83.料理伝授と騎士団長
ロバート達は、両親、特にクリスティーナの勧めで半月ほど城に滞在することにした。
その滞在中にレティは、厨房に度々呼ばれることになってしまった。エリックが、ロバート家訪問時に食べた料理をいたく気に入り、是非料理長に伝授してくれと頼み込んだからだ。レティは、料理を勉強してきたわけではないので、料理長に教えるなど恐れ多いと辞退しようとしたが、ポーチに収納していた魚のフライを食べた料理長に懇願され、サラとセラも巻き込んで料理教室を開催していた。教室といっても目の前で作ってみせるだけだが。
ある日、レティがロバートに相談を持ち掛けた。
「調理の後に残った肉の端切れを利用した料理はないでしょうか?」
肉を絶対無駄にしないウーマンであるレティは、これまでも自分が調理して残った端切れ肉を纏めて収納していた。辺境伯家の厨房で捨てられかけた肉を見て、思うところがあったらしい。勿論、スープに入れたりと、使えなかったというわけでもなかったのだが。
ただ、これまでも、ロバートの記憶にある料理を伝えて、レティが形にしてきた為、ロバートのアイデアを求めた。
ならばと、一緒に厨房に行き、取り出した端切れ肉を、料理長の前でロバートが包丁で肉を細かく切り刻んでいく。所謂ひき肉だが、この世界では馴染みが無いようだ。
レティもそれを見て、同じように包丁でひき肉にしていく。2人が高速で包丁を動かしているのを、料理長が呆気にとられて見ている。
出来たひき肉を元に、ロバートの指示に従って、炒めた玉ねぎ、パン粉、牛乳、塩等をしっかりと混ぜ合わせ形を整える。
これを焼き上げて、ハンバーグを完成させた。
また、ハンバーグのタネを流用して、メンチカツも作った。こちらは既にオークカツなどを作ってみせている為、タネがあれば料理長達でも特に手間取ることなく完成させた。
そして仕上げに、今回は自家製野菜と果物を使って大量に作り置きして収納しておいたウスターソースをかけて試食した。
「こ、これは美味しい!!!閉じ込められた肉汁がジュワッと口に広がって・・・。」
料理長も大絶賛だ。
「旦那様・・・、美味しいです。これで端切れ肉も無駄どころか、ご馳走として使いきれます。」
レティが、肉を無駄にせずに済むことに感激している。
「これは1例にすぎないから、肉の種類を変えたり、野菜や香辛料を変えたりすれば、色々な味が生み出せる筈だよ。」
「分かりました!この歳になっても、まだまだ知らない新たな味があるとは・・・、挑戦し甲斐があるというものです。」
ロバートの助言に、料理長が勢い込んで応える。
この日の夕食は、勿論ハンバーグとメンチカツであり、大好評であった。
そして、料理長の宣言通り、この先様々なバリエーションの肉料理が生み出されていくのであった。
エリックは、領の発展のため、これらの料理についても領の名物化を目指して、文官達と議論を開始した。
エリックは、決して脳筋の無能な領主などではない。これまでは、いわば無難に領地経営をしていたが、大氾濫の予想を聞き、ロバートの提言を文官に練らせ、防衛力強化の為に経済を回し、積極的に人とお金を呼び込む施策を取り始めていたのだった。
この料理に関してもその一手とするつもりであり、ロバートも快諾した。
そんなある日、エリック経由で騎士団長からレティに、騎士団の鍛練への参加の要望が届いた。
「あの日留守にしていたエドウィンが、俺が模擬戦で惨敗した話を聞いて、是非立ち会いたいと言って聞かんのだ。出産したばかりだと説明しても引き下がらん。」
「ああ、駄目な大人って奴だな。」
ロバートは、自分の興味本位だけで人妻の都合関係なしにそんなこと言ってくる相手に不快感を持つ。
「私は構いませんが。勘を取り戻してきたところですし。」
レティはそう言うが、
「いや駄目だ。俺が嫌だ。出産後1ヶ月ちょっとのレティにそんな事を言ってくる奴の相手をさせたくない。どうしてもって言うなら俺がぶちのめす。それも何も得る物が無いくらい、一瞬で一方的にやってやる。四肢が千切れ飛んでもエリクサーがあるしな。」
ロバートが殺気を滲ませながら拳を握りしめる。
「ちょっと、落ち着け。アイツも今や王国最強と言われ始めているから、俺をあっさり負かした存在が気になるのは仕方が無いところもある。ただ確かに人として、出産したばかりの女人に持ち掛けるのはどうなのかと思うから、お前が相手をするなら止めはせんが・・・。」
「でも、騎士で王国最強って言ったって、勝敗なんて条件次第で幾らでも左右するでしょ。以前会った冒険者もかなりの強者だったし、草原のギルマスも相当だったし。騎士以外の人間に拘る必要ないと思うけどな。」
「面子ってもんがあるんだ。俺は領主だからいいが、あいつ等は騎士が本業だからな。」
「面子なんて飯のタネにはならないけどね。」
冒険者となって気ままに暮らせる今のロバートは、気にする必要のないものだった。
翌朝、ロバートは騎士団の鍛練場に来て、団長のエドウィンと向かい合っていた。エリックと、子供を抱っこしたレティ、エルザも端の方で見守っている。
「ライアン様、奥方様との手合いを所望したのですが。」
エドウィンが、平然と言う。
「いや、お前アホか!子供産んだばかりの妻を戦わせる夫がどこにいるんだよ。」
周囲の騎士達ももっともだと思ったのか、皆頷いている。
「御曹子とは言え、アホ呼ばわりは失礼では?もうすぐお帰りになると聞いたもので、居ても立っても居られなかったのですよ。」
「まあいいや、話が通じそうにない。お前程度なら、レティでも俺でも大差ないから、とっととやるぞ。」
「むっ、御曹子相手とはいえ、手加減はしませんぞ。大口を叩いたことを後悔なさいますな。」
「始め!」
エリックから声が掛かり、エドウィンがステップを踏みながら高速で接近し、予備動作無しで切りかかる。確かに高い実力の持ち主のようだとロバートは思った。
おそらく剣技では彼の方が上なのだろうが、如何せんステータスの圧倒的な差がある。優れた剣技でも、剣の動きがはっきり見えて、それを避けられる身体能力の前では意味が無かった。
木剣が届く寸前、エドウィンが仕留めたと思った瞬間、ロバートが剣をかわし、両腕両足に連撃を入れた。
「ぐあぁーー。」
ロバートは、骨が折れない程度に抑えたが、宣言通り、一瞬で一方的に勝負を決めた。
「後始末はよろしく。」
と、エリックに言い残して、レティとエルザと共に城に戻って行った。
後日、団長がロバートに謝罪し、その上で弟子入りを希望したが、ロバートはあっさり断った。当たり前だろう。




