64.そのころ2人は
サンドラは、ロバート(ライアン)との面会を終え、賓客用の居室へ戻ってきた。
目に見えて落ち込んでいる様子で、面会時は我慢していた涙を静かに流している。
侍女のマリアは、お茶の用意をしながら、先ほどのロバートの様子を思い出していた。
(ライアン様があそこまで殿下に何の感情も抱いていないとは思わなかったわ。元々穏やかな方ではあったけれど、あんな目にあったのだからてっきり恨みや憎しみの感情くらいはあると思っていたのだけれど。でもその無関心さが逆に残酷で、殿下を更に落ち込ませる結果になってしまったわ。帰りの道程も雰囲気が暗くなるわね。)
マリアは、サンドラのライアンへの態度が酷く悪化した後から仕え始めており、学院在籍時代もライアンにつらく当たる姿を何度か目撃していたのだが、もっと昔の仲が良好であった頃のことは知らない。
よって、“暗示”スキルから解放された後の最近のサンドラの殊勝な態度に違和感を覚えていた。
(このままライアン様のことを吹っ切って、王女としてのお務めに専念して頂けるといいのだけど。)
その後、辺境伯家の方で、明日帰ると言ったサンドラの為の晩餐を開くと案内があり、もっと気楽にロバート(ライアン)と話せるかもと期待したサンドラだったが、ロバート不参加の為、あっさりと期待は裏切られたのだった。
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時は少し遡り、レティとエルザの2人は、城を出て街中を歩いていた。
「さて、まずは昼食を食べる?レティはやっぱり肉料理?」
「う~ん、前にエルザが食べたいと言ってた女性に人気の甘いお菓子はどうでしょう?旦那様と一緒に女性客の多い店に入るのはちょっと嫌というか・・・。」
「そうね、旦那様とはいつも一緒にいたいけど、今日は2人きりだからお菓子がいいわね。」
そう言って、丁度目に入った店に入って行った。
店に入ると女性客ばかりだったので、フードを目深に被っているのが怪しすぎるように感じ、席に着くときにさり気なくフードを取った。
注文を取りに来た店員の女性が呆然としたように見とれていたが、気にせず注文した。
たまにはと思ってかなり多めに注文したが、2人とも普段からたくさん食べるので問題ない。
お金は、王都で普通の一軒家が買える程度にはそれぞれのポーチに入っている。ロバートは3等分しようと言うが、常に一緒にいてお金をほとんど使わない2人は必要ないと断っている。よって、ロバートにいざという時用に押し付けられたお金がポーチに入っている。
それに、この後、素材をギルドで買取してもらえば、この場の食事代くらい出るだろう。
「あぁ美味しい。ただ単に砂糖を大量に入れたというものではなく、すっきりとした甘さですね。」
「うん、私もこれ位が好みだわ。いくらでも食べれそう。」
「旦那様のお話だと、この領地は温暖で、砂糖がとれる植物の栽培も大規模で行われているようです。なので、砂糖が安く手に入って、こういうお菓子の種類も豊富なのでしょう。」
「ふ~ん。この領地は色々と豊かなのね。」
出されたものから早速食べ始めた2人は、味わいながらも高速でお腹に納めている。
周りの女性客も、その誰もがうらやむ美貌と食べる速さのギャップに驚いている。ただ、食べる速度が速くてもマナーは綺麗だ。3人で新居に引きこもっている間に、ロバートにマナーの特訓を受けた成果が出ている。
「ああ、美味しかったわ。」
2人はお金を払い店を出た。
「それでは、とりあえず冒険者ギルドに行って、素材を片付けましょう。」
ギルドには以前行ったことがあるので、直ぐにたどり着くことが出来た。
「エルザ様、ランクCへ昇格となります。ギルド証を更新しますので、少々お待ちください。」
解体場にボス部屋で得た素材を置き、買取代金を受け取った後、受付嬢から昇格を伝えられた。
「ああ、そうなの。まあ、ランクは特に気にしてないけど・・・、いえ、やっぱり旦那様とレティと同じランクにはしておきたいかな。」
「ランクBは、昇格試験がありますけど、エルザなら何の問題もありませんよ。」
そんな話をしているうちに新たなギルド証が発行され、受け取ってギルドの出口へ向かった。
「なあ、お嬢ちゃん達、2人っきりなら俺達とパーティを組まないか?俺達も2人組でランクCだから、男女2人ずつで丁度いいだろ?」
ギルドを出ようとしたところで、冒険者の男が声を掛けてきた。ギルド証のやりとりが聞こえてたようだ。だが、明らかに戦力強化目的よりは下心が圧倒的に勝っている。確かに見てくれはそれなりで、町娘などが騒ぎそうな容貌だ。周囲の冒険者からの抜け駆けしやがって、という視線も1つや2つではない。
「いえ、結構よ。ここにはいないけど他のメンバーもいるから。」
エルザは軽くあしらって出口の扉を開けて外に出る。
「まあ、そう言わないで話だけでも、なっ?他に女性メンバーがいても全然大丈夫だし。」
しかし、懲りずに外に出てもついてくる。
「あのね、・・・」
「おい、そこの女!おそれ多くも我が主がお呼びだ。ちょっとこっちへ来い。」
エルザが、ナンパ冒険者を再度あしらおうとしていると、別の場所から声がかかる。そこには執事服を着た、いかにもお貴族様に仕えていますという風情の偉そうにしている(ように見える)男がいた。
レティとエルザは直感的に、関わり合ってはいけないやつだと判断した。ロバートならまず無視するだろう。
「ほらっ、かよわい女の子が攫われようとしているわよ。男気を見せるところじゃないの?」
エルザはナンパ冒険者に、何とかしろと嗾ける。
「い、いや、そ、その、面倒事は御免だ。」
ナンパ冒険者は、そのまま走り去っていった。
「思ったよりクズだったわね。」
「旦那様のような素晴らしい男性はそうそういるものではありません。」
「おいっ!無視するな。」
自分についてくると思って勝手に向こうへ歩き始めていた執事男が走って戻ってきた。
「え~、どちら様ですか?」
「こっちには用はないんだけど。」
レティとエルザが仕方なく答える。
「聞いて驚け。我が主のアークライ伯爵家ご令息、ネリール様がお前達を愛妾にしてやると仰っているのだ。光栄に思うがいい。」
2人は思った。またかっ!?と。




