8.王都1
第三者視点です。
少し時間は戻り、ロバートこと本名ライアンが王都を出た頃、その父エリック・エドワーズ辺境伯は王城に来ていた。事務方が仕事をし始める朝の時間帯、エリックは、真っ直ぐ貴族籍管理部署へ向かう。
「除籍の手続きをしたい。」
と、部屋に入るなり、エリックが担当官に告げる。
「お、おはようございます。辺境伯様。除籍でございますか?」
「ああ、長男のライアンを除籍する手続きをしてくれ。」
「ライアン様は、第三王女殿下の婚約者であられますので、小官の一存では出来かねます。」
エリックは、その返答にイラついたように返す。
「婚約は昨日王女殿下本人から破棄されたので関係ない!そもそも、登録と違って、除籍は貴族家の当主がその権限を持ち、申し出をした段階ですぐに受理される。それは王国の法で決まっていることだ。速やかに処理したまえ。」
「わ、分かりました。」
法に基づき仕事をする官僚であれば、法を持ち出されれば、それ以上は逆らえない。
「除籍の手続きが完了いたしました。こちらが証明書となります。」
エリックは受け取った証明書に齟齬が無いことを確認した。
「ご苦労。先ほどはつい強い口調になりすまなかったな。」
「いえ、小官の心得違いでしたので。」
エリックは、証明書を持ち、宰相執務室へ向かう。
「ジョージ、入るぞ。」
エリックはノックもせずに執務室に入る。
執務室の主である、宰相ジョージ・テイラー侯爵は、苦悩に満ちた顔で挨拶もなく謝罪した。
「申し訳ない。陛下が外遊中である以上、私の管理監督不足だった。」
エリックは、執務室の高価なソファにボフッと腰を下ろし、
「どの件に対する謝罪だ?」
「無論、王女殿下の婚約破棄の件だ。」
ジョージは、エリックの正面のソファに腰を下ろした。
「婚約破棄自体は、うちとしてはウェルカムなんだが、態々多数の学院生の前で恥をかかせたってのがアウトだな。」
「卿は貴族としての面子など気にしないであろう?」
「俺は気にしないが、息子のことだ。また、取引材料としては使う。それに賊に襲撃された件もまともに動いてないだろう?それは王家にとっても悪手だぞ!」
「何のことだ?」
「昨日の婚約破棄のせいで、パーティーに出ていた息子に同情的な学院生を中心にその親にも急速に広がっている噂がある。実際にいくつかの貴族家から、俺に直接問い合わせがあった。[王女が婚約破棄の口実作りに襲撃させたのか?]とな。正直、最近の王女の振る舞いについては疑問視するものも多いし、放って置けば市井にも及ぶぞ。」
「な、なんだと?!」
「耳に入ってないってことはまた、ここに泊まったのか?迂闊だったな。俺は問い合わせには、一切知らん、と返したがこのまま賊の調査がうやむやになるなら流れに乗らざるを得ない。多少は待ってやるから指揮系統が違うとか言い訳せずとっとと動け!うまく立ち回れば、お前の邪魔になる家の影響力も排除できるだろう?まあ、これで貸し2つだぞ。」
と、悪い笑顔を向けながら言う。
「あと、1つ。息子が望んだから、貴族籍から除籍してきた。今後息子に干渉するな!させるな!」
と、証明書を示す。
「な、何を勝手なことを!」
「勝手なことを最初にしたのは王女だけどな。それに、先程担当官にも言ったが、除籍に関しては当主の申請だけで済む話で、他家の干渉は受けない。法の上ではお前がどうこう言うのも越権行為だ。」
「だからと言って、王女の婚約者を除籍・・・」
「元!婚約者な。その場で、王から破棄の許可を得ているのか息子がしっかり確認して、王女の口から言質を取った。聞いた者は山ほどいる。後になって否定すれば王女が王の発言として虚言を弄したことになるぞ。王が帰ったらすり合わせしておけよ。」
「ぐうぅ・・・、あのバカ王女め。」
「今すべきは、王女にこれ以上好き勝手させないこと。賊を見つけだし、襲撃の黒幕を明確にすることだ。前例のない卒業間際での学園からの狩りの依頼なぞ、学園単独の動きじゃないだろう?そこにたまたま何の関係もない賊が来たって考えるような阿呆はいないよな。ただ、正面きってうちに喧嘩を売るような当主はいないだろうから、どこぞのバカ息子か。」
「・・・、暗部も使って早急に洗い出す。頼めた義理ではないが、大人しく待っててくれ。」
「まあ、限度ってもんはあるけどな。結果によっては王家との距離そのものを見直さなきゃならん。まあ、しっかり調べろ。じゃあな。」
と言い残して執務室を出ていった。
残された宰相は、
「聞いてたな?早急に証拠を揃えろ。あいつが堪えているうちに決着をつけんとな。」
天井に向け指示を出す。
「ふっー・・・。あとは王女か。私が行って釘を刺さねばな。」
と呟いて執務室を出ていった。