディーことデイビッドは、元チェスター王国の第2王子であったが、自身の状況から王太子の予備にもならないと判断し、飼い殺しからの脱却を望んで王族籍から抜けた。
エルことエレクトラは、元々ランクSの冒険者で、エリック達とパーティを組んでいたことがある。シルバー公爵家の庶子でもあり、父親の要請でデイビッドの侍女を勤めており、王家を出た後は冒険者の先輩として一緒に行動していた。ハーフエルフであり、20歳前後の見かけながら、エリック達より年上である。
「まあ、それでもエルに比べれば確実に老化してはいるが・・・。で、王宮を出られてかなり経っているが、2人は冒険しながらここまで?」
「はい。ですが途中からは、成り行きで力のあるパーティと一緒に組んで、ここまで来ました。離籍の時も後押し頂きましたし、折角なのでご挨拶を、と思って。」
「それは、ご丁寧に。ですが、見たところお元気そうで安心しましたよ。今後はこの領で冒険者活動をされますか?」
エリックは、デイビッドが余計なトラブルに巻き込まれないよう何らかの配慮が必要かと考えた。だが、その考えを察したのか、
「そのつもりです。こちらでは海産物が美味しいと聞いていますし。ですが、もう私はただの冒険者ですので、何かあっても自己責任です。過度にお気を遣って頂くことはありませんよ。」
エリックは、やはり聡明で人の心の機微にも敏感だと感心する。王子として適切に遇していれば次代の王家を支える柱となったものを・・・、と惜しむ。
「分かりました・・・、」
と、続けようとして扉の外の気配に気づいたところで、ノックされた。
「失礼します。遅れて申し訳ございません。ご無沙汰しております、デイビッド様、エレクトラ様。」
ロイが、ブルーノを抱っこして部屋に入ってきた。
ロイは、領に残っていることが多かったため、デイビッド達とは長く会っていなかった。デイビッドは、抱っこしている赤ちゃんを凝視しつつ、
「お久しぶりです、ロイ殿。お子が生まれたとは知りませんでした。お祝い申し上げます。」
と、早合点して答える。
ロイは、苦笑しながら
「ありがとうございます。でも、この子は私の子ではなく、弟ですよ。ブルーノといいます。」
「「え!?」」
デイビッドとエレクトラが思わず驚きの声をあげ、自然と目線がクリスティーナに移動する。
クリスティーナは、若干目線を逸らしながら、
「実は、先日産んだのよ。家族以外に改めて話すとなんだか恥ずかしいわ。」
「相変わらず仲のいいことで、なによりですね。」
エレクトラが、嫌味のない感じで、穏やかに微笑みながら言うと、クリスティーナは一瞬呆気にとられたものの、なにかに思い至ったのか少しからかうような笑顔で、
「ありがとう。私もようやくエルにイイ人が出来て嬉しいわ。ディー殿ではないようだけど。」
「!!?。な、な、な、何を藪から棒に!」
エレクトラが分かり易く顔を真っ赤にして動揺を見せた。
デイビッドは、クリスティーナに驚きの表情を向けて、
「凄いですね。何処でそれがお分かりに?」
「ディ、ディー!」
デイビッドの質問をエレクトラが慌てて遮ろうとしたが、
「いや、もうその動揺っぷりでバレバレだよ。それで、どのあたりで?」
デイビッドは、気にせず続ける。
「そうですね。昔のエレク・・・、エルは、男女間の話になると、神経質になることが多くて、エリックとうっかりいい空気になっていると、それはもう厳しい視線が飛んできて・・・、でも、今はなんだか余裕があるというか、雰囲気が柔らかいですし、そこでピンときて少しカマを掛けたわけです。」
「なるほど、その、私はそういうことに疎いので・・・。」
デイビッドは感心した後、今のところ縁のないわが身の事を考え、若干落ち込む。
「それで、エルのお相手は?」
クリスティーナが興味津々に聞くと、デイビッドはあっさりと答える。
「ええ、今一緒に行動している冒険者パーティのリーダーなんですが・・・、」
デイビッドが、話をするのを聞いていて、エリック達はやや意外に思っている。エレクトラほどの美人がずっと側にいたのに、デイビッドの中ではいわゆる恋愛対象の女性としては全く意識されていないことに。母親か姉といったものに向ける家族の愛情といったところだろうか。エレクトラもそれを認識したからこそ自身の幸せに目を向け始めたということかと。
「ちょっと、ディー。」
「お願い、もうやめて。」
エレクトラが顔を真っ赤にしてデイビッドの話を止めようとするが、全く止める気は無さそうで、嬉々として話し続けている。
クリスティーナは喜んで聞いているが、エリックとロイは若干いたたまれない。エリックは、エレクトラが長命種としての特性か恋愛に奔放な母親の影響か、ソッチの方面では初心であったのを覚えており、反応を見る限り今回が初めての男女の恋愛関係なのだろうと推測した。
その恋愛事情を、これまで手塩にかけて育ててきたデイビッドに暴露されているのは、どんな気持ちだろうか。流石にもう止めようと声をかける。
「ディー殿、流石にペラペラと喋りすぎです。クリスティーナも調子に乗りすぎだ。」
デイビッドとクリスティーナが、ばつの悪そうな顔をする。指摘されて流石に調子に乗りすぎたと自覚した。
「ごめんなさい、エル。」
「ごめんなさいね。」
2人から謝られ、やや拗ねたような表情ではあったが、同時にようやく話が収まってホッとしたようでもあった。だが、釘は刺しておく。
「2度目は容赦しませんから。」




