63.対峙
全員ソファに座った後、エリックが切り出す。
「私達が領地に戻ると王宮に届けを出した直後に、王女が視察に行くと言い出してな。結局、王と宰相に言いくるめられて同行せざるを得なくなったんだ。視察と言われれば断る理由も無いしな。」
「それで、なんで俺に会うまで帰らないって話になるんだ?そもそも、俺の手紙を見てないのか?謝意があるならもう俺に干渉するなと書いたつもりだったんだけど。」
「まぁ!そんな風に書いたの!?」
クリスティーナが驚きの声を上げる。
「いや、そんな直接的には書いてないよ、流石に。でも十分意図は伝わると思ったけど。」
「ま、まあ、読んでたとしてもこの際関係ないな。会うまで帰らないとごねている訳だし。で、どうする?会うのか?」
エリックがロバートの意思を確認するが、ロバートとしては、最終的に会わざるを得ないことは覚悟していた。
「仕方ないよね。いつまでも居られても困るでしょ?」
「ああ、お前は聞いてないかもしれないが、実は王女には王位継承権が復活してな。だからあまり一つの領地に居続けられるのは余計な憶測を呼ぶことになる。まあ、こっちは何を言われても別にいいが方々から絡まれると面倒くさい。とっととお帰り頂きたいところだ。」
「継承権って、婚約破棄したから?」
ロイが質問する。
「それもあるが、実は第二王子が継承権を放棄し、王族から離籍することになった。ご本人の強い要望によってな。まあ、私も王子を後押しするような発言をしてしまったがな。そこで、直系の継承者が王太子しかいなくなるのはマズいと、王の周辺が判断したんだろう。」
「ああ、とうとうそうなったんだ。俺も第二王子の扱いは大概だと思ってたし、王子も常々市井に下りたいと言ってたし。」
第二王子と付き合いのあったロバートは、彼の王宮での扱いを知っていた。
「そういうわけで、継承権を持った人間に長居をして欲しくないということだ。すまんが、ここはお前に頼むしかない。」
「分かったよ。でも、平民が王女殿下と直接話せるの?当然、ただの平民として会うよ。」
ロバートは、自分が今は平民であるという立場を崩したくないと考えている。万が一にも貴族籍に戻るよう強要されたくない。
「そこは、私も同席しよう。お前の思った通り言えばいい。王女も会ってケジメをつけたいだけだろう。」
「残る懸念は、この元に戻った足をどうするかだな・・・。足の上から毛布を掛けて≪認識阻害≫魔法を使うか。」
ロバートは、足が戻ったことを知って、王女が変に暴走する可能性を考え、誤魔化すことにした。王族や貴族に知られたくない。
「そんなことまで出来るようになったのね?」
クリスティーナも呆れ気味だ。
「じゃあ、俺が先に部屋に入って待ってることにするよ。流石に歩くとバレるだろうから。」
「ああ、それでいこう。早速昼食後、3時くらいに打診しておく。」
普通なら高貴な人間への面会は、数日先を予定して申し込むが、辺境では常に即断即行動が求められる。どうせ王女もすることはないのだから、とっとと済ませてしまおうというエリックの考えが透けて見える。
「そうだね。とっとと済ませたいね、ほんと。」
久しぶりに家族で昼食を取った後、王女との会見に臨む。
ロバートは、打ち合わせの通り、応接に先に入って座って待つ。足が治ってないということで、正式な礼を取れないことをエリックからも伝えて貰っている。
コンコンとノックがあり、先触れが来て、王女の来訪となった。
ロバートは、椅子に座っているものの平民として頭は下げっぱなしなので、王女の顔は見ていない。
「今日は面会に応えてくれてありがとう。どうしても直接謝罪をしたかったの。本当に申し訳ございませんでした。」
サンドラ王女が頭を下げて謝罪をする。
しばらく沈黙が続くが、それに耐えられないように、サンドラが問いかける。
「ライアン、何か言ってくれないの?」
それでも何も言わないロバートの横で、エリックが話す。
「既に平民ですから、王族への直答はできないのですよ。」
それを聞いたサンドラが衝撃を受けたような表情をする。
「そ、そ、そんな・・・。で、ではこの場限りで許します。何を言っても不敬には問わないと私の名を掛けて誓います。それなら顔を上げて話をして貰える?」
ロバートは仕方ないなと思いながら、顔を上げた。
「まず、私の方からは特に話したいことはありません。私の手紙は読まれていませんか?そこに謝罪は受け入れる旨を書きましたし、それで全て終わったと思っていたのですが。」
「お、終わった・・・?」
またもや衝撃を受けているが、ロバートは続ける。
「はい、そこまで私に申し訳ないと思召しなら、もう平民の私に関わらないで頂きたいと書いたつもりでしたが・・・、やはりお読みになられていらっしゃらない?」
「い、いえ、読みましたわ。でも・・・。」
「私の事ならご心配頂かなくても、今はこれまでに無かった自由を満喫しており、日々幸せに過ごしております。婚約破棄した相手の事なぞ、最早お気になさる必要はございません。」
ロバートは、気にしなくていい(これ以上関わるな)と強調する。
「・・・そ、そうよね。今が幸せと言うなら・・・、これ以上私が迷惑を掛ける訳にいかないわね・・・。」
サンドラが酷く落ち込んだ表情で言うが、既に辺境伯家で粘っていたこと自体が迷惑なんだが、とまでは流石にエリックも言葉にはしなかった。
「では、最後に聞かせて、ライアン。私の事をどう想っていたの?」
「はっきり申し上げても?」
「ええ、ハッキリ言って頂戴。」
「では・・・。最初は強引に婚約を決められ、内心では嫌々ながらお相手をしておりました。その内、殿下と触れ合う内に、好意や情は湧いていたと思います。しかしながら、その後、罵倒される日々が続くようになれば・・・、ただ、何故か婚約をやめたいとは言えませんでした。婚約破棄と言われて以降は、頭の靄が晴れたような感じになり、正直何の感情も湧きませんでした。ただ、もう王族とも貴族とも関わりたくないという思いは強かったです。」
ロバートは、感情を表に出さず淡々と語った。
「そう・・・。」
ライアンの言葉を聞くたび、嫌いとか憎いという感情すら感じとることが出来ず、サンドラはどんどん悲しい気持ちになる。好きの反対は無関心、と聞いたことがあるような気がするが、まさにそうなのだろう。もうライアンの中にサンドラの事を考えて生きる選択肢が無いことを突きつけられた気がした。
「今更言っても信じて貰えないと思うけど、私は貴方のことが本当に好きだったのよ。もう、何もかも遅いのだけど・・・。」
「そうですね。もっと早ければ、共に生きる選択肢もあったのかもしれませんが、この期に及んでは・・・、もう元には戻りません。」
ロバートは、サンドラの悲しみの感情を見て、何とも言えない気持ちになるが、寄り添う気持ちが無い今の自分が下手な慰めをしてもぬか喜びをさせるだけだと思い直し、きっぱりと告げる。
「分かりました。最後に会って話をできて良かったわ。自分の中でケジメをつけることができるわ。辺境伯殿、ご迷惑をお掛けしました。明日、王都へ向けて出発いたします。」
とても吹っ切ったとは言えない痛々しい笑顔を浮かべながらサンドラが何とか言い切る。
「はい。殿下におかれましては、ご壮健であられますよう祈念いたします。」
ロバートとしても、サンドラに不幸になってもらいたい訳ではない。最後の挨拶が一番心がこもっていたかも知れなかった。




